
「人生」と書かず「人世」と書く横丁があった。池袋駅東口のビルの谷間にあった「人世横丁」にはその名の通り、いろいな人の世があった。敗戦後の町に生まれ、そこにはあったかい人と人との繋がりがあったのだろう。昭和26年頃に建てられた木造二階建て。そのレトロな雰囲気が人気をよんで、よくドラマのロケでも使われたと言う。2007年3月にその昭和のかおり・・・というかにおいをかわら版としてまとめられた。『かわら版 人世横丁』だ。発行は人世横丁商店会。会長は天ぷら「○天」の女将の中村規久代さん。「吉田さん、一冊、見つかったのよ」と中村さんかから電話をいただき、私は小躍りした。本当に嬉しかった。貴重な一冊に出会える!最後の明かりが消えてから一年少しか・・・・日本生命ビルの後方、今では広い駐車場になっているところを中村さんと歩いた。かわら版のイラストマップを見ながら「そうそう、ここにねえ」と言いながら、中村さんは歩く。広い駐車場には今は何もない。そこを歩きながら、私はふっと思う。真夏の歓声が去り、海の家が取り壊され、そこには砂浜がいつものように現れる・・・そんな秋を思い出した。暫く心にぽっかりと穴があいたような。耳には夏を愉しむ人々の楽しそうな声が聞こえているのに・・・・・。思い出の場所を真剣に歩く中村規久代さんの姿を見つめながら、きっと中村さんの耳にも、楽しい常連客の笑い声が聞こえているのだろうと思った。バアからジャズが流れてくるかも知れない。"昭和"という一つの時代が本当に去っていったのだな・・・と。2008年の盛夏、60年もの時間に築かれたもの。それと私のセンチメンタルなど比較にもならないだろう。しかし例えば、幕がおりても、芝居の興奮でなかなか席を立つことが出来ない・・・・そんな感覚の夜だった。
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