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胎内記憶

2019 年 7 月 15 日 by ichiko_tv

まだ深く勉強も研究もしていないので、なんだかんだと語れないのであるが・・・

胎内記憶のお話から。

子どもが母親を選んで生まれてくる!という衝撃的な話を聞いてしばし沈黙である。

そして遺伝子情報はなんとその「母親」で終わるという事も衝撃的であった。子どもであればそけは性別で「女子」に受け継がれていくらしい。だから息子であるとそこで終わりということ?か。

あまり細々とは書けないが、そう「意味」があるらしい。

池川明先生の著書を少し読んでみようと思ったし。

実は、ちょっとかすった程度ではあるが、ずっと不思議に思い続けていることがある。

いよいよ理解する、そんな時期なのかも知れないな。

金運アップ?

2019 年 7 月 13 日 by ichiko_tv

ファイナンシャルプランナーが言う事はだいたい同じ・・・のよう。だから参考程度に聞き、プランニング、そして最後の判断は自分でする。

それとは異なるとは思うが・・・

「金運アップ」ということで、金運財布なるものがあるらしく、まことしやかに語られる。しかし、どうもこれだけは信じられないというが、受け入れられない。毎年、財布を交換していくということが出来ない。ものをどうしても大切に使う「癖」がついてしまっているので、特に財布はだめだ。結局、使いやすい財布を選んでいるからか。

「だから・・・・~なんですよ」と言われるし、昔、風水で大ヒットしたある方のご自宅に行った時、毎年、財布を替えるから「僕は金運アップ」ということだ。そして山盛りの財布が置かれているのを見た。ただ・・・あああ・・・と思って見ていた。何とか供養もしないのか?と不思議に思った。

まあ、巨万の富でなくていいや。日々、とんとんでいいかな?と思うしい、やはり物は大切に使いたいという気持ちがある限り次の財布には手がのびない。

 

あの日あの時

2019 年 7 月 13 日 by ichiko_tv

最近、書籍の購入は殆どがネットで注文してしまう。かなり古い時代のものでも意外と簡単に入手する事が出来る。

そんな中、先般、時間が少しあって書店内をぐるぐるまわり、ふと、新書コーナーのところへ来て「はっ!」と立ち止まった。「時の流れ」が耳元でザザザーッと聞こえた、そんな気がした。

 

あれは、高校1年か、2年生の時か・・・。そこが学校の図書館か、または家の近くの図書館だったか、それさえも記憶にないが、そのタイトルに強く惹かれ、読み進め、そしてずんずんと引き込まれたいった本があった。当時、新進気鋭と言われていた作家のものだった。昔は個人情報の管理も実に甘く、本の最後の著者略歴のところに自宅住所が書いてあったのだ。確かに昔からせっかち気質は変わらない。即効でその書籍の感想文を送った。何を書いたのか全て忘却している。しかし、数日して、その著者から葉書が来た。いきなり女子高生からの手紙。多分、当時はさぞ、驚いたと思う。

 

暫くして、秋になって某大学で講演会が開かれるから来ませんか?と通知をもらい、意気込んで出かけた。広い教室だった。後方の席に座ったが・・・目があった。講演会終了後、関係者たちに囲まれる中を振り切って、振り切って、走り抜ける。正門を出て、駅に向かって歩き始めた。何の言葉もかけずに歩いた。

不思議なことに・・・しばらくして「空腹である」ということに気付いたのか、駅前の吸い込まれるように喫茶店に入った。地下一階にあった喫茶店。店名さえ忘れている。ただ、背中を見ていた記憶。書棚があって水槽があって・・・という記憶は間違いかも知れない。何を話したかも忘れてしまっているものの、読んだら良いと勧められた書籍と作家名は覚えている。・・・あれが青春のひとコマなんだろうなと、今になって思う。思い出そうとすると何ともいえない不思議な感情がこみ上げてくる。

 

書店で、その作家の「老い」について書かれた書籍のタイトルに、暫し、時がコツコツと音をたてた。刻む音である。コツコツと、そう、思い出した。一気に書き上げた古い時計屋の話を送ったことを。どうしたのだろう?もう、なくなってしまっているかも知れないと。そして、敢えて問い合わせもしない。それほどに時間が経ってしまった。記憶の片隅に残像のようにある「青春」なのだと思う。

書店にて・・・いきなり思い出した「あの日あの時」。

・・・そんな日。

 

はやぶさ2 着地成功

2019 年 7 月 12 日 by ichiko_tv

嬉しい二ユースである。はやぶさ2が小惑星「リュウグウ」で2度目の着地に成功!7月11日午前9時45分頃にリュウグウの地表から高度30メートルの地点まで降下した後、はやぶさ2の自律運転で午前10時20分ごろに着地した。午前10時39分ごろにはリュウグウの地下にあった物質の採取に成功した。

楽な仕事ってないと思うけど、こういう世界ってとくに「チームワーク」が強固でないと駄目な世界なんだろうって思う。

蕎麦味わってLaviewに乗って!

2019 年 7 月 7 日 by ichiko_tv

新型特急車両001系『Laview』の乗車時間が決まっていたので、ちょっと気忙しい。が人気の蕎麦店「そば処まるた」へ。秩父に来たらやはり石臼で挽いた蕎麦を味わいたいものだ。蕎麦の美味さとともに旬の野菜の天ぷらの何と美味しいことよ!日本酒でとじっくり味わいたかったが・・・

さて東京へ。

現在、運行している10000系『ニューレッドアロー』から、25年ぶりに登場する新型特急車。「どうしても黄土色?椅子の色が気に入らない」とブウブウ言っていた人の言葉を思い出していたが、なかなか、明るい車両内はいいんじゃないかな?と思った。レモンイエローもキレイだろうが、今度は落ち着かないとか汚れが目立つとか、なんだかんだと言われるのだろうと思う。10人いれば人は勝手なことばかり家ものだ。しかし、色の感覚って本当に難しいなあ!

しかし・・・

「車窓」というか、客室窓のスケルトン感覚。例えば川の流れに近づくと、高所恐怖の人には辛いかも?表現の仕方が少し変だな(笑)

 

※下記の写真は西武鉄道のWEBから。

 

森に佇む美術館へ

2019 年 7 月 6 日 by ichiko_tv

取材のため秩父へ。棟方志功のミュージアムは雨にけぶる森の中にひっそりと佇む。梅雨で雨がしとしと降っているが、森の中の散策もなかなかいいものだ。

ここは1992年に開館した。開館当時は来訪者で賑わったそうであるが、この日など二組以外・・・殆ど来訪なしである。なんでも横瀬町の村長のコレクションだったそうである。「大きな蔵があってねぇ」と街の人は言う。

この日は、梅雨寒。コートを持ってくれば良かったと後悔しながら・・・また時として降りしきる雨。樹々の囁きが聞こえるようである。

棟方志功の作品数しては日本有数を誇る。出世作の『大和し美し』、代表作『阿呍譜二菩薩釈迦十大弟子』(あうんふにぼさつしゃかじゅうだいでし)などの板画(版画でなく棟方は板画とよんだ)の数々。その勢いが何とも熱いのだ。

また、ミュージアムには熊谷守一、林武、鈴木信太郎等の作品も展示してある。とくに林武の作品は昔から大好きであるので初期の作品の前でちょっとドキドキする。

「やまとあーとみゅーじあむ」

http://www.chichibu.ne.jp/~yamato-a-t/

「もうひとつのdaidokoro」でランチミーテイング

2019 年 7 月 5 日 by ichiko_tv

今後の企画打ち合わせも兼ねて「もうひとつのdaidokoro」でランチミーテイング。ここは「昼は顔の見える生産者さんから届く新鮮な食材でシンプルに仕立てた選べるお惣菜のレストラン」である。提唱する「かつての家庭で「台所」が担って来たのは、お母さんが家族の健康や成長を願って知恵を絞り、味付けの工夫をしながら、家族の皆が食卓を囲み、会話が弾む温かい場所。私たちは都会で暮らすあなたが、くつろげる「台所」を、と願いここをもうひとつのdaidokoroと名付けました」である。

いつも気になっている形悪くたって、見た目悪くたって~の野菜たち。いいじやないか!の野菜たちが見事に美味しい料理に変身している。小気味よく動き回るSTAFFさんたちが美しい。そんな姿を見ながらいろいろな企画を考えてみる。そう「今」考えている事が「未来」であるから。

「もうひとつのdaidokoro」

もうひとつの daidokoro

「元~ 」ばかりは嫌だねぇ

2019 年 7 月 4 日 by ichiko_tv

多分・・・多分であるが「肩書」に拘るのは男性の方が多いのだろう。いろいろな原稿を書くときも「前~」「元~」と書いてくださいというのが実に多い。何なのだろうね?時々「元~」という名刺をもらう事があるという話をしたら「えーっ!」と驚かれた時があるが。そうした名刺を作る人はいたって真面目に考えて作っているものだ・・・あまりプロフィルの中に元~と書き続けるのは・・・私はちょいと辛いね。やはり常に〝イキがいい〟〝粋な〟人間になりたい気持ちが強い。

G20サミット

2019 年 6 月 28 日 by ichiko_tv

 メンバー国や招待国の首脳、国際機関など、37の国や機関が参加のG20サミット。経済分野を主要議題として毎年開催される国際会議で、2019年は日本が議長国となり、大阪で6月28日、29日と開催。

あらためて平成時代を考えた

2019 年 6 月 26 日 by ichiko_tv

動物愛護をコンセプトに料理研究家の小林カツ代さんが始めた「神楽坂女声合唱団」も20周年を迎える。そんな中で「20周年史を作る!」と手をあげてしまった時から、今の忙殺も考えずにきているのだが・・・、本当に、想定もしなかったことが、いろいろいろいろある中であるが、今は、やはり手をあげて良かったと思っている。もし、あの日あの時、その手をあげなかったら、多分、そのままの時間を過ごしていたに違いない!からだ。

何を言っているのか?当たり前のことでは?と思われがちであるが、実は、そうではないことに気付いた。その時、その瞬間に人は「行動」を起こさないと見えないこと、分からないこと、感じないことが実はあるのだ。だからこさ、いきなり!まさか?が起こってくる。

だいたい、今は人間を相手に仕事をしているわけであるから(笑) いろいろな時代で、事態で人間同士が何を考え感じてどう行動してくるかが分かる。勿論、分からなくても人は息をして食べて飲んでいれば生活もできるだろう、たんたんと、日々のルーテインに従っていればよほどのアクシデントが無い限りは安全だろう。

「人って140まで生きられる!」とある人が言う。ちょっと前までは「人って120まで生きられる」だったかと記憶している。そして現在は何かあれば「人生100年時代」とまるで呪文の如くにいう。ちょっと前までは「人生80年時代」だった。

ストレス社会とはいうものの、いつ敵に襲われるかも知れない戦国時代でもなく、こんなに便利で快適な生活を享受していれば人は100歳は生きられるのだろうなあ・・・と思う。しかし最近はつくづく100というそんな数字に惑わされたくないなと思い始めている。

10年ひとむかしという言葉があるが、今の感覚では3年ひとむかしくらいである。あくまで、私の感覚であるが。いよいよ区史編纂の仕事で「平成史」に向かうが・・・この平成時代の30年間のすざまじい変化に、ただただ驚愕してしまうのだ。長い人類の歴史の中ではたかが、30年間なのかも知れないが、改めて、戦争のなかった、争いの無かった平成の30年間という「蓄積」がずんと重い。重くのしかかるまだ見ぬものに人々が必死に迷いながらも適応しようしたことに何か愛おしささえ感じる。

 

神楽坂女声合唱団も結成したかっちゃんこと小林カツ代は今、この時代にはいなくなってしまった。しかし、結成時のあの時代の「空気感」だけは自分が生きている時にしっかりと纏めたいと思っている。時として、時代に流されるのは意外とかっこよく見えるかも知れないが、決して流されず、自らが泳げる力を持っていないとならない・・・そう思う。