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そろそろ10月?

2019 年 9 月 18 日 by ichiko_tv

朝一、区役所で会議。来年の地域文化ゼミの打ち合わせである。ゼミというより多分講演会に近いと思われる。テーマは映画館の誕生~現在。しかし、月日が経つのが早い!来年2回のシリーズであるが、「令和2年でしょ~まだまだ~」と思っていた初夏。あらら・・・そろそろ10月ではないか・・・

ああ!本当に時間の経つのが早い!

人がなかなかできないこと

2019 年 9 月 13 日 by ichiko_tv

断捨離アンバサダー・川畑のぶこさんの「断捨離」の話を聞いた。最近、とくにこの「断捨離」についての興味というより、実際に必要だということが分かってきている。しかし、あのバブル時代を体験したからこそ?かも知れないとつくづく思う。一体、あの時代は何だったのかしらん?捨てられない「モノ」がいつまでも鎮座している。

 

「断捨離」とは家の中を見回して。決して整理整頓ということで収納のコツを学ぶということではない・・・らしい。間違いやすいのがここである。収納グッズなど買い込んで「整頓」するのではなく「整理」するということ。まだこのところを勘違いしている人が多いとか。

そんな時に闘わなくてはならないのが人に棲みついた「執着」というもの。だから「断捨離」ということが出来ないのだと川端さん。例えば「これはあの日の記念のもの」とか「大切な忘れられない思い出なの」というもの。つまりは自分にとっての逸品である。。

よくよく考えると、例えば仕事面でもいえる。何故?こんなに沢山の情報を得て、資料を集めこんでしまうのか?と。確かに、がんじがらめになっている自分発見。ペーハーレス時代とはいうものの「こりゃ、どうした?」というほどの書類のたぐい。「いつか役に立つ!」と思っている資料の数々。役立ったか?と言っても「NO」である。もう「断捨離」したほうがいいのかも知れない。

 

川畑のぶこさんの話を聞いているうちに人生って「踏ん切り」みたいな事が大切なんだと思った。「やっているわよ~」と言うわりには多分、、いや、絶対にとどまっている。それは、時としていろいろなことを腐らせていくことだと。「熟成する」ことは、「奇跡」に近いことなのかも知れないな。モノだけではなく人間関係の断捨離もある・・・らしい。しかし、なかなかそうしたことが出来ないのもまた人間である。

いつかやる!ではなく今日やる!ということらしい。これまた踏ん切りである。

十五夜

2019 年 9 月 13 日 by ichiko_tv

2019年9月13日「十五夜」。

今年の十五夜は満月のちょっと前。

実は明日14日が満月である。

 

月を見る。

月面への挑戦がいろいろ言われているが、最近はいろいろ考えさせられる。

例えば、月も含めて地球以外でも人は暮らせる事が分かったら、あれこれの条件はおいといて自分は果たしてそこへ行くのかな?と。

大昔のことだが(笑) 一瞬でも月にウサギがいることを信じた時があった。何か・・・その感覚に似ている。一瞬、住めるから住んでみたいと思うが・・・

ああ!今夜は満月でないからまだ冷静でいられる?

昔から、イベントなどではよく言われたことだが、満月の夜には気をつけろと。特に音楽イベント。聞こえる「音」が違ってくるからと。正確に聞こえないらしい。

しかし、人が冷静でいられるという時間はなかなか少ない。冷静なつもりでもたいがいがちょっとおかしい・・・特に満月の夜は。

 

18年が経って・・・

2019 年 9 月 11 日 by ichiko_tv

アメリカ同時多発テロから何とも18年の月日が流れた。

あの衝撃は別れられない。

何を書いてもうずまらない・・・。

 

台風15号の影響は深刻です

2019 年 9 月 10 日 by ichiko_tv

外気というか、なんか異常です・・・

地球にはもっと暑い地域がある!という人もいるけれど今日の東京は36度。体調が変です。

それにしても台風15号による千葉県と神奈川県の停電。これは暑いとか言っている場合ではありません。復旧の見通しがたっていないというけれど深刻な社会問題です。

台風が去って・・・

2019 年 9 月 9 日 by ichiko_tv

関東直撃の台風15号が去って・・・交通機関のマヒ。都会にあってのマヒは本当にコトバも出てこないほど。正確に走っている筈の電車が走っていないということ。バス停の長蛇の列。そしてこんなにもバスには乗れるのか?というほどの光景。タクシーをひろおうとしている人々の血走った目。一瞬のすきを見てタクシーをひろった。道路には手をあげて何人もが道路の中央まで出てきそうな勢いである。

東日本大震災の時のことを思い出した。タクシーの運転手が言った。あの時も「とにかく乗せてくれと言って乗ったお客さんがいた」と。渋滞で動かないままメーターはあがって料金はどんどんかかる。運転手は申し訳ない気持ちのまま1時間経過したという。そこで乗ったお客さんは「ここで降ります」と言ったとか。

日本人は実に勤勉である。「仕事があるから」と待つ、そして待つ。サラリーマンをしている時はどうだったかな?と思い出してみた。あの「必死さ」は確かになくなったかも知れないな。

光子さん、有難うございました

2019 年 9 月 8 日 by ichiko_tv

作曲家の吉岡しげ美さんのお母様の告別式に参列した。

棺の中の光子さんは、とても綺麗だった。

病を乗り越え、そして乗り越えた時、何もかもが削ぎ落された美しさだと思った。

「シャネルなのよ」と指先に塗られた深紅のマニキュアのことをしげ美さんがいった。

バックグラウンドに茨木のり子さんの詩「わたしが一番きれいだったとき」が流れている。光子さんはこの歌に、戦時中の自分の青春を重ねてはいつも涙していたという。

納棺そして出棺。激しい雨が降り出した。

台風は夜半にくる予報というのに。

ふと・・・私の右腕にそっと温もりを感じた。

それは一瞬だったけれど・・・

光子さん、安らかに。

そしてこれまで有難うございました。

 

なんかね・・・思い出してね・・・カツ代さん

2019 年 9 月 4 日 by ichiko_tv

料理研究家の小林カツ代さんが「この指とまれ」と社会で活動している女性たちに声をかけて始めた「神楽坂女声合唱団」。今年で結成20年を迎える。ということで記念史の編集をしており、まさに作業は現在進行形である。

ふぅーっとカツ代さんと初めてお会いした日のことを思い出す。あの時代。あくまでもあの時代の風が吹き荒れていた。その時代にあって当時、バリバリ活躍されていた女性評論家の自宅へ呼ばれ、お鍋を囲んだ夜だった。何のお鍋かも忘れたが・・・何がそんなにおかしかったのか?鍋をつつきながら笑い転げた思い出がある。私の左隣りに座ったカツ代さんはもう破裂しそうな笑顔で、「いやねぇ」と言って笑い転げた。一体何だったのか?今、タイムマシンがあったならその時の様子を見にヒヨッと戻りたいくらいである。

 

ああ!本当に長い時間が経った。

いろいろな事がありすぎる程だ。

 

今は女性が社会で仕事をこなすことなど当たり前であるが・・・当時、一旦家庭に入った女性が再び社会へ飛びだす!そんなことは体中の細胞がぶっ飛ぶくらいにすごいことだった。家庭をもたず、社会で仕事をし続けていた女性は実に冷ややかな視線だった。ましてや男性たちは「えっ?なにごと?」と、動揺を必死に隠しながら「おお!女性の時代だ!」と実に大仰な歓迎のボーズをした時代だ。

何とかハラスメントなんてコトバはなかった時代。社会へ飛び出した女性たちは、多分、わけのわからない苦しみも悲しみも怒りにも似た感情があった時代。

 

そんな時代の中、カツ代さんは「わたしね、料理が好きなの~」と言いながら、何の肩書もこだわらず真剣に何かを見つけようとしていた。今ではあったり前のようにある「料理研究家」などという肩書は実に革新であったのだ。

 

カツ代さんが病に倒れる前に一冊の書籍を作った。書店に並ぶ前に「これからラジオでしゃべっちゃうからね~」と電話をかけてきて、慌てたおぼえがある。「まだ、ダメだったらぁ」と言うと「しゃべるから!」と言って電話を切ったカツ代さん。並木道で「あだだだた・・・・」と思い。ぼーっと佇んでいた私。

初夏の風が吹いていた。

 

 

 

YOKOHAМA

2019 年 9 月 3 日 by ichiko_tv

朝一番で横浜へ。

蒸し暑さはどこも同じ。

ざっー!と雨が降りそうだ。

 

何年前だったのか?

イベントで横浜には日参していた時があったな。

ガイドブック取材の時はやはり毎日通った。

そうそう、ロケでよく使われる埠頭のBARで呑んだ夜の事も。

夜更けの海に心も奪われた。

 

そうそう、今はカジノ問題でゆれているな。

時代が街をつくる。

いろいろ思い出も多い、いや多すぎる。

そんな横浜。

忙中閑あり

2019 年 9 月 2 日 by ichiko_tv

「忙しい!忙しい!」という人がなんと多いことか。

本当に口開けば「忙しい」という人々。何かとならないの?と思っている。

彼らは決して「暇だから」などとは言わない人々。自分が誰よりも忙しいと思っている。

しかしあまり口に出しすぎているとみっともないよ・・・と思う。

私も時々「ああ!忙殺」と言ってしまうが本当に心までなくしてしまっている状態ということだ。これって最悪です。

会話にはもっと余裕をもった方がいい。「手伝うよ」と言っても決して恥ずかしいことではない。

寧ろ忙しい人ほど仕事は速いのだ。

昔からいう「忙中閑あり」。

実にいい響きだ。