神楽坂女声合唱団が結成されてから20年を迎える。恒例のチャリティーディナーショーは2019年12月14日に行われる。そしてその日に間に合うように「20年記念史」を作った。
実は、団員へのプレゼンというか「何故?20年史を発行するのか?」から始まって、いろいろ説明し続けた。これが意外と困難だった。分かっているようで分からないのが人それぞれの「価値観」というものなんだろうとその時に思った。要はその人にとって「それが一体どういう価値・位置にあるのか?」ということである。実にこれが同じようで人それぞれである。
2000年の5月に結成されて合唱団。「合唱団を作ろう!」と思い立った料理研究家の小林カツ代さんが純粋に「自分の意思」で結成したあの日あの時からの時間の堆積であるということ。まして、かっちゃんこと小林カツ代の事を知らない団員にとっては「未知」であった。そもそも結成されて原点をしっかり理解していない団員にとってはおのずと各人の考え方、価値観が意見に反映される。例えば「何故?この学校を選んだのか?」と入学の面接よりも曖昧な感覚なんだろう。しかし、これはしかたないことなんだということも分かった。今回は十分すぎる程に分かった。
人は生まれて育っていく環境の中で「何が自分に必要か?」から始まって、最終的には「これが好き」というところに着地するのではないか?とつくづく思った。それは実にシンブルな「好き」という感覚である。その「好き」という感覚が神経細胞の様に広がっていき、そこでガツガツ掴み込んでいくのがその人の価値観なのだろうと思える。
11月7日に印刷会社の方から試し刷りを渡された。いろいろ説明を受けた。そして最後は「顔の肌の色を美しくだすようにしました」と言われた。顔の色って本当に大切なんだと思った瞬間だった。ファッション誌ではない。皆かモデルさんでもない。「20年史」のベージには20年前の写真から並ぶ。ボロボロの不鮮明な写真もなんとも現代のデジタル技術である程度ではあるが生き返っている。ああ・・・と声が漏れてしまうほどに懐かしい顔そして顔がそこにはある。先ずはディナーショー当日、皆様のテーブルに並ぶ予定である。20年前から出席しれている方もまた、今年初めてという方も混在する会場で果たして、人はどう手に取って何を思うのだろうか?と。
校正が終わって下阪して・・・あとき仕上がりを待つだけの今。この数か月は通常の編集の「仕事」ではない世界に向き合った。「刻」という感覚が自分の脳から神経から内臓にまで全て刻まれていったような時間が過ぎた。人は「まったく大げさだなあ」というかも知れないが、人生ってこんなことってあるのか?と思える時間だった。面白いほどに関わる人々は全て丸裸になっていったからである。笑えるほどにその人々の真意が分かった時間だった。怖いほどに人って底知れぬ、そして単純だなぁと思える日々。
最初のベージでかっちゃんが笑っている。あの時の笑顔である。
そして「あたしねぇ・・・なんで合唱団をつくったのかしら?って今、思ってるのよぉ」とその顔写真はサラリと言っているように見えてきた。少し前の私であったらムキになって「ちょっと、かっちゃん!今頃、何言っているのよっ!」と言い返してしまいそうだが・・・
20年史の取材編集が終わった今。「あはは!そうだね!あの時、あんなにいろんな人に声かけてねぇ!」と言い、「いろいろあるけど良かったねぇ!楽しかったねぇ!笑いあってしまおうよ」・・・そんな気持ちである。
かっちゃん!できたよ。完成したよ!