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‘ch07.味’ カテゴリーのアーカイブ

2023年春を堪能

2023 年 2 月 5 日 日曜日

伊勢会の新年会に参加する。会場は日本橋にある「水戯庵」。近くの福徳神社に参拝し・・・会場で、久しぶりに友人たちと会う。

チタニウムベッセル奏者・伊藤麻莉さんによる厳かな演奏に包まれながら、いよいよ2023年が始まったのだな・・・と思う。

津軽三味線の世界チャンピオンでもある山中信人さんの演奏、そして金春流シテ方能楽師・山井綱雄さんの能を鑑賞。坂東志賀次さんの舞を見る。

コロナ禍の約3年間か、遠くに行ってしまったように離れていた時間が少しずつ戻ってきている。

友と語らい、そして「雨水の頃 東風解凍」と節気を基本に考えられたお料理を堪能する。いよいよか、2023年春の幕開けである。

あああ・・・多分出来ないかも

2023 年 2 月 1 日 水曜日

ちょっとまわりでファスティングといったものをしている人が多い。断食のようで断食ではない・・・ような。

ある人は1日1食主義者で、朝食と昼食は摂らないという。「朝食抜くとアタマすっきりして仕事がはかどりますよ、昼食も無しだと眠くならないで最高」という。

そのコメント見ているだけでなんか・・・変な気持ちになってしまった。旬の野菜をたっぷりつかった味噌汁のうまさは朝食には必須だろうと思ったし、じっくり煮込んだシチューにはパリパリのフランスパンとワインがうまいぞっと‼なんてどんどん浮かんでしまう。まあ、自分ももっとシビアにカロリー制限をした方が良いかと思うのだが、ウナギシラスの養殖に成功‼なんて記事を読むと「いいぞ!いいぞ!」と香ばしい香りに満ちた鰻重がアタマに浮かんで、応援してしまう。

こんな寒い日は牡蠣や白子の鍋でキリッとした日本酒が美味いし・・・私は出来そうもないな・・・

2022年 年末長蛇の列

2022 年 12 月 29 日 木曜日

街にくり出すととんでもない光景が‼ どちらかというと並ぶのが不得手な自分。繰り広げられている長蛇の列。

ドーナッツ店  凄い企画のドーナッツが出たの?やはり殆どが若い女性だな

つけ麺店 きっとおいしいのでしょうが・・・寒いよ・・・

おむすび屋さん 「えええ?」「どこまで続いているの?」 以前テレビで米粒の数がどれも同じと言っていた・・・美味しければいいよと思うけど。きっとおいしいのでしょう。

ゆであずき

2022 年 12 月 8 日 木曜日

昔々のことだが・・・ちょっとスピリチュアルな方とおつきあいがあったことがある。今では連絡先も分からなくなってしまっているのだが・・・

ある時、その方を訪ねた日。とても疲れていた。彼女は「本当に疲れちゃったわ」と言って苦笑した。私が言いたいというか、相談したい事も既に分かっていたのだろう。それに彼女を疲れさせた話に比べれば「え?」と言えるほど大した相談でもない事と分かっていると察した。

「家族総出できてね・・・おじいちゃんの亡くなる時を教えてほしい」と言ったとか。費用はいくらでも・・・というからいわゆるお金持ちさんなんでしょうね。

「それで教えたの?」と私は聞いたが、彼女は首をふって「教えるわけないでしょ!だれがいうもんですか」と少し怒ったふうだった。「身分相応の暮らしが出来ればいいのよ、私は」と付け加えた。決して派手ではない彼女のつつまし生活ぶりを私は知っていたが。

「あああ~こんな時ってね、茹でた小豆を食べると元気になっちゃうの」と彼女に笑みがうかんだ。ゆであずき・・・ゆてあずき・・・それから私の頭の中には呪文のように「ゆであずき」が棲みついてしまったのである。

最近は大した話がきているわけではないが、どとどーっと疲れた時に、確かにこのや「ゆであずき」が効くのだ!回復していくのが分かるのだ!「ああ。これね」と思うと自然と笑顔になっていく。

野菜見て・・・考えてみる

2022 年 10 月 16 日 日曜日

別に悪いというのではなく、ついこの間までは私も「そうそう!」と思っていた。忙しい忙しいと連呼したおとに「ふつう、野菜って摂れないじゃない」という言葉。しかし、ちょっと時間に余裕ができてスーパーなどを見ていると野菜の瑞々しさについ、これを作ってみようと料理が浮かんでくる。多分、少し涼しくなったからか?野菜を自分で育てるといったって本当に大変な事が分かる。それに最近の夏の暑さにはあのゴーヤさえ育ちにくくなっている。不思議な事に・・・

10月も半ばを過ぎて、もういろんかな情報はクリスマス通り越してお正月になっている。こんなに・・・なんというか・・・ぬくぬくした状態の日本での生活わしていると真剣にものを考える事をしないとアタマの中が弛んでくる。ー野菜を見るだけでも違う。「摂れないじゃない」と言っていないで、どんどんアタマ使って野菜から。炒める、煮る、蒸す・・・いろいろしてみよう。

とくに現在のサツマイモは素晴らしい!戦争中に育った方々のインタビューでは「もう二度と食べたくない」というイモ嫌いな事を聞く。灰色で筋っぽくて、見たくもない!という方が多い。多分・・・当時のサツマイモと今のものとは雲泥の差もいいところなのだと思う。ふかしても焼いても美味しいサツマイモ。

17年間

2022 年 7 月 30 日 土曜日

先般、仕事で世話になっているデザイナーが「豊島園」駅近くに越したのでその祝いも兼ねて出かけた。

「吉田さんの言っていた〝萬月〟というお蕎麦屋さん、ありますよ~」と言ったので「じゃあ、そこへ」と。

懐かしい・・・街並みはだいぶ変わっていたけれどいろんな記憶を手繰り寄せてみる。

古代食研究家の永山久夫さんの書籍の事で一時通っていたことがあった。その時に息子さんが蕎麦屋さんを開いたと聞き、すぐ行ったかと思う。

一雨あって、帰る頃に、開店したあの日から17年経ったと聞いた。そして「このコロナ禍は本当に大変です」とも聞いた。

このコロナの3年間・・・いや、いつまで続くのか?このコロナ時代は本当に全ての人々が!全ての事が!アンラッキーなのである。

蒸し暑さの中、駅まで過ぎた時間とこれからの時間のはざまを「こんな気持ちで歩いているんだ」と妙に噛みしめてしまった。

あっ・・・

まだ各駅停車がホームで待っていてくれた。

値上がり!

2022 年 7 月 21 日 木曜日

電気代だガス代だといわゆる光熱費。請求金額を見て、「ええーっ?」と腰抜けそうになったのは数か月前か?それから世の中、節約術だとかもろもろの企画が始まっている。レギュラーで依頼しているコーヒー豆。この金額を見て、やはり腰抜けた!とんでもない値上がりだ。ふっと「嗜好品」という言葉がアタマの中をグルグル回る。そう!嗜好品は無くても生きていけるんだよ~そんな声も自分の中にこだまする。当たり前のように嗜好品にすがっている日常生活はやはり変化しているのだ。円高差益還元セールなんて籏がひらひら舞っていた時代を超えて、とんでもない昔々の記憶に吸い込まれていく。「舶来品」という言葉で親たち超特別扱いしていた時代だってあった。その時代には「到来物」もあったなと・・・ふっと思い出す。

糠床のハーモニー

2022 年 6 月 12 日 日曜日

ちょっと残った野菜など・・・糠床にはいるとなんて大変身するのだ?と私はいつも思う。日本ならではの糠漬けという食文化。素晴らしさが漲っている。野菜と糠が対話して、化学変化して、その〝時〟を待っているという文化。かけがえのない世界が繰り広げられる。

キュウリ、ニンジン、ダイコン、そして最近はミョウガ。もう、何とも言えない食文化が広がる。

糠は丁寧に丁寧に〝時〟を刻み、そして変化してまた〝時〟を刻んでいく。いろいろな野菜と対話して、対話していく。野菜たちも驚くほどの世界で生野菜としてサラダで登場!する時とはかわって、熟成された世界を知るのだろう。

糠自体も変化する。塩分多すぎの時は新たな糠と出合いそして調和の世界を知るのだ。そしてほどよい糠文化を繰り広げる。あっぱれ!日本の食文化である。

2022 年 5 月 14 日 土曜日

タケノコの美味しい季節だ。新鮮なものは刺身で、煮ても焼いても炊きこんでも美味いタケノコ。

昔、この季節になると山ほど山口県からタケノコを送ってきてくれる友人がいた。いつの日か今か今かと新鮮なタケノコを待っていたのだが、ある年に届かなかった・・・そのまま気にせず時間が流れたがもう一人の友人が「全く連絡がつかないのよ」と連絡してきて、いろいろ私に訊ねたが全く消息不明。現代の「独り」というのは、本当に連絡がつかなくなったら、全く前には進まないのだ。行政は「個人情報は教えられません」と一点張り。これこそ全く前進しない。電話だメールだなんだかんだの方法も全く役立つないことを知る。

東京にきた時は必ず、友人のオフィスにより、そこでみんなに料理を振る舞っていたと聞き、もっと遡れば、そう20代から彼は山仲間だった。電話口で焦っている友人の口から「幼稚運の園児にタケノコ堀りとかいろいろ教えているともきいた」という中から私の頭の中に「幼稚園」という彼のイメージとは結びつかない言葉が響いた。

何れにしても事態は尋常ではないのだ・・・

不思議と言えば不思議である。いつも自分が不思議だと思えるのはこんな時。ふっと地図を広げ、そして地域の中にある幼稚園を3つ選んだ。

最初の幼稚園では「知りませんね・・・」と呆気なく。そして次の幼稚園に電話した時だった。本当にこういうことがあるものか!と思った一瞬だった。たまたまか、必然か?電話口に出たのは園長先生で、私の口から「Nさん」と彼の名前を出した途端!「わぁー」という響きと興奮にも似た焦りの声が聞こえた。「今年も園児たちにタケノコ堀りを教えてくれる予定だったんだす!」と。その後はいろいろな経緯と「死」という事実を教えてくれたのだ。しかし現代の「独り」というのは本当に本人がいなくなってしまうと全く手も足もでない。納骨されたのであれば寺か?また、地図を見ながら川筋を見て、「教えて教えて」と思い、何故か北方向にある寺に電話をしてみた。その瞬間だった。また電話口にご住職が出られ、驚き、彼の「~家」の話を始めた。私はひたすらメモをとった。

何かに揺り動かされて、知らされて・・・友人に電話で連絡して事情を伝え、菩提寺を教えた。電話の向こうで彼女はとても驚き・・・そして泣いた。

20代の頃は、夏になるとふた山くらい登り、高山植物の好きな彼は、花たちを写真におさめた。若い時代の私たちは「近くにこんな綺麗な花があるのにぃ~」と言って彼をからかいながら燥いだ。

5月・・・この季節になると〝あの時〟から毎年毎年、夏山に登った時のこと、そして届けられた荷物にある彼の文字を思い出すのだ。5月に届けられたのは「タケノコ」ではなく・・・なんか「筍」だった気がする。

幸せな朝食

2022 年 5 月 10 日 火曜日

毎日、手塩にかけて・・・糠床は美味しさを保ち、そして進化するものだと思う。しかし、何がそんなに忙しいのか?と自分を戒めたいほどに放置しておくと、これは大変な事となる。

糠床をつくり直して、野菜を漬けた。福島県でまだ風評被害のなんたらかんたらと言われている野菜たちを漬けた。浅漬けのキュウリも蕪も実に美味い、炊き立てのご飯、そして友人からいただいた岩手県産のワカメの味噌汁。そんな朝食をとった。

心身健康であるからこそ、新鮮さが美味いと感じるのだ。当たり前のようであった決して当たり前ではない、そんな幸せ。