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10月, 2022 | ichikoTV ichikoTV

2022 年 10 月 のアーカイブ

西荻窪

2022 年 10 月 22 日 土曜日

昼過ぎから気の置けない友人たちと「西荻窪」巡り?

この楽しさといったら・・・格別なのだ!

心身ともが何か解き放たれた感いっぱいになる。

西荻窪という街はレストラン、カフェにしてもブティックにしても、ひとつひとつが、実に個性いっぱいのお店が多い。拘りのある精肉店、パン屋さん、そして目玉が飛び出るくらい新鮮な野菜を安く売る八百屋さん。

それに・・・生き方みたいものに自信たっぷりの主人がいて常連客の心をぐっと掴んでいるようなそんな店が多い。なんといっても佇まいがいいのだ。そんな感じである。新しい街にはないにおいがある。ふっと外国の街を歩いている感があるのだ。脈々と流れる歴史も含有しているからかも知れないな。

・・・ということで長~い時間のたえまないおしゃべり。

そう「解き放たれた」感で夜も更けた。

大丈夫です

2022 年 10 月 20 日 木曜日

しばらく、引っかかている言葉がある。皆さん、本当にふつうに使われる「大丈夫です」という言葉である。このところ、なんでもかんでも「大丈夫ですなので本当か?と実に疑念なのだ。

「生もの、好きですか」→「大丈夫です」

「~日に~へ行けますか?」→「大丈夫です」

「~の前に済ませておいてくださいますか」→「大丈夫です」

「解析しておいてくださいますか」→「大丈夫です」

ならべていくと「大丈夫」な気もしてきたが、どうも違和感だらけて時々思考が止まるのだ。

言葉も時代によって変化するのだろうが、「マジ!やばっ!」の多いことよ。すっかり慣れてしまった自分もいる。大丈夫だろうか?・・・ということになるのだろう。

ああ・・・また雨

2022 年 10 月 19 日 水曜日

いろいろイベントの多い10月。じっとカレンダーを見つめて・・・改めて気づいた。なんて雨の多い日々だ!った。だいたい私の頭の中では、どういうわけか10月10日は「晴れ」なのに、確かこの日も「あ~」と雨だったな。雨の日は嫌いではない・・・むしろ雨が好きではあるが、イベントかかえていると、どうも辛い。夏は熱中症対策から気温の心配ばかりして調べまくっていたが、どうも、日最近の気象は確実に地球の問題!ってしみじみ感じる。でも、気象の事でけっこう頭いっぱいになる日々ってもしかしたら幸福なのかも知れないな?と思うようになってきた。

何れにしても・・・10月23日は「霜降」。二十四節気の1つで霜が降り始める頃だ。 暦の上では、もう晩秋です。秋は深まり朝晩はより冷え込んできますね。二十四節気って本当に生活の中に根付いている。

野菜見て・・・考えてみる

2022 年 10 月 16 日 日曜日

別に悪いというのではなく、ついこの間までは私も「そうそう!」と思っていた。忙しい忙しいと連呼したおとに「ふつう、野菜って摂れないじゃない」という言葉。しかし、ちょっと時間に余裕ができてスーパーなどを見ていると野菜の瑞々しさについ、これを作ってみようと料理が浮かんでくる。多分、少し涼しくなったからか?野菜を自分で育てるといったって本当に大変な事が分かる。それに最近の夏の暑さにはあのゴーヤさえ育ちにくくなっている。不思議な事に・・・

10月も半ばを過ぎて、もういろんかな情報はクリスマス通り越してお正月になっている。こんなに・・・なんというか・・・ぬくぬくした状態の日本での生活わしていると真剣にものを考える事をしないとアタマの中が弛んでくる。ー野菜を見るだけでも違う。「摂れないじゃない」と言っていないで、どんどんアタマ使って野菜から。炒める、煮る、蒸す・・・いろいろしてみよう。

とくに現在のサツマイモは素晴らしい!戦争中に育った方々のインタビューでは「もう二度と食べたくない」というイモ嫌いな事を聞く。灰色で筋っぽくて、見たくもない!という方が多い。多分・・・当時のサツマイモと今のものとは雲泥の差もいいところなのだと思う。ふかしても焼いても美味しいサツマイモ。

チャリティコンサート無事終了しました

2022 年 10 月 12 日 水曜日

2022年10月12日、ウクライナチャリティコンサートが無事終了しました。会場は初台の東京オペラシティコンサートホール。神楽坂女声合唱団としてほぼ3年ぶりのコンサートでした。コロナ禍というのは本当にいろんな部分を消し去ってしまうと思ったが・・・実はそうではなく物事や人物の深い部分を呈してくれることが分かった。変に回りくどい言い方だが、何ともそれまでは気づかないところまで気づけるということか。

満席の会場を見た時はさすがに感動。一時はリモートによるコーラスレッスンもあったが、ゆやはりレッスンはね・・・(笑)そんなこんなで到達したコンサート。リハーサルから含めて結構疲労したのはやはりトシのせいかも知れないな。

終わって、撮影が終了。楽屋口に数人が待っていらした。その中に朗読仲間のМさんが花束を抱えて待っていらした。来てくださるだけで嬉しかったのに・・・予想していなかったので「あ!」と思わずとぴついてしまった。「良かったわよ」とМさんがいう。その言葉にふっと包まれた。有難う!皆様!

マンドリンの音色

2022 年 10 月 10 日 月曜日

2022年10月10日、仕事でお世話になった方の「偲ぶ会」だった。午後から明治大学の駿河台キャンパスアカデミーコモンへ。

遺影のМさんの微笑みはそのまま。まだまだいろいろお話を伺って映像にのこしたいことがらは山盛りだったのに・・・と思う。

奥様の三回忌を終えて「じゃあまたな」と言った姿が最後だったと多くの方々が言う。人の人生って・・・とその話を聞いて思った。

私は・・・ちょうど時間の調整が出来てその旨の連絡メールで「連絡をください」と出したその「日」になんと息を引き取られたことが分かった。自分の内で唖然とした。「あ」と心の声が漏れた。

マンドリン倶楽部の演奏が始まった。偲ぶ会でのマンドリン演奏は初めてだったが、なんて・・・なんて切ない音なのだろうと思った。音色が心に突き刺さり、心が泣いた。

Мさん・・・安らかに。そして有難うございました。

時間は容赦なく過ぎるよ

2022 年 10 月 6 日 木曜日

勤務していた新聞社の旧友会のお知らせを受け取る。なんか・・・訃報ばかり。こんなに?・と思うほどの訃報。溜息とも言えぬ声が漏れてしまった。高齢社会とは言ってもやはり80代、そして奇跡ともいえる90代への道。元気に活力満杯の人々の姿が思い出される。でもふっと確認してしまう。人間って平等に死を迎えちまうねと。

終息も見えぬコロナ禍にあっては総会、懇親会もなしである。1年なんて瞬く間に過ぎ去る。本当に瞬く間である。こういうことがジーンと分かる年齢になったんだなと改めて思う。

さて!会報用の近況MESSAGE・・・何を書こうかな?でも本心は皆さんに会って懇談したいな!話したいな!昔の自慢話だって今ではたんたんと聞ける世代になりましたよ(笑)

言葉を紡ぎたい

2022 年 10 月 4 日 火曜日

先般、テレビ番組で歌人・木下達也さんを見て、衝撃を受けた。

そして・・・

本当に昔の話だが、俳句の先生の教室の取材をしたことがある。その時に、「吉田さんも俳句作ってみなさい」といきなり言われたことがあった。その時にも似た衝撃だった。

中学1年生の国語の授業でやって以来、俳句の世界とは全く関係がなかった。というのにだ!その日から、何とも・・・1か月に6作品を作りだすことになった。ひねり出してももう言葉さえ出で来ない。そしていくつか提出すると「吉田さんは書きすぎです」と言われた。俳句のそぎ落とした美学の世界に入り込んだ気がした。不思議なもので6作品も作っていると1年、2年と経つと実に作品がたまっていくのだ。自分でも信じられないほどに。

短歌など・・・もう無理だと思い続けていたところに木下さんの呻き苦しみながら言葉を紡いでいく姿を見て、その衝撃波は自分をまっすぐに貫いていったのだ。その時、呻いてもいいから、言葉を紡ぎたいと思った。

思い出す。「どこがわるいのかわからないんだよ~」と病室のベッドで言っていた。お見舞いの花を置いた。師匠のきている少し派手なパジャマの話題で盛り上がり・・・笑った。「派手ですね」と。

というのに、突然亡くなった。本当に本当にあっという間の事だった。師匠のいない俳句の会はなくなった。しかし、今も尚、師匠の添削はそのままのこしてある。

もしかしたら、人生っていうものが「言葉」の集合体なのかもしれないなと思う。今、師匠の事を思い出すと、溢れんばかりの言葉の渦が出来た。

円楽さん 安らかに

2022 年 10 月 3 日 月曜日

落語家の円楽さんの訃報にせっしたとき、本当に本当に残念な気持ちになった。もっと長く長く活躍してほしいと心から思ったと同時に、人って本当に限りがあるんだな・・・と妙に真摯な気持ちになった。

随分と前の話だが、寄席で円楽さんの噺をきいたことがある。所謂、まくらか?はいるかはいらないか?と微妙な時に、客席の携帯電話がなった。その時は、高齢の方々が多かった。着信音に気づかず、皆さん熱心に円楽さんにくぎづけとなっていた。着信音はなり続けている・・・

そんな中で、円楽さんははなしだした。全くまくらかと思う楽しさか?考えてみればおかしな話なのだが・・・その着信音すら効果音のようになっていた。

「ねえ、気がついてよっ!」「まだ気が付かないの!」「困ったわね!」と。それからだった。客席はざわざわと・・・

でも、こんなシーンに出会ったこと自体、幸せだったと思える。あの巧みさ・・・切り替えの早さ。そんな人にも病魔は容赦なく襲ったのかと思うと・・・辛いね。

安らかに・・・