免疫の基本的なメカニズムを解明、その業績で1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した米マサチューセッツ工科大教授の利根川進さん。日本人初であった。7月11日に亡くなったというニュースを見た。まだ86歳・・・。
日常生活の中でふっと
2026 年 7 月 14 日 by ichiko_tv最近のビジネス風景・・・リモートだとまあ、とんてもなく時間がぶんぶん飛んでいく(笑)映画1本鑑賞するくらいの時間が過ぎ去る。凄い時代に入ったものたと。ますます、人工知能と仲良くしていかなくてはならないと思いつつ、やはり人と人とのコミュニケーションは血の通った絶必な世界。
昭和100年史とやらのホンの針の先くらいの原稿を書いて、赤字入れながらも、書かなきゃ良かった等思ったり、人間とは本当にいい加減に出来ている。
そんな中で、先ほどのリモートではお金の計算がメーン。映画1本の時間くらい使って、あーだこーだと攻め込んだ企画を練っていた。リモート疲れはなんともけいようしにくい。気分転換もなかなか。少し熱くなった脳みそを冷やしていく作業が必要かも・・・とこのブログをひらいた。興奮も歓喜もなく、ひたすら、山の頂上で「そろそろ下山するか・・・」とくれゆく空を見つめている感覚4である。
声もきけず 時は残酷だ
2026 年 7 月 6 日 by ichiko_tv今年も半分過ぎて・・・いろいろ昔、勤務していた会社の同僚の訃報にせっすると、可なり力が抜けていく、こんな経験をするとは・・・若い時代には全くゼロパーセントの感覚だった。しかし、不思議なほど昔の記憶がある。ある人が言った、「思い出ってね、良いことも悪いことも忘れないものなのよね」と。そうか・・・当時はいろいろ、複雑怪奇な感情もあったことも。しかし何故あんなことにいちいち?みたいな時に突っ込んでいる。記憶は本当にきれいというか、透明な何かに包まれた「記憶」となっている。不思議としかいえず。ただ。脳死状態になっている人よ。声も仕草もすべて。
人間って・・・人生って・・・と思う事が多くなった今日この頃。時は何故これほどまでに残酷なんだ?
逆転負けはしたものの
2026 年 6 月 30 日 by ichiko_tvただただ・・・驚きの時間。
FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦で日本(FIFAランキング17位)はブラジル(同5位)に1―2で逆転負けした。
ここで大会を去らなければいけないのは残念・・・という森保監督の言葉がしみた。
ブラジルの脅威ともいえる強さ?というのか?
しかし、日本の強さが迫ってきているということじゃないか?
美輪明宏さん
2026 年 6 月 28 日 by ichiko_tv「突然のご報告となりますが、弊社所属の歌手で俳優の美輪明宏が、六月二十日午前九時三十分、老衰のため九十一歳で永眠いたしました」と所属事務所からの報告という記事を目にした。
美和明宏さん。
もう数十年も前の話。新聞社で夏のイベントとして青山学院の講堂で「サマーカレッジ」を実施したことがある。その時に講師としてお招きしたことがある。講堂は立ち見が出るほどの人気であった。
講演前に控室に入られた美輪さんが、すーーーっと私の目の前というか、顔を近づけられた。数秒か・・・私は全くフリーズ状態。暫くして、「んん」と一言だったか。そのまま、講堂へ進んだ・・・その記憶しかない。
あの夏の日。多分、私は一生覚えているのかと思う。
美輪さん、ありがとうございました。
1年・・・
2026 年 6 月 25 日 by ichiko_tv昔、勤務していた会社の仲間からLINEが届いた。「Kさんが入院して丁度、1年経ちました」と。Kさんは急に倒れてからいわば闘病生活かが続いている。私たちは・・・いや、私は、日々にただただ翻弄されているように動いているだけだ。重苦しく、辛く、本当に胸の奥が痛み、暫く昔、過ごした時間を思い出した、それは多分数秒のことだったかも知れない。そして、スマホに残っているKさんのLINE。仕事に明け暮れていたあの時代の風を思い出した。
神楽坂で
2026 年 6 月 21 日 by ichiko_tv神楽坂の「夢二」という小料理屋で旬の味覚と酒を味わった。大正ロマンあふれる店内。うっとおしい梅雨。そんな中でも久しぶりの神楽坂歩き。そして一服か。これから暑い夏がやってくる。
紫陽花
2026 年 6 月 21 日 by ichiko_tv湿気が多いね、梅雨だから仕方ないにしても。しかし紫陽花が美しい。
東京駅ステーションギャラリーへ
2026 年 6 月 20 日 by ichiko_tv朝一で東京駅ステーションギャラリーへ。
20世紀前半のスイスで活躍した異才カール・ヴァルザー(Karl Walser/1877-1943)の作品を鑑賞。
世紀末の昏き残照
ベルン近郊のビールに生まれ20代でベルリン分離派に加わり、象徴主義的で魅力的な絵画作品を残してる。
1908年にドイツの小説家ベルンハルト・ケラーマンと共に来日しているがこの日本での風景が実に良いのだ。夜の吉原の風景とか・・・ああ!である。
すべてが日本初公開となる作品展。舞台美術でも活躍している。




