サイトトップ

ch10.生活 « ichikoTV

‘ch10.生活’ カテゴリーのアーカイブ

花見

2021 年 3 月 27 日 土曜日

飛鳥山公園で静かな花見を・・・

しかし青空と暖かさで人々は集まり、子どもの声が響き、元気に飛び回っている。ひそやかに語り合う人の姿も見える。シートを敷いて、お弁当を食べている姿も・・・少しならゆるしてあげて・・・。桜と日本人の遺伝子は強く結びついているから、どうしても春になれば心が弾んでしまうのだから。

流されないこと

2021 年 3 月 16 日 火曜日

コロナ禍における「緊急事態宣言」。

いろいろなセミナーや会議は殆どリモートで行われている昨今。

会場まで交通機関を利用せずに聞けることは考えて見れば夢のようでもある。

また、地方への出張もなしにリモートで解決出来ればある意味、言うことなしでもある。

日々感じる「ある感覚」。

作家の佐藤優さんが「コロナは50年後には忘れ去られる」と言っていた。記憶には残らないと。ただし東日本大震災のような3/11という日付けと強烈な映像は残ると。

50年後なんて多分というか絶対に生きてはいないし、想像も出来ない。ただ、私は「記憶の遺産」という活動をする中で感じる事は、関東大震災にしても空襲にしてもそして終戦にしても人々の記憶の中に「日付」は確実についてまわっているということだ。

いずれにしても、コロナ禍状態は・・・暫くは継続するだろうという答えが多い。自己防衛出来る事を徹底するしかない。そして「冷静な判断」のみ。流されないということかな?

ムーン

2021 年 2 月 28 日 日曜日

昨夜、2月27日の夜空にうかぶスーパームーンの美しさは抜群だった。太古からこんな月があったのかと思うだけで本当にドキドキする。昔から満月はドキドキと興奮すると言われているし、特にイベントは避けたほうがいい?と昔はそんな言い伝え(笑)があった。交通事故も多いと言われ・・・要は、人間、どこか注意散漫になってしまうのかも知れない。私は満月というと狼男しか、浮かばないけど(笑)

3月13日と14日は新月。新月の夜には「願い事」を。今、願いたいことが山ほどあって・・・欲張っちゃおうかな!

人工血液の未来

2021 年 2 月 27 日 土曜日

時々、血液検査をする。現れる「数値」は日々の食生活からはじまり、まあ見事に「日常」が露呈する。「あれあれ」と反省したり・・・まあいろいろ。血液は凄い・・・。

たまたま、人工血液を取り上げているサイエンス番組を見た。既に動物実験もされていて、費用課題も安全性も試されているらしい。

人は血液に含まれる傷口をふさぐ血小板と体細胞に酸素を運ぶ赤血球の二つが出血で失われると死に至ってしまう。しかし、保存期間が問題で血小板が固まらないよう揺り動かして4日間、赤血球は低温で20日間ほど。それに現在A型、O型とか血液型の種類もあり、とくに緊急時の準備がなかなか大変だ。その点、この人工血液は常温でなんと1年以上保存でき、それにビックリしたのが血液型を問わないという点だ。実用化されれば、病院に着く前に事故現場、または災害現場などでも救命率が上がる。こりまで救えなかった命も救えるという。心がぽっと温かくなる話である。

memo帳 有難う!

2021 年 2 月 25 日 木曜日

日常生活の中で時々不思議な事がある。

ふっと昨日の朝に、「ああ、ちょっとしたmemo帳が欲しいな・・・かさばらないで、バッグにちょこんと入るもの」とふっと思った。そして「まあ、いいか・・・コンビニで買うか・・・」と。

そして、夕刻、ポストを見ると、友人からの手紙が入っていた。なんか分厚い(笑)「あれ?と思って開封すると・・・なんと!なんと!とてもお洒落でコンパクトなメモ帳が入っているではないか。

「何か思いついた」「嬉しい事」「こんなことしたい!」「どこどこに行きたい」「心に残った」「腹が立った」とどんなことても書いてパッチンとしまって、後から見たら楽しいかもよ~と手紙に書いてあった。あああ~なんと!と感動しまくりだった。

新聞社に勤務時代、同じ職場でいろんな事が山盛りあった。朝から晩まで、そしてまた・・・そんな日々もちょっとしたこともユーモアにかえて良く笑った。

あの懐かしい時代の日々。




塩分

2021 年 2 月 23 日 火曜日

塩分の摂りすぎはいけないということで先般、栄養指導を受けた。話を聞いているうちに「まさか」という事態になった。初めてかもの症状である。冷や汗が出てきて、動悸が酷くなり、嘔吐感までするようになっている。しかし管理栄養士の方は話を続けている。かなり様子がおかしかったのか?「吉田さん?」と言って話をやめた。

要は、それほどの症状が出るほど自分は日常の食生活では塩分を摂っているということだ。梅干しもダメといわれりゃ、毎年、つけている梅干しはどうなるのか?と。いくらの醬油漬けに至っては先方の言葉が消えた。生イクラから丁寧に丁寧に毎年、いくらの醤油漬けを作っているのに・・・どうしたら?挙句、しらす干しの頭の塩分の話まで。無塩バンの存在も知った。

カラダの不調に陥った。人のカラダを悪くするのは簡単じゃのう!と思ったほど。わいわい笑って、美味しいね~と言っている食事、つまり楽しい食事は多分、塩分過多の料理が並んでいるのだと思った。

不調がなおってから、冷静に「塩分」についてアタマで考えてみることとした。

あああ・・・

2021 年 2 月 22 日 月曜日

昔、よく友人たちと言っていた居酒屋さんがシャッターがおりていた。コロナ禍の閉店。余りにも店内の様子とかお客たちの賑わいとがこびりついているので、シャッター前でしばし立ちすくむ。マスターはどうしているのだろう?って。

路地裏を歩く。ここに何があったっけ?・・・空き地になっているが全く思い出せない。こんなにも何もなくなると記憶さえ飛ぶのか?と思う。

昨年は本当に親しい方お二方の葬儀にもでられなかった。お顔をみて最期のご挨拶さえ出来なかった。中途半端なこの感覚?心の中で何かがプツンと切れた感覚。悲しいとか辛いとか、感じたことのない苦み。

とにかく前へ進まなくては!と思っていても、不敵なウイルスは全くよめない。先ずは繊細な人のカラダのまたまた繊細な免疫力を高める努力しかないなと。

油断大敵!見えない敵はひしひしと・・・

2021 年 1 月 23 日 土曜日

コロナウイルスのニュースを聞き続けていると、何か、暗示にかかるような気がしてくる。例えば語っている医師たちもその声の質や言い方で随分と左右されてしまう。

英国で確認された新型コロナの変異株について、ある医師がある番組で「従来のものより感染力が強くなるだけで致死率はそれほと高くない」というようなコメントをしていた。日本では静岡県で数人がこの株に感染していた。そしてと東京でも昨夜、速報で10歳未満の子供が感染と流れた。「渡航歴なし」とアナウンスとともに。しかし今日になって40代の男性が感染と伝えている。要は既に、市中感染が相当なスビードで進んでいるということではないか?

そんな中、英国のジョンソン首相が記者会見の中でこの変異株について「感染力だけでなく、致死率も高い」とその可能性について発表した。証拠があるようだとの言葉は英政府のパトリック・バランス(Patrick Vallance)首席科学顧問は、存在するデータから導いたもの。僅かではあるらしいが変異株は従来株より致死率が「約30%高い」可能性があるの指摘である。

どんなウイルスに感染したかは分からないが、日本のお笑い芸人さんの一人が、胸苦しさを覚え、救急車を呼び、そのあとの記憶が全くなくなったという。翌日か?と目覚めたところ8日間も集中治療室で昏睡状態だったと言う。

私の周囲にもまだまだコロナウイルス感染は「他人事」で、あーだこーだと言っている人々がいる。実に、いろいろな事を思う。感染してみないと理解出来ないのだろうなと・・・呆れてももう言葉もないのでスルーするしかない。

見えない敵の恐怖。ひしひしと感じている。一に飛沫、二に飛沫ということだ、暫くは楽しいおしゃべりも合唱も厳しいということなのだ。

中世のドライさ

2021 年 1 月 21 日 木曜日

お中元、お歳暮、誕生日、結婚祝いだなんだかんだ・・・そして2月になるとバレンタインデーと次々と贈り物の季節がやってくる。

何かを「いただいたらお返ししなくては・・・」という意識は、現代でも脈々と生き続けているだろう。こんな儀礼を虚礼だ、建前だという人もいるが・・・・

「贈与の歴史学」儀礼と経済のあいだ 桜井英治著を読んだ。いやはや、中世のドライさ!贈答に関しては超ドライな計算で成り立っている。面白い。

何故か・・・昔、ある女性が付き合っていた男性に「別れたい」といったところ「今まで僕がプレゼントしたものは全部返してほしい」と言われたという話を思い出した。時間が経てばなんでも言えるだろうが当時「改札口で待っていたから全部返したわよっ!」という強い語気を未だに思い出す。

笑顔!

2021 年 1 月 17 日 日曜日

コロナウイルスの蔓延という状況で、ニュースを見たり、メールから情報を得たり、書籍から知識を得たりしているものの、この上ない飢渇感。ブログで過去の内容を見ていると、なんと!という感覚になった。人はその「現場」に立ちあわないと決して理解出来ない事ってあるのだなと。

毎年恒例の展示会ひとつとっても分かる。実感できる。まるで学生時代の文化祭のノリで密密密状態で、あのワイワイ感の楽しさ。表彰式でも密密密。受賞なんてしたらたーいへん!もうワイワイガヤガヤである。ふっと「いつまで続けるのかしらん?」と思ったこともあるが、実際にその生現場が消えていると、本当に、昔の想い出わ掘り返してしまうものだと気づいた。説明会にしてもリモート。そして発表会も動画配信である。昭和に生まれ、平成時代に?と思いながら、令和という時代にこんな現象を感じている。

世界中の問題であり、そして亡くなった人の数に少し鈍感になっている自分が嫌である。しかし「変化」に順応し寧ろ「変化」を創出していくくらいの根性だして頑張っていかないとならない。

そんな中で大切な事って?

そう笑顔である!