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‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

ほんま・・・しんどいなぁ~(笑)

2026 年 9 月 13 日 日曜日

どうも若い世代では頻繁に使用されているようだが・・・

「フレネミー」という言葉。英語の Friend(友達) と Enemy(敵) を組み合わせた造語。

表面上は友人のように振る舞いながら、実際には敵対的な行動を取る人物を指すようだ。日本ではSNS時代にZ世代を中心に人間関係を整理するキーワードらしい。

聞いていると実に嫌な感覚にとらわれる。

味方のようで「敵」とか。なんなんだ?

しかし、戦国時代なら当たり前だろう~あっても何の不思議もないだろう~と思ったが・・・

助言しつつ自信を削ぐ発言をする

相手の弱みを利用して優越感を得る

嫌だね~ほんま、しんどい!

要は、自己肯定感の低さや自己顕示欲、他人より優位に立ちたい心理らしいが、

まあ、本当に付き合いたくない!

しかし狙われるタイプを見たら、ぽーっとしたお人よし?ああ、なるほどね!と感じた。

真夏の日本手ぬぐい

2026 年 8 月 26 日 水曜日

最近はとんでもない暑さなのでハンドタオル類を3枚ほど持つ歩いているが、そんな中、昔からある日本手ぬぐいの凄さに気付いた。汗を拭いて拭いて・・・それでもなんかタオルに比べるとサラリとしている。結構有名なブランドのハンドタオルも頻繁に洗うのがいやであるが、どうしても劣化してくる、その点、日本手ぬぐいは「味」が出てくるのだ、不思議・・・ますます好きになる。

感謝の夏 2026年8月

2026 年 8 月 22 日 土曜日

2026年8月6日からスタートした「平和展」は無事に終了。8月11日にはJAZZピアニストの河野康弘さんわお招きして「特別コンサート」を実施した。河野さんの熱烈なファンの方は河野さん自身も驚くほど古いCDわ持参され、サインをしていただいたようた。時間の経過がまるで嘘のように流れていった。一体、あの日あの時の時間はどこへ?というほどの感動に包まれた。演奏が始まって参加者もピアノ演奏の「音」も一体となっていった。ああ!2026年!有難う!と私は心の底から感謝した。

明け方の阿弥陀様

2026 年 8 月 5 日 水曜日

先月は何とも波乱波乱・・・のような日々が多くあった。そこで「ああ」と思える人々の本心や考え方がじかに感じられたことを収穫としたい。

暑い日々だが・・・

今朝の明け方か?何とも何とも不思議な夢であった。

カラダをなめられいるではないか!どうしたんだ?と思いながらなめられている。そして「阿弥陀様」」であった。黄金の輝きが実に眩しいほど・・・往生と死?いや?が違うかは?「守る」と仰せであった・・・確か。まあ身を任せているといったてい。不思議としか言えず、暫し、考えあぐね、こんな事がせあるのかと思う。

阿弥陀様・・・有難うございます。 今、言葉にすると・・・

声もきけず 時は残酷だ

2026 年 7 月 6 日 月曜日

今年も半分過ぎて・・・いろいろ昔、勤務していた会社の同僚の訃報にせっすると、可なり力が抜けていく、こんな経験をするとは・・・若い時代には全くゼロパーセントの感覚だった。しかし、不思議なほど昔の記憶がある。ある人が言った、「思い出ってね、良いことも悪いことも忘れないものなのよね」と。そうか・・・当時はいろいろ、複雑怪奇な感情もあったことも。しかし何故あんなことにいちいち?みたいな時に突っ込んでいる。記憶は本当にきれいというか、透明な何かに包まれた「記憶」となっている。不思議としかいえず。ただ。脳死状態になっている人よ。声も仕草もすべて。

人間って・・・人生って・・・と思う事が多くなった今日この頃。時は何故これほどまでに残酷なんだ?

美輪明宏さん 

2026 年 6 月 28 日 日曜日

「突然のご報告となりますが、弊社所属の歌手で俳優の美輪明宏が、六月二十日午前九時三十分、老衰のため九十一歳で永眠いたしました」と所属事務所からの報告という記事を目にした。

美和明宏さん。

もう数十年も前の話。新聞社で夏のイベントとして青山学院の講堂で「サマーカレッジ」を実施したことがある。その時に講師としてお招きしたことがある。講堂は立ち見が出るほどの人気であった。

講演前に控室に入られた美輪さんが、すーーーっと私の目の前というか、顔を近づけられた。数秒か・・・私は全くフリーズ状態。暫くして、「んん」と一言だったか。そのまま、講堂へ進んだ・・・その記憶しかない。

あの夏の日。多分、私は一生覚えているのかと思う。

美輪さん、ありがとうございました。

昭和100年

2026 年 3 月 7 日 土曜日

昨日は出版社のインタビューだった。昭和100年がテーマだったが・・・そんな広大なテーマの中で自分が生きているちっちゃな数年の想いを語る。約2時間ほど。この日までいろいろな昭和に関する書籍などは読んできたし、いろいろな思い出も整理してきた。しかし何もかもが大きい過ぎて、自分のちっぽけさに改めて気づいた。しようもないけど。とにかくのびのびと「令和時代」から未来へ、生きていこうとグン!と誓った。

雀がいない・・・

2026 年 2 月 24 日 火曜日

随分と時間は経っているのだが、ずーーーーーっと考えていたことがある。というか「なんか・・・雀の姿を見なくなったな」と。本当に雀が私の周囲だけか?(笑)いないのだ。カラスは大いにカアカアないているし時折、悠々とムクドリが歩いていたりした。びっくりするようなオウムのような鳥とは遭遇することもある。しかし・・・雀の姿がないのだ・・・

2026年になりました

2026 年 1 月 1 日 木曜日

2026年1月1日を迎えました。

朝の青空と白い雲!

地球上が平和であること

皆が健康であること

未来を思う気持ちがあること

誰かを想う気持ちがあること

2025年 ありがとう!

2025 年 12 月 31 日 水曜日

2025,年のクりスマスはギター演奏家の福田進一さんの「70歳記念 クリスマスコンサート」を浜離宮朝日ホールで堪能、福田さんの素晴らしいギターの旋律に酔いしれた。

友人たちとの忘年会が続き、そして、語りあう。

そして2026年のカレンダーを見ながら、とにかく!健康第一に頑張っていこうと心に決める。

・・・そんな大晦日である。

正月料理もほぼ出来上がった。

屠蘇祝をするという日本の文化が次第になくなっていくのだろうなあ・・・そんなことを思いながら。

そして、いきなりだったが、12月28日に行った某昭和のスナック。

「年末で閉めるのよ~」というママの声に、60年の歴史にまくがおろされたと客確信した。

忘れない!

決して!

駅で「さよなら、おつかれさま、あれがとう・・・よいお年を」といろんな言葉で別れた夜は決して忘れない、

2025年!有難う!