サイトトップ

ch06.音楽 | ichikoTV ichikoTV

‘ch06.音楽’ カテゴリーのアーカイブ

カセットテープ

2022 年 1 月 23 日 日曜日

納戸の整理をしていると完全に忘却していた頑丈なジュラルミン?ケースが長年の埃を被って現れた。一瞬、事態がのみこめないほど・・・いつの時代?という感じである。

おそるおそる開けてみると、なんと!カセットテープの山だ。カセットです!あららららら・・・暫し、言葉が出ない。ひとつひとつチェックしていくと「ああ!」とその時代が甦った。その時代のいわば「流行りの曲」。

そして、誰だろう?多分、作詞作曲して録音した曲を入れたものなのだろう・・・聞きたいと思うけれど、カセットテープを聞く機械そのものがない。そんな時代を過ぎて、今表出したカセットテープ。しかし、タイトルを見ても、文字を見ても誰が書いたのかも全く分からない。自分の文字でない事は確かである。「こんな事ってあるのか?」と久しぶりに困惑した。その困惑・・・妙にドキドキする。ちょっと工夫して聞いてみないと・・・

昼下がり・・・名曲の旅に

2021 年 11 月 16 日 火曜日

昨日の昼下がりは友人の企画した、映像とトークと演奏で綴る「晩秋のヨーロッパ名曲の旅」に出席した。会場は丸の内のるー「センチュリーコート丸の内」。明治生命館の地下にあるクラブレストランである。

明治生命館は、古典主義様式の最高傑作として高く評価され、1997年(平成9年)5月に昭和期の建造物としては初めて国の重要文化財に指定されている。

そう、晩秋の昼下がり。ワインとフレンチに舌鼓。名曲はウイーン、プラハ、ライブツイッヒ、ザルツブルグ・・・90分の生演奏の旅である。クライスラー、エルガー、メンデルスゾーン、バッハなど、なじみのある名曲が流れる。至福の時が流れた。

継続

2021 年 10 月 17 日 日曜日

10月13日に久しぶりに神楽坂女声合唱団のコーラスレッスンに出席した。もう600何日ぶりくらいだ。団員の一人が「楽譜はコビーしておくから」と言ってくれた。普通に進んでいれば楽譜の整理整頓などそれこそ当たり前にやっていたことだが、コロナが確実に日常生活に入り込み、ある「時」からこれまで必死に紡いていた事柄が何もかも崩壊した感覚を得た。無理に抵抗してもそれは無駄だと思った。そして、とびきりの才能があるわけでもなく、その中で、努力や練習もしない日々の中でどんな一歩があるのか?と思っていた。

久しぶり!とリハーサル室には団員の仲間がいた。どんな日々を過ごしていたかはわからなくても、打ち克っていたのだろう、明るく。そうでもなければ、いろんな一歩は踏み出せない。

全てが新しい楽譜。カツ代さんが作詞した「団歌」以外は全く初見だ。カラダ中の血が騒ぐ。続けていいのだね?と自分に問うてみた。

ふと10年後の未来

2021 年 9 月 22 日 水曜日

ふと10年後の世界を考えていた。

「進化するテクノロジー同士が融合する「コンバージェンス」により、テクノロジーは加速度的に進歩しているのだという。コンバージェンスは破壊的なイノベーションをもたらし、社会を大きく変えていく。たとえば、スマートフォンの登場はごく最近のことだが、私たちの生活を一変させてしまった。カメラや地図、電話、メモ帳、ゲーム機など、多くの機能が標準装備となり、多くのものが必要なくなってしまった。破壊的なイノベーションは市場そのものを破壊する影響力を持つ。今後も、私たちは次々とコンバージェンスから大きな影響を受け続けることになるだろう。」

こんな一節を読んだからか?

あるイベントの参加者募集方法で改めて「盲点」に気づかされた。「QRコードなんてできないよ!と叱られた。「FAXがないよっ」と叱られた。大半の人はインターネットで申し込みしてくださるが、対象の年代そのものの幅によってひらきがありすぎるのが現代。

実に混沌としている2021年・・・もしや、2020年の記憶かぶっ飛んでいるからか?

今後の10年後に対して、何故かワクワク感が生まれてこない。どうしたものだろう。遺すもの、見失ってはいけない・・・いろいろ考えればかんがえるほど・・・冷静にコツコツ進もう。

先ずは健康でボケないで生きていられれば!

Pretender

2021 年 8 月 29 日 日曜日

歌謡曲・・・と言ったら古いのだろう。最近では何とも歌詞の意味が伝わってこない、いや伝わりにくいものが多いと私は感じている。

が、そんな中で、ヒゲダンことOfficial髭男dismの「Pretender」。2019年5月15日にポニーキャニオンから発売されたもので、新曲登場!ではない。サビの部分だけがどうもアタマに残っていたが、歌詞を読み込んでいくと何か胸騒ぎするほどに熱くなる。白熱に近い。あれ?一体、何なのだろうな~?と。これは「男性からの視線」なんでしょ?でも・・・分かるんだ。

かなりかなり昔に、「忍冬」という歌を歌ってほしいと言われたことがある。全く知らない歌だった。〝すいかずら〟と読むと知って「へぇ」と思った。歌詞が切ない・・・。あるよね~きっとという歌詞だ。カラオケで歌ったことがあるが、歌を聞いていた女性が泣いたという経験が2回ほどあった。何か不思議だった。これは「女性からの視線」で、何か似た体験があると苦しい部分が出るのかと・・・分かるよ。

Pretender・・・

決してくちには出していない。

そう、演じているんだな・・・

外からは絶対に分からない?

いや、十分に分かっているのかも知れないが。

叫びとまではいかないから?

メタ言語?

労働歌の強さ

2021 年 6 月 8 日 火曜日

人の日常生活には「たまたま」ということがよくある。私は最近、この「たまたま」は「ご縁」だと思うようになってきた。今までは単なる「たまたま」と思っていたが・・・

あれこれと考える事が多くて・・・どうも寝ていればいいのに、ある日の夜中にパシッ!と起きたはいいもの、「ああ~困ったなあ~」と思い、テレビのチャンネルをまわした。大概、経験のある人はご存じだろうが、夜中の番組には「通販」が実に多いのだ。なんでだろう?と思っているうち、あの通販のプロたちの巧みな商品いアピールによって、多くの人が多分!おちるのだろう。たとえ、その商品名は正式に知らなくても、商品の本質が本人の心深くに思っているコンセプトと「たまたま」ドンピシャはまれば、おちる‼のだ。

さて、通販ばかりか・・・と思っている私の目の前にあるドキュメンタリーが飛びこんできた。ドキュメンタリーが大好きな私は一瞬、くぎ付けとなった。それは、19世紀に日本人労働移民が組織的にハワイに送り込まれ、ハワイ各地の砂糖耕地で重労働についた時の話。ハワイの日本人一世が生み出した労働歌である「ホレホレ節」の話だった。 「ホレホレ」とは、サトウキビの枯れ葉を手作業で掻き落としていく作業のことで、ふっと「惚れ~惚れ~」?と思った自分を恥じた。比較的力がいらなかったた作業だったので主に女性の仕事だったらしい。しかし、炎天下での作業は苦しい。決して快適ではなかろう。励ましあい、力を合わせるために、気持ちを即興的歌いこんでいったものだ。

「ホレホレ節」は、おそらく日本人移民がアメリカで生み出した唯一の民謡だろうということだ。要は、この歌には作詞者も作曲者もいないからだ。おおらかに歌う歌詞には日本語、ハワイ語、英語も入り混じる。

ハワイ 、 ハワイと夢見てきたが

流す涙は甘庶(きび)の中

行こか メリケン 帰ろか 日本

ここが思案の ハワイ国 

「メリケン」とは、「アメリカン」がなまったもの。ハワイは1898年にアメリカの準州となった。アメリカの法律に基づいて1900年より契約労働が禁止。日本人移民は契約から解放されたものの「思案」するのだ。

今日のホレホレ 辛くはないよ

昨日届いた 里便り

横浜出るときゃ 涙ででたが

今は子もある 孫もある

条約切れても 帰れぬやつは

末はハワイの ポイの肥

ハワイ ハワイと 来てみりゃ地獄

ボースは悪魔で ルナは鬼

カネはカチケン ワヒネはハッパイコウ*

夫婦仲良く 共稼ぎ

ダンブロウのワヒネ*にゃ 気が残る

条約切れるし 未練は残る

「ポイ」とはタロイモを発酵させて作ったハワイ原住民の主食のこと。3年契約の労働を終えても蓄えができず日本に帰国できなければハワイに骨を埋めてポイの肥料になってしまうよと歌う。カネとワヒネはハワイ語で、それぞれ男と女。カチケンはcut caneという英語がなまったものらしい。ダンブロウは、英語のdown belowがなまったもの。労働契約が満期になるが、耕地で働いている女性に気持ちが残るよと歌っている。

歌詞はまたまだ続くが・・・三味線の「音」がこの歌詞を盛り上げる。決して、バシバシの演奏をつけてはこの歌詞が・・・死んでしまうと思った。

労働歌の持つ、逞しさに心打たれた。

昭和歌謡

2020 年 12 月 16 日 水曜日

なんでも、平成生まれの若者たち(の一部であろうが)に昭和歌謡が人気であると聞いた。このこととは別に、最近の歌の歌詞からはドラマがあまり感じられないなと思っていたところなので「なるほど!」と感心した。

恋愛問題にしても携帯電話のない時代はそれなりの苦労や失敗や努力があったものだと思う。メールにしても然り。個から個へのメッセージは完全のーに恋愛観すら変化させてしまったと思う。

そうそう、「駅」にしても。今のあまりにアリの巣の如く入り組んだ迷路に近い駅。ややもすれば相手を見失うし、もし「逃げたい」人であればあっという間に霧のように消えてしまうのも可能だ。

時代が変わるけれけど、好きだった昭和歌謡の歌詞を見つけてみる。意外なドラマとリンクに驚き、少しばかり記憶に残っている思い出に浸ることも楽しい。

香水の想い出

2020 年 11 月 17 日 火曜日

瑛人さんの「香水」という曲がヒットしている。

ゆったりとしたビートとアコースティックギターの響き。ふっと振り返りたくなる衝動があった。

そして「別に君を求めてないけど 横にいられると思い出す 君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ」というフレーズなのだろうと思った。所謂、サビ?「ド~ルチェ・ア~ンド・ガッバーナー」というカタカナ。よくぞ!と言うほど上手くはまっている。この香水を知らない人にとっても「なに?」と惹き付ける。うまいよねぇ~♬

あっ!思い出した。

それは、もう昔の昔のその昔くらいの話。

「その香水の香り・・・好きです」と言われたことがあったな。

仕事上、普段はあまりつけない香水。その時は、たまたまイタリアのある香水(ド~ルチェ・・・でなく)を少しだけ。当時はその香りが大好きで、確か、個人輸入したものだった。

今では本当に香水をつけない生活だが・・・

あれって?灼熱の恋でもなく?

ふっとあまずっぱい思い出に微笑んでしまう。

雨の日はJ.S.バッハ

2020 年 7 月 17 日 金曜日

梅雨明けはまだかいな?

朝から 雨 雨 雨

雨降る音が絶え間なく

雨が降りしきる

 

 

 

雨の日はJ.S.バッハ

単調かも知れない

起伏がないかも知れない

でも・・・雨降りの日はバッハ

 

日常生活

2020 年 7 月 12 日 日曜日

東京ではコロナウイルス感染の数字が止まらない。しかし、これって、果たして正確な数字なの?と思ってしまう。卑近な事例で、ある会社で隣りのフロアの社員が実は陽性反応が出たとか聞くと、そんな事例って結構あるのてでは?と思う。カウントしていけば必ず誤差は出てくるだろう。

 

東京の小さな芝居小屋でも感染者が出て、ついにはその芝居を見に行った人々もついには「濃厚接触者」と表現された。800何人・・・果たして「私・・・行きました」というのだろうか?と思うと実に不安である。

 

毎年欠かさず、昔の勤務先の連中と必ず年末は「酉の市」に行っていたが「今年は多分無理だねぇ」という話になった。あれはミツミツ満開状態ではないか!状景を思い出しただけでもぞぞーっである(笑)我々にとって一年に一回・・・それは元気でいるか?といういわば生存確認でもある。しかし、仕事に忙殺されている時間はつい気持ちも疎かになっている。しかし、メンバーもリタイアしてからというものは人々が年齢を重ねていくというのは、想像もしない「現実」をまざまざと見る事になる。いる人、いた人がいなくなる!・・・とはいうものの、やはり「酉の市」はちょいと厳しいだろうなと。夏のお祭りも神輿も花火も盆踊り大会も、いつもは当たり前にあったものがそうでなくなるということを辛いが目の当たりにしている日々。

 

リモート会議が本当に「日常」となってしまった。想像していなかった仕事のありさまである。先般、ある大学生との話で授業もほぼリモートで操作に慣れていない教授はなかなか大変な日々だと聞いた。そりゃそうだろうなと思った。

 

今までの「日常」は本当に変わりつつある。そして新たなる「日常」と名付けられるものに我々はまた慣れていかないとならないんだろうなと思う。

ふっと人生100年時代ももっともっと延長するのだろう。病気も克服して、長生きできる時代。それで人は何を想うのか?と一抹の不安も過る。