ch05.エンタテイメント : 謙さん |
||||
人生は突然、何か起こるかは分からない。
若年性アルツハイマーという重たいテーマだが、今回プロデュースも手掛け、渡辺謙が主人公を演じる『明日の記憶』。これは、第18回山本周五郎賞を受賞し、2005年の本屋大賞第2位に輝く荻原浩の傑作長編が原作。
広告代理店の営業の第一線で仕事をする男がある日、若年性アルツハイマー病に侵されていることを知る。取引先の場所が思い出せず゜、知っているはずの街が見知らぬ風景に変わっていく。喪失感をこえ痛みを共有する熟年夫婦を渡辺謙と樋口可南子が好演している。
「お前は平気なのか?俺が俺じゃなくなってしまっても」と妻に訊ねる。夫婦が積み重ねてきた年月を、そして思い出も全て忘れてしまうだろう夫。妻が答える。「私がいます。私が、ずっと、そばにいます」と深い。考えさせられる。私にはそんな言葉が言えるのだろうか。全ての記憶を次第になくしていく人に対して。いろんな思いが交錯する。
原作もさることながら、やはり冴え渡る堤監督の演出手腕は見事。
渡辺謙自身が20代後半に「天と地と」の撮影中に病気のため、降板したという経験がある。当時50億円という費用をかけての角川映画。治療にあたりながらも「申し訳ない、みんなに大迷惑をかけた、申し訳ない」の気持ちで一杯だったという。
何年か経ち、ある時、この原作と出会った。自分の内にずっと封印していた何かが弾けたという。また、自分の中で決着のついていなかったことに気付いたという。その時、封印がとかれ、原作に引き込まれ、「映画にしなくてはダメだ」と思ったという。そして、この作品は映画化されたのだ。
撮影中も、闘病生活の頃の自分と重なることが多かったらしい。「どうやって生きるんだ、俺は?」と。途中で逃げ出しそうな気持ちにもなったという。
最近では、渋さも増して、ますます渡辺謙の演技が冴えてきた。高倉健に続いて、私の中の「謙さん」がまた一人増えた。
コメントする