ch12.その他 : さようなら |
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昔から路地裏とか横丁が好きだ。あのちょっと不思議な感覚がたまらなく好きである。だから、ちょっと呑みたい、そんな店もそうしたところにある事が多い。
夕方になって、蒸し暑さがなんとも身体に重たく感じる、そんな時にいつも訪れる飲み屋があった。6~7人も入れば一杯になってしまうカウンターの店だ。いつも殆どが常連さんでうまっている。
「ちょっとねぇ・・・つめられるぅ?」と新しい客が入ってくるとママさんはゆったりと座っている常連客に視線で合図をおくるのだ。茨城出身のママのなんともそのあったかーいイントネーションいい。そんな店だ。
乗降客の多い駅前の小さな小さな店。夕方の開店時間になっても灯りがつかない。電話をかけてみるとコールはするものの誰も出ない。暫く、看板を見上げていると、隣りの寿司屋のお兄さんが裏口から出てきた。すかさず「今日は休みなのかしら?」と聞くと「ここのママさん、亡くなったらしいですよ」と言う。予想もしない言葉に一瞬戸惑う。かえす言葉が見つからなかった。「え?いつ亡くなったの?」と聞くと「もう一年経つんじゃないですかぁ?」と寿司屋のお兄さんは言う。
思い起こせば、最後にここに来たのはこんな蒸し暑い夏の夜だった。一年前っていったら・・・・・・ママがいつものように「一本、いれとくねぇ?」とあの独特の声ですすめられ、焼酎のボトルをキープした。ちょっと一杯呑みたいだけなのに、「もう、お腹はいっぱいだから」と言っても得意料理のポテトサラダを出し、そして、楽しそうに鯵のフライをジュウジュウと揚げるのだ。
主のいなくなった店の前で暫く立ち竦んでいた。頭の中は、古くて懐かしい映像のテープがカタカタカタカタと回り始めたようだった。もう、名前さえ忘れてしまった、あの楽しい常連さんたちは、どこへ行ってしまったのだろうって思う。そして陽気なママがちょっと酔うと歌いだす。あの十八番『お別れ公衆電話』が聞こえてきそうな夜だった。
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