ch10.生活 : 命 |
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ネットカフェ難民という言葉を聞いて、気持ちがなんとも辛くなってくる。ネットカフェが出来たころはオシャレなスペースだなと思っていたが、最近はそこで寝泊りしているという人々がいる。先日もテレビで特集をしていたが、住所不定で「ここで暮らしてもう半年になりますよ」と答えている青年がいた。入店15分くらいで直ぐ出かけていく。また数時間してから戻る風俗関係の女性。客からの待ち合わせの電話をネットカフェで待っているという。真夜中に「やっとお金が入って良かった」という販売員の19歳の女性はその日にもらったという交通費5000円ほどを握り締めている。その爪は綺麗にネールアートされている。「親の虐待から逃げるためにここにきた」と話している。次から次へと入店する客たち。家が汚れるのがイヤだから?という中年の男性もコンビニ弁当を持って、小さなスペースに入っていった・・・・・・
以前「ずっとニートをしていたけど、親が死んで遺産で食っているけど、これから自分が何していいのか分からない」という男性がいた。食える遺産があるだけ幸せなこと。しかし彼に未来は見えないのだろう。平成の難民なのかも知れない。何と言ってよいのか分からず、未だ私は何も提案が出来ずにいる。
ある男性が癌で亡くなった。まだ40代。早すぎる死。以前勤務していた、新聞社で一緒に仕事をしていた。退職してからは、会うこともなかったが訃報を聞いて、兎に角驚いて、通夜に参列したのだ。遺影を見ながら、一つの輝く星が消えた・・・と思った。まだまだ働き盛り。まだ中学生のお嬢さんが溢れる涙を拭いている。こんなに早く自分の命がなくなるなんて、考えてはいなかっただろう。まだまだ俺は頑張って生きたい、それは勿論、仕事であり、そして家族のためであり、且つ何よりも自分の未来でもあった筈だ。そう思うと無念で無念で胸が裂けそうに痛くなる。
なんとなく・・・・生きてほしくない。親から与えられた大切な命なのだ。なんとなく、その日その日を生きていたら、未来は見えなくなるよ。くる日もくる日も、偏った食事や快適でない浅い眠りを続けていたら、若いからだもじきに悲鳴をあげるに違いない。人生は本当に本当に一度きり。
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