ch10.生活: 2005年6月アーカイブ
ch10.生活 : 私の好きな言葉「たまゆら」 |
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夜も更けていく頃、考えにつまってしまった時など私はコーヒーをいれる。ふっと香りに包まれると、いろいろなことを夢想する。既に、死語かも知れないが、「たまゆら」という言葉が私は好きだ。ほんの一瞬、暫しの間という意味する美しい言葉である。玉がかすかに触れ合うときに微妙な音がする、そんな微かな音。万葉集の「玉響きのふの夕見しものをけふの朝に恋ふべきものか」にででくる。玉かぎるとは本来は淡い光を意味する枕詞。その玉響を「たまゆら」と詠んだ・・・・美しい言葉の誤解。
コーヒーの香りに包まれながら、もし珈琲店の女主人になったなら。窓から海の見える高台に店はつくろう。そう、店の名前を「たまゆら」にしよう・・・。訪れる客の何人かは店名の由来を訊くだろう。そんな時、窓の向こう、夕陽が沈む光景を見ながら、私はどんな説明をするんだろう?暫し・・・・時が経っていく。
不意に時を劈く背後のざわめき。長い間、おしやべりしていなかった女友達が急に騒ぎ出した。「桃太郎」のストーリーが改変されたり、母親がエプロンをしているイラストが問題視されたり、昨今の行きすぎともいえるジェンダーフリー教育。一体、どうしたというのか?何を騒いでいるのというのか?
ジェンダーフリーという思想運動が起こった背景には、女性の社会進出が進み、男女観も多様化した中で、従来の「男らしさ」「女らしさ」というステレオタイプによる評価基準を不合理に感じたり窮屈に感じる人が増えたということが挙げられる。実は、日本におけるジェンダーフリー運動は、アメリカ、ヨーロッパ、共産主義国のフェミニズム運動とは異なる部分も多い。というのも「ジェンダーフリー」という言葉は日本固有のものであること。日本で問題とされるジェンダーとはあくまでも「日本文化におけるジェンダー」であることを認識して欲しいものだ。
さあ、もう一度、自分がこれからどう生きたいのか?後輩達に何を伝え、遺していくのか?軸足をしっかりさせよう。