2008年8月アーカイブ


  女性の不思議。会うと必ずや「太った?」「痩せた?」が話題になるものだ。決して「顔」の事は余りいわないのに。(よほど変化した場合は別だろうが・・・・)。そして必ず「痩せたい」と言う。ある女性が身長が160センチで体重が50キロなら、もう痩せなくてもいいだろうにと思うのに女性はもっともっと痩せたがる。因みにどれくらい痩せたいのか?を聞いたら7キロくらいは痩せたいというではないか。唖然としてもしようがない。彼女はただ、モデルさん体型になりたいだけなのだろう。こんなに普通、痩せている人でも「もっと痩せたい」と渇望するのだから、氾濫してもダイエット情報は必ず求められ続けるものなんだなと思った。

   さて、50キロも体重を落としたら何もなくなってしまう?人も多いだろう。数字を聞いただけでもビックリ数字!。しかし、あまりに周囲で人気なので『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)を購入した。勿論、テレビや雑誌などメディアで岡田斗司夫さんの事は既に知っていたが、実は、このこ本は読んでいなかった。2008年現在50万部というので、さすが!と思ったが、今年の6月30日に第22刷という数字を見て、やはり凄い!と感心した。
  なんと1年余りで50キロ以上落としたという。つまり体重117キロが67キロに、体脂肪率42%が17%というレコーディング・ダイエットの成果が記録されている。中でも彼のいう「75日目の変化」という視点がポイントだ。この時に訪れる「飢餓感と落ち込み」がなんと1~2週間続くという。多くの人がダイエットを開始しても2~3ヵ月でやめてしまうことが多いのもこの「75日目の変化」に抗う事が出来ないためだという。この時期になると、体自体が元に戻そう戻そうといろいろなシグナルを送ってくるらしい。欲望と不安、そして欲望。本当に苦しいらしい。しかしこの苦しい時期を超えると体は痩せるということをようやく認め始め体質が徐々に変化していくというものだ。
  最初は「もっと写真とか・・・・」と一瞬は思ったが、いやいや、なかなか、オタクならはの視点で書き進める岡田斗司夫さんの解説は実に分かりやすい。且つ、この度、レーシック手術という目の手術を受けて視力が右1.5、左1.2に回復したというではないか・・・・・人とはここまでもへ「変化」出来るものなのだね。


岡田斗司夫さんのホームページ

   某所のふぐ料理店の大将が「ちょっと今、考え中なんだ」と言う。その店の名前に因んだ"数字"の付く日にふぐ料理コースを半額で提供゜している。大体一ヶ月に3回か、そんなラッキーな日があるわけだ。その日は勿論、予約で満席。待ちに待っている常連客も多い。「配送にかかわる経費を考えるとちょっとやっていけるか、どうか?瀬戸際なんだよねぇ」と言う。こんな大将の真剣な悩みの事を知る人もいないだろう。
  冷凍技術や養殖技術の著しい発展で、旬もわからずに年間を通じて河豚料理を味わうことも可能な昨今、河豚の旬は「秋の彼岸から春の彼岸まで」。来月から味わえる"河豚"目当てに、また、半額の日目当てに、大将の悩みもどこふく風か、常連客は「おっ、いよいよ河豚だね!」とおしかけることだろう。
  


   一瞬、どっと笑いがおこった。しっかりした人って意外と呆けやすく、その点、日頃からだらだらだらしない人間は呆けても分かりにくいものだ・・・・そんな内容だった。しかし、よく考えてみたら笑い事なんかではない。例えば夫婦ともに呆けてしまってもそれでも何とか生活している、そしてある日、娘だ息子が訪れてきて両親の異変に気付いたなんて事を聞いたことがある。本当に笑い事ではない。

  アルツハイマーの原因の1つに「ホモシステイン酸」とういう物質が関係あるということを聞いたことがある。そしてこれはストレスによって増えると聞いた。もう団塊世代が続々と会社という組織から続々と飛び出してきている。まだ若いと思っても「なんか気力がない」「体力が完全に落ちた」なんて聞くと他人事でははないことに気付く。小さい、大きいに拘わらず、男だ女など性別も関係なく、社会で日々過酷なストレスを感じて生きてきた人々は、いざ組織から出てみると本当にどうしてよいか分からないという人が多い現実。"趣味でも"なんて現実はそんなに甘ったれたものではない・・・・・そかん事に気付く。気がつけば、何となく夫婦間もギクシャクするカップル。「昔からの」とか「これまで、俺は」とか「私は」なんて通用しない。本当に現実に晒されたとき、その人かせどう生きてきたか、能力や魅力があるのか?ということが大切なのだ。
  ストレスなしという事は不可能だろう。少しでも呆けないために、さてどうするか?最近は本当にそんな事を考えている。「何のために生きているのか、わからなくなってくる」なんてまるで10代の青春時代のような悩み、ぼやきを聞いて、「ああ!そうか!」って思える、そんなサムシングに気付くきっかけ作りをしていこうと思う今日この頃だ。

 

ch11.経済 : ウルグアイ大使館にて

080828_1639~0001.jpg   仕事とは実に面白いものだと思う。   先ず、人との出会いが予想もしない仕事へと発展させてくれるものだ。まさに人脈は宝である。


  8月28日は西麻布にある、ウルグアイ大使館で183回目の独立記念日を祝うパーティーを行った。これもたまたま、ウルグアイのワインを扱っているWako-y.Marの福田庄作さんとの出会いから始まった仕事だ。それまで、私の頭の中に"ウルグアイ"というものはあまりなかった・・・・・(とーんでもない昔に農水省と仕事をした時に話題になったことがあったなぁ。スミマセン!)
  一言でウルグアイと言っても意外と知らない人が多い。「ウクライナの事?」なんて勘違いしている人もいる。この南米のウルグアイ東方共和国が、1825年8月25日の独立以来、今年で183回目の独立記念日を迎えたのだ。8月28日にこりを記念して祝賀パーティーを実施した。
  アナ・マリア・エステベス ウルグアイ大使(素晴らしき女性です!)も出席されて、ウルグアイのPRを。南米4カ国(ウルグアイ・アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ)の観光情報を提供するメルコスール観光局からの映写会もして、何か参加者の方々にとって、ウルグアイが身近になったのでは?と思った。そして福田さんが提供する日本ではまだ珍しいウルグアイワインの試飲会も。会場となったラテンアメリカサロンは通常大使たちが集う豪華なサロンだ。昼下がりにウルグアイの景勝地などの映像を見ながらウルグアイワインに舌鼓。参加された男性陣たちの多くはお洒落なポケットチーフがとても素適であったし女性陣も皆さんがとても華やいでいた。素晴らしきひと時であった。

写真はアナ・マリア・エステベス ウルグアイ大使

  メルコスール観光サイトはこちら


  
   「携帯中毒の人って増えている気がしない?いつも手に携帯持って、気がつくと携帯の画面を見ている。なんか不愉快な気になるのよね」とある友人が言った。
  しかし、自分も携帯電話やメールなどのない世界を考えると少し、青くなってしまう。既に、ある事が当たり前となってしまった現在では、なかった頃の事を全く思い出せなくなっている。
  インターネットの世界もそうだ。先方の会社に電話をして資料を郵送してもらうなどということは先ず過去の事。日本中の事、いや世界の情報だって日常のひとこまとしてオンタイムで取り出すことができる。
  

  東京ライターズバンクの主宰をしている児玉進さんの毎日会員へ配信されてくるメールを読んで、あらためて気がついた!

メールは自筆の手紙と同じだ。「文は人なり」はメールにも当てはまる。 どんな事情があるにしても、メールの表現には配慮されたい。『たかがメール、されどメール』の鉄則を胸に刻み込んで、書いたメールは念を入れて数回は読み返してから送信することを勧める。


  どんなに便利な世界になったとしても、それを扱うのは「その人」の資質が関係してくる。レポートやらお願い事やら、相談事など様々なシーンに登場する「メール」こそ、念には念をいれて書いて(うって?)ほしいと思う。読んで、ほのぼのと気持ちが良くなるものもあれば、その人の顔立ちやらスタイルやら何もかも疑ってしまいそうなメールもある。やはり「文は人なり」というものなのだろう。小学校の時、作文の時間に担任の先生が「文は人なり」といつも仰っていたことが懐かしく思い出された。


ch01.政治 : 信念の政治家


   若い時代は考えもしなかった「老い」という問題。最近では友人、それも仕事上の所謂、飲み友達と集まると結構そんな話になることがある。先般もある一人が「俺もあと20年がいいところかな」というと一人が「20年もないかもな~」と言った。団塊の世代の威勢のいい人々ももう、齢60になろうとし、そして60を超えてきている・・・・・それを聞いている自分も先輩諸氏とはそれほどに「差」もないことが分かる。

  

   「鉄の女」の異名で知られたマーガレット・サッチャー英元首相が認知症を患っていることが分かったというニュースを読んで何かが、胸の奥で弾けた。サッチャー元首相の長女のキャロルさんが、出版した回想録でなんとも2000年から認知症の症状が始まっていたことを明らかにしたというではないか・・・・。暫くショックであった。
  1979年から1990年まで英国初の女性首相として保守党政権を率いたサッチャー。1982年にアルゼンチンとのフォークランド紛争で英軍をすぐに派遣し勝利したサッチャー。本当に素晴らしい政治力を見せた。何度、私は胸をおどらせたことか。しかし・・・・。亡くなった夫の事を忘れようとしているのか?「父が生きていないことを何度も分からせなければならないので辛い」という娘の告白はなんと辛いことか。信念の政治家さえも・・・・・。

  人は「老い」と闘っても無駄なのかも知れない。あるがままに生きること。自然に逆らわず、受け入れること。これが真理なのかも知れない。それにしても辛い話である。

ch07.味 : 菊の秋

  雑誌『文藝春秋』の9月号に「京味」十二か月という記事が掲載されている。作家の平岩弓枝先生と「京味」の主人・西健一郎さんの対談である。もうすぐ9月になり、このところの涼しさのせいか、冷静?に料理をしてみようという気持ちになる。
  対談の中で西さんが「九月は菊の季節。昔から料理に菊花を使うことは多いんですがね。今回は椀種自体を菊の花に見立ててみたんです」とある。読めば読むほどにその美しさのイメージで頭の中がいっぱいになってくる。まさに菊の秋である。
  菊といえば、初めて食用菊の料理が食卓に並んだ日。結構な衝撃だった。思いだせば、親からはいろいろな「季節」を学んだ。単に、空腹を満たすだけでない「食」の深さというものか。
  先般はコンビニ前の路上にじかに座り、コンビニで買った弁当やら菓子パンをほおばる3人の男子学生の姿を見た。、一瞬であったが私とともにもう一人のご夫人が立ち止まっていた・・・・。彼女も彼らに向かって、一言、二言と言いそうであったが、何も言わず立ち去っていった。しようがない・・・・・。私自身も彼らに何も言わずに立ち去ってしまったのだから。余計なお世話なのかも知れないが、彼らの家族が、そして日々の食卓が気になった。

ch04.カルチャー : 夏の終わり


  昨夜は神楽坂の毘沙門天 善國寺で『夏の終わりの怖い話』が催され、それに出演する朗読家の深野弘子さんにおよばれして伺った。第一部は落語。社会人落語家の圓塾さんの「皿屋敷」、三遊亭圓王さんの「死神」。どつらの落語も他で何度か聞いたことがある話だが、何度聞いても面白い。「死神」のアレンジは圓王さんの独特の世界か。
  そして第二部は実話。これがね・・・・ちょっと怖い。深野弘子さんは「治療中」(上野尚子著 「実話怪談草紙)」竹書房文庫所収)、根岸登志子さんは「赤い鼻緒の下駄」(柴田練三郎作「現代ホラー傑作選」十の物語 高橋克彦編 角川ホラー文庫所収)の二編。深野弘子さんの朗読の舞台は病院。病院といえば、あちらの世界の話がいろいろあるものだ・・・・。根岸登志子さんの朗読をずっと目を瞑って聞いていたが、私はずーっと月の光に包まれていた・・・・・。
  しかし、今回の催しのタイトルの如く、もう夏も終わる。

  久しぶりの神楽坂。皆で食事をした後、昔からの馴染みの店で飲んだ。「いち子さん、随分と貫禄がついたわねぇ」と店のママが私を見て、二度そう言った。そんな言葉に笑いながら、夏の終わりの一夜が更けていった。


毘沙門天 善國寺


  日々の生活の中で、お墓参りをはじめ神社などへは時間を見つけてはまいるようにしている。御神籤などは真剣にうけとめる。
  今年2008年は「龍」にまつわるものを持つと良いと言われ、財布の中に金の龍を大切に入れていた。しかしある日、財布の中を整理していると、その金の龍がなくなっていることに気がつきしばし呆然。「あれぇっ・・・・・」という感じで時間が止まってしまった。どこかに落としたのだろうか?。いつ?大切なものを落とすなんて!と思っていた・・・・・。
  多分、心の奥底で「龍!龍!」と叫んでいたのだろうか?昨日、たまたま乗り換えの為、その駅に降りた。乗り換えのためなのだが、気がつくとグイグイと何か強い力に引き寄せられて『龍敬子ギャラリー』へ入っていた。エレベーターで2階へという表示を見ながら、エレベーターに乗る。「なんだ?なんだ?」という感覚でいた。しかし、ギャラリー内に入ると、あっという空気に包まれた。龍敬子先生が目の前にいらっしゃった。何と言う日なのだろうか!!
  「あら!」と目をあわせるやいなや、なんともいえない懐かしさで満ち溢れた。元国鉄総裁であった磯崎叡さんに「兎に角、一度、龍さんに会ってみなさい。僕から連絡しておくから」と言われてお会いしたのが私はまだ20代の後半の時だった。あの日からもう長い長い時間が経った。龍敬子さんにとっても私にとってもお互いに印象が強すぎたのか、積もる話で時間があっという間に経っていった。お互いにとっても思い出深い磯崎叡さんの事、作品の事と、話しはつきない。
  「でも、不思議ね。今日、アトリエから戻ってきたばかりなのよ」と龍敬子さんが言う。つまり昨日までギャラリーはお休みで閉館していたというのだ。それに龍さんのギャラリーに行くことも私の予定の中にも全くなかったことだ。乗りか追えの駅で、何故、自分が急に引き寄せられるように行ったのかも分からない・・・・・・。
  ふたりにとっても胸の中が熱くなるような懐かしい時間、思い出で一杯だった。懐かしい方々の何人かは鬼籍にははいられた・・・・・。時は経ったのだとあらためて思う。
   「時々、夢に磯崎さんが出てくるんですよ、でもいう事だけ言ってどこかへ消えていきますよ~」と私が言うと、龍さんはケタケタと笑った。長年のご無沙汰をしていた。でも会うと一瞬で何もかもが「あの時」に戻った、そんな不思議な一日だった。

『龍敬子ギャラリー』はこちら

スポーツ : ホクロ


   "ニート剣士"とか言われながらもフェンシングで太田雄貴が歴史的な銀メダルを獲得という大仕事をやってのけた。テレビに映る太田さんの顔をじっーと見ていたら「あれぇ?」と妙なことに気がついた。鼻の横にあるホクロ。ふっと自分も鏡を見た。大体同じ位置だなと思った。確か、ジュリーこと沢田研二もこの場所にホクロがあったんじやないかって・・・・・妙に気になりだして、伊勢瑞祥先生に、唐突に申し訳ないのだが、ホクロ占いなどの本があれば貸していただけないかとメールをした。メールを出した後に、いやぁ待てよ。忙しい先生に悪いことをしたなぁ・・・・と後悔していたら「丁度、ホクロの先生がいらしていたので先生の本を頼んでおきましたよ」と返信がきた。まさに「キターッ!」という感じで、ビックリした。こんなに不思議なこともあるものだと思った。


  しかし話は戻るが、日本にフェンシング界史上初のメダルをもたらした太田さんはやはり凄い!お父さんにゲームを買ってあげるとかなんか言われた8歳から12年間。なんと4300日以上も休まずに練習したというではないか!。自分はこんなに一筋で頑張ってきたものが何もないだけに、ただただ感動する。だからこそせめてホクロが同じ位置にある事がウレシイ・・・・・。

ch12.その他 : 異常気象


   今年は妙に雷が多い気がする・・・・・それに集中豪雨にしてもだ!。
今日、長野県白馬村の北アルプス白馬岳の大雪渓上部付近で、土砂が崩落したというニュースを見て、その現場の凄さに驚いた。現場付近ではリュックサックが見つかって、連絡が取れない登山者が2人いるらしい。崩落現場の様子を見れば見るほど本当に心配だ。
  ここは夏でも残雪の上を歩けるルートで、過去に私も何回か歩いたことがある。残雪をふみしめながら進むと本当に気持ちが良いところだ。
  山岳関係者によれば、現場付近は雨が午前中に激しく降ったものの、午後2時過ぎには小康状態になって、午後4時ごろには日差しが出ていたらしい。しかし、兎に角、山の天気とは変わりやすい。夏山でヒヤッとした経験は何度もある。(ある夏の、谷川岳の事を思い出すだけで身の毛がよだつほどだ・・・・)それにもまして最近の異常気象というか・・・心配なことが続く。


   レスリング界の最強姉妹が引退を表明。テレビで「マットで練習する姿を想像できない・・・・」という言葉を聞き、ど素人の私など多分、想像を遥かにこえる厳しい日々を送ってきたのだと思う・・・・・。

  レスリング女子63キロ級で、伊調馨が決勝でロシアのカルタショワを下して2連覇を達成。48キロ級で姉の千春も銀メダルを獲得したが、"姉妹で金メダルを!"を誓い合って乗り込んだ北京だったからこそ妹は姉の決勝で負けて、それまでの夢が散った。「自分が金を取っても意味がない」と眠れず、食事ものどを通らない。そんな時に姉は妹に「2人の4年の道のりは金以上の価値がある」と言う。そして「金メダルをとれ」と励ましたそうだ。
  しかし姉の引退表明の後、妹もまた進む道を決めていた。「1人で戦っても意味がない」と。たとえ姉が反対しても説得はされないと心に決めて、姉妹は北京でひとつの区切りをつけたのだ。

  姉の伊調千春さんが試合に負けた時に、ある人が「伊調!何てことだ!」と言ったあとに罵声にも似た言葉を吐いた。応援して、興奮していたからなのかもしれない。私はその言葉を思い出して、アスリートたちが、国民の大きな期待を全身で受け止め、今回の北京の"一瞬の勝負"にかけるまでの努力、忍耐、強靭な精神力で闘ってきた事に少しでも想像力があるのなら・・・・・と思った。例えば報道番組でさえ「金だ」「銀だ」とメダルを安直な物言いでいうけれど、20代という若さで引退するほどに心も体も想像を絶するほどの日々を闘ってきたのだから。少し、休息を。そして、またマットで練習したいと心から思える日が来るといいと思った。


 

ch10.生活 : 夕陽って・・・

夕陽.jpg

  今はまさにメール時代。そんな中で数は少ないけれど葉書の残暑見お舞い状をいただき、その中で多かったのは向日葵とか朝顔。そして国内外問わず何となく心安らぐのが夕陽の写真。朝陽もいいけれど、ぽーっと写真を見ていていいのは夕陽かな?。しかし陽が沈むって本当に一瞬の事。ワサワサしている日常ではなかなか意識しない一瞬。もっとサンライズ!サンセット!を意識したいなと思う。夕陽といえば先般、某所で湖畔を眺めていたらとても面白い夕陽に出会った!・・・・うまく撮れていないが、なんだかハンバーガーに似ていた。この面白さもまた一瞬の出来事でした!


  都内四館と大阪市内一館での公開が決まっていたにもかかわらず、右派や右翼が「反日映画」だと大騒ぎをして、圧力がかかり、突然の上映中止となったドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」を都内の某映画館で観た。
  朝一番というのに、ええっと驚くほど長蛇の列だ。朝とはいっても、蒸し暑い。汗をぬぐいながらなんでこんなにも多くの人が関心を持つ映画なのか・・・とちょっと溜息。館内も流石に混雑していた。結局、最前列でスクリーンをウワーンと見上げる姿勢となった。
  しかし実際は別段大騒ぎするほどの事もないなと思った。ほぼ2時間の上映。刀匠に敬意をもって描かれている。監督をはじめとして制作スタッフの大半は中国人であるということと、台湾の外省人反日活動家高金素梅さん(しかし美しい方だった・・・・)が制作に関わっているだろうことからいろいろな考え、つまり"反日"という思いがうまれるのかも知れないと思える。
  だが、靖国神社で崇拝されているのは墓碑や位牌ではなく、神社の聖所に飾られている一本の日本刀だということは、ほとんど知られていない・・・・・ということを私もこの映画で知ることとなった。つまりこのドキュメンタリーのテーマは日本刀であり、その日本刀をめぐる武士道の倫理や神道の哲学、戦争の理念とそれによる国民の精神への影響ということだ。
   映画の中で、刀匠の刈谷さんとのやりとりの中、監督の李さんが「休みの時はどんな音楽を聞いているのですか?」という問いに対して刈谷さんが「休みの時の音楽」を「靖国の音楽」と聞き間違いをして、昭和天皇の言葉を集めたテープを取り出したシーンがあるのだが、あれあれ・・・・と思いながらもなかなか面白かった。その中に昭和43年の明治百年記念式典でのお言葉があり、明治維新以来の先人たちからはじまる栄光の歴史こそが日本の歴史認識の問題を考えるときのポイントであるという李さんの考え方。歴史的資料映像を使うラスト10分に全てが凝縮されている映画である・・・と思えた。

ch01.政治 : 終戦記念日


   茹だるような暑さの中、蝉が夏を惜しむように勢いよくないている。地上に出できて、本当に僅かな命を燃やし続けるようにないている。じっとりとまたむっとするような暑さの中で、ふいてもふいても流れ落ちる汗。私にとっては本当に分からぬ"その日"の夏を想像する。

  今日は63回目の終戦記念日。どうもこの日は政治問題化した首相・閣僚の靖国神社公式参だけが目立ってしまうが、今日という日が一体どんな日であったのか、あの時の日本人の思いがどんなものであったのか、決して忘れてはならないのだ。しかし、確かに風化しつつある、そんな気がしてならない。自覚はされているのだろうか。考えてみれば、まだ63年という僅かな年月しか経過していないではないか・・・・・


  今日、ある記事を読んだ。戦後、抑留された日本人は中央アジアにも移送されて、異国の地で無念の死を遂げた人もいた。ソ連が崩壊した後、ある元抑留者は日本人の墓地の余りの荒廃ぶりに驚いて、当時の駐ウズベキスタン大使に墓地の整備を嘆願したという。その大使の弛まぬ努力の結果、整備が実現。その大使とは今回の福田改造内閣で拉致問題担当相に就任した中山恭子さんだ。時が経つと、人は目の前の事に追われ、いろいろな事柄を忘れてしまう。拉致問題も決して風化させてはならない大事件だ。


ch02.健康 : こわい!内臓の冷え


  相変わらず、毎日、うだるように蒸し暑い!クーラーのきいたひんやりした部屋でクラッシック音楽でも聴きながら、うたたね・・・・・・・とでもいきたいのだが、まるで逆の生活をしている。汗をかきかきハアハアワアワア~。蒸し暑い外回りからヒヤーッと寒い室内に入り、また蒸し暑い外へ出掛けるの繰り返し。そして大好きなアイスコーヒーの飲みすぎ。暮れなずむ頃「やっぱりコレだ」と生ビール。
  漢方では 身体の表面(皮膚・筋肉)を 「表」そして内側の内臓を「裏」と呼ぶらしい。そして裏寒(りかん)と呼ぶ病気が現代人には増えているようだ。つまり"内臓"の冷えということで、新陳代謝など低下してくるという。その「裏寒」の症状をいろいろ訊いたら何か全てがあてはまる気がした。「なーんだ、たかが内臓の冷えじゃないか」ということが、実は大変な事態、例えば心臓発作や脳卒中の引金になるという。だんだんこわくなってきた・・・・・
  体があつく火照り、汗が出て、喉が渇いて冷たい氷水が飲みたくなるなどは冷えていることが自覚できていない場合もあるというからだんだんヒヤッとしてきた。確かに内臓には温度感覚がない。内臓の事を考えない生活をしていたようだ。時折感じるカラダの不調はつまり"内臓の冷え" といえそうだ。
  「冷え」に対して気をつけることしては 冷たいもの例えばビールやジュースを避ける。なまものを避ける。運動をする。そして 精神の安定をはかるなど。つまり脱ストレスということか?
  冷静に自分の日々の生活を思い出してみる。結論!この夏もまた内臓を冷やしっぱなしであるということが分かった。まだまだ残暑が厳しい。少し内臓の事も考えて生活をしないとならない。

 

ch06.音楽 : 夏は枝豆がよく似合う

  夏は枝豆が良く似合う。「なんてったって枝豆」と枝豆王子の声が聞こえてきそうだ。
  今月末にウルグアイ大使館で8月25日の独立記念日を祝うパーティーを行う予定だ。ゲストに枝豆王子こと児島啓介さんにきていただくことにした。オリジナルを何曲かご披露いただくことにした。パーティーのお料理にはマダム石島に枝豆をふんだんに使った料理を作っていただく。ウルグアイ大使のマナ・マリア・エステベスさんには日本人にはあまり知られていないウルグアイの事をいろいろ紹介していだく。ほんの2時間ばかりのパーティーだが、面白い展開になりそうだ。
  

ch12.その他 : 再会!ありがとう!


  街中で"サザンだよ!30周年だよ!"というタイトルを見ていた・・・・・。気がついたらそんな時間が経過したのか・・・・と。そう30年もね。

  今年は「再会」の年!だと意識しているからなのか?自分にとっては長い年月ご無沙汰していた方と本当今年は再会する。昨日も本当にひょんなことから「再会」をした。昔々、そう20代の時に一時、一緒に仕事をしていた広告代理店に勤務していたSさんだった。何十年ぶりに連絡をして、そして電話口で妙に感動をして再会をした。夕刻にSさんのそのオフィスを訪ねた。私の頭の中のSさんのイメージは20代の時のままであった・・・・。そう、独立して事務所開きをしたあの夜の風景がしっかりと今も頭の中に残っていた。缶ビールで乾杯をしたなぁって。お互いに何十年も時間を経ている。


  「いやぁ・・・・吉田さん、変わってないですね」というのが彼の一声だった。「何を言っているんですかぁ!ハハハ」と笑いながら言い返していた。もう十分過ぎるほど、変わってしまっていることは分かっているしね。「何十年ぶりですかね?」と訊かれ、あらためて何十年もの時間が経過していることに気付く。
  Sさんのオフィスはあるターミナル駅近く。東口、西口と移動したという。そして今は南口の方にオフィスはあった。今では、ある媒体の専属の広告代理店をしているという彼にプランニング中の仕事の相談をするつもりであった・・・・・が、何故か昔話で盛り上がってしまう。あの独立したのは就職して5年目の頃。まだまだ若い時期だったと言う。しかし今もなお会社経営を続けているということは本当に素晴らしい。自分も会社というものを作って初めて分かることだ。
  頭の中にあったイメージは20代のSさん。目の前で話すSさんの髪も白いものが目立ったが、病気でなく?元気に再会できるということをしみじみと幸せに感じた。
  「しかし、最近では感性というか発想力というか・・・・ハハハ」と苦笑するSさんに同感。年齢を"記号"にしか思っていなかったが、やはり20代の時の発想は出来ないしあの溢れるようなパワーも失いつつある今をしっかりと意識している。特に、広告業界もまた激流だ。だからこそ、昔々の"成功体験"ばかり語っていては前には進めない。経過した時間の中で確実に手に入れたもので勝負するしかないのだ。もう、泣いても笑っても20代には戻れないし!
  Sさん、元気でよかった。再会できてよかった!ありがとう!これからもよろしく!


  北京五輪で競泳男子百メートル平泳ぎの決勝で北島康介がなんと58秒91の世界新記録で優勝した。日本選手の金メダル獲得は、柔道で男子66キロ級の内柴正人に続いて2個目となるが、本当に嬉しい。北島の実力は勿論だがあの自信と礼儀正しさは実に見ていても気持ちが良い。25歳。タフな肉体と精神力、そして若さを兼ね備え、現役真っ只中で、こんなことを想像するのも変だが、彼なら多くの後輩の信望・信頼を集めてよき指導者になる素質十分という貫禄さえ感じる。ああ!本当に素晴らしい!

ch11.経済 : 今、中南米が熱い!

  仕事とは本当にひょんなことの繰り返しで、実に面白い。予想もしないことが起こるものだ。
今、ラテンアメリカの件でいろいろプロジェクトを組んで仕事を始めているのだが、実に自分の勉強不足と偏見(これまた私の勉強不足によるもの)というものに気付かされる。しかし、先ず「進んでみる!」「始めてみる!」ということが必要だとつくづく思う。
  こんな気持ちでいると、また面白い本に出会うものだ。『中南米が日本を追い抜く日』(朝日新書)という本を読んだ。これは三菱商事の中南米駐在の社員が中南米への関心を高めるべく2005年2月から配信している「ノティシア・ラティナ」というメールによるレポートがある。三菱商事は中南米12カ国に拠点を置いて情報を発信しているわけで、そんな実像がひしっと伝わってくる。これまでは本当に縁遠い存在だった中南米の熱い情報、それもライブなものがつまっている。
  たまたま8月25日は南米ウルグアイの独立記念日で、第1回のパーティーを大使館のラテンアメリカサロンで実施する予定だった。何か、この夏は暑く、そして熱い!

   

  私は外出先で気がつくと女性の持っているバッグとマニキュア(ペディキュア)をしている人はそのカラー・光沢などが気になる。バッグで言えば、例えばLESPОRTSACいわゆる"レスポ"を見ない日はまずない。それに、今のように夏休み真っ盛りともなるとちょっとした旅行バッグにも多くの人々がこのレスポを持っている。「わっ!新柄か!」と思うものも多く結構見ているだけでとっても愉しい。
  実に女性のバッグは多彩だ。こっそり道行く人の写真を撮りたい衝動に駆られる。しかしそんな事をしていたら「何ですかっ!」って言われそうだ。
  センスがいいとか、ブランドものにお金をかけているというより、バッグは最後の「キメ」があるような感じがする。だから、あまりに多いブランドものの方はのぞいて・・・・・

  実に、巷には海外ブランド物のバッグが溢れている状態だ。そんな中で日本の職人技で味わいのあるメイドインジャパンは珍しい。
  今日は昼過ぎから原宿で、頑なに徹底的に日本の技に拘るバッグをつくる秀麗の社長の森長順一さんと話していた。森長さんのブランドは「BLUET」といって、結構、外国製品と間違う人も多いのだが実は正真正銘の日本製。テレビドラマで人気女優さんが持っていたり新車のテレビCМで助手席にあったりするバッグで、問い合わせがますます多くなっているという。
  何とも微妙なカラーは自社で革を染色するからこそでる「色」だ。デザインも森永さん自身が手がけている。簪職人だったという父親の影響もあり、森長さんの作り出す商品というか作品は日本の伝統工芸の気品が見事に反映されている。
  「買い手が納得できる最高のものしか作らない」と森長さんは言う。それだけにディスプレイされている商品ひとつひとつには森長さんの魂が入っているという感じだ。商品は完全なオーダーメイド。
  ディスプレイされている商品まの中に、最近、気になっている「グリーン」というか「緑」というかなんともいえないほど素適なバッグに出会った。仕事忘れて即オーダーをしてしまった。その「色」をようやく出したという職人さんが本当に喜びますよと森長さんは笑っていた。秋にはその作品が完成の予定だ。この暑さもおさまり、秋の気配がする頃に私の手元にそのバッグが届く。
  「BLUET」とはフランス語で矢車草の意味。花言葉が素晴らしい!「心の高鳴り。新しい感動と幸福」。さすがに私の心は高鳴っている・・・・・。

ch10.生活 : 森林資源


   空気や水ではないが、あって当たり前と思っている怖さ。原油高騰についてどう思っているのだろう。今、「木質ペレット」の生産が急増しているという。あまり聞きなれないものだが、これは製材で発生する木くずや間伐材を粉砕して固めストーブやボイラーで燃やすためのもの。確かに、木材の価格は低迷している。日本の林業が衰退する中、例えば東京都奥多摩地域の青梅市のある工場では、製材所から集めたスギやヒノキの端材やおがくずを固めて、直径7ミリ程度のペレットを年間150トンも生産しているという。
  林野庁の推定では1リットル100円の灯油と同じエネルギーを得る場合、木質ペレットの値段が1キロ46円未満であればペレットの方が有利とか。これから灯油の値上がりは避けられないだろう。そうであれば需要は伸びるだろう・・・と思われる。原油に頼りきってきた我々の生活だが、もっと森林資源の有効利用を本気で考えなくてはならない時期にきている。温暖化対策のためにコツコツと仕組み作りからしないと。

ch10.生活 : 弱肉強食

くも.jpg立秋です。残暑お見舞い申し上げます・・・・である。しかし、暑い! 先般、某所で凄いものを見た。目玉が飛び出るくらい?大きな蜘蛛。おしりは派手なストライプ模様。実に大きくてビックリ。自分と同じくらい大きな虫を抱えていた。「ああ・・・お気の毒」と言うほど、すっごい光景であったので慌ててケータイにおさめた。「暑い暑い」と汗だくでいたが余りの凄い光景に汗がひいた・・・・・・    キャー最低!といわれそうだが、何とも、自然界の弱肉強食の世界をまじまじと見てしまった。しかしこの蜘蛛は何と言う名前なのだろうか?

  
  昨日は最近の「常識」感覚についていろいろ考えたのだが、あいたくちが塞がらない!経験をしている方は私だけではないようで・・・・・。
  あるグループの主宰者の一斉同報メール。その方の怒りが頂点に達しているようだった。
(K様、メールの一部、つかわせていただきます。)

『・・・・・・・経過を当方に連絡しなかった方はその理由を至急お知らせください。申し上げたいことがあります。「経過をお知らせください」と毎回書いているのは伊達や酔狂ではありません。どうでもいいこと,と思っている人には、こちらもいい加減に対応します。経過を連絡してくださった方は、たったひとりです。どうなってんの。』


 「どうなってんの」の最後の言葉。もう、怒り爆発!他に言葉が見当たらないのだろう。心の中では「いい加減にしろ」だろあが、いろいろ相手方もある話ではブチきれて終わりというわけにはいかない。且つ、呆れかえる主宰者の"伊達や酔狂ではありません"という言葉の意味にも「??」「何?」という人々が多いのではないかって思った。
  本当に最近はいろいろなシーンでなんというか怒りのマークが飛び散る。冷静さを装っても、先方が「は?」という感じでは、怒りマークのこちらが狂っているのではないか?と思うほどだ。冷静に見ると恰も痴話喧嘩のようなノリ?になることもある。そのノリに「申し訳ない」と詫びることさえある。
  しかし、まさに最近は"どうなってんの"である。
 


   気がついたら人生の大半を仕事をしている。まあ世間でいう大きな組織から独立してあらためて気がついたことがある。それは「常識」というもの。これって見る人の目線でどーにでもなるということ。
  「普通~ではないですか?」とか「一般的な常識では・・・・」などというものが全く通じない世界や人々の中で生きていんなくてはならないことが多々ある。変だ、これまで何故、気がつかなかったのだろうか?
  常識というのは相対的に存在する事象の事。しかしこれまで見聞きしてきた経験や学習でどーにでもなるのだ。とというのに「常識ではっ!」と目くじらたてていては身がもたない。へとへとになってしまう。
  唖然とする前に・・・・一呼吸して、まず相手の立場で物事を考えてみる。要は役者になりきって相手、自分のポジションを見てみる。まあ、そんなトレーニングというものも役に立つことが分かってきた。
  世の中には自分も含め、本当に様々な人がいるということだ。ぼやかない、ぼやかない・・・・・要は心に余裕を持って何事も完璧でなくてもいい。ああ!腹八分目で"えーじゃないかって思うようになってきた。



   この何ともいえない苦しみ、悲しみ、無念さ。決して忘れてはいけない。


  ニュースで松本サリン事件の第一通報者の河野義行さん奥様・澄子さんが5日に長野県松本市内の病院で亡くなったということを知った。60歳だった。サリン中毒による低酸素脳症が原因の呼吸不全だという。あの実に忌わしい松本サリン事件から14年になるのを前に本当に心が本当に痛い。
  以前、テレビで河野さんと散歩するお元気そうな澄子さんの姿をみたことがある。平成6年6月のことだ。自宅で、オウム真理教が散布した有機リン系の毒ガスのサリンを吸って意識不明の重体となった澄子さん。
  覚えているだろうか?オウムという集団が明るみに出る前、善良な市民である河野さん自身にあの黒い疑いがかかったことを。あの辛い闘いの日々を・・・・。
しかし河野さんは『命あるかぎり  松本サリン事件を超えて』(出版:第三文明社)の本文で「私は、麻原被告も、オウム真理教の実行犯の人たちも、恨んでいない。恨むなどという無駄なエネルギーをつかって、限りある自分の人生を無意味にしたくないのである」と語る。その言葉こそ、命が削られるほど、エネルギーがなくなるほどの辛い時間を過ごされた重みを感じるのだ。

  河野澄子さん どうぞ安らかに・・・・こころからご冥福を祈ります。


◆東京の「新文芸坐」という映画館で8月9日から『映画を通して社会を見る』というテーマで映画が上映される。このサリン事件を取り上げた『日本の黒い夏 冤罪』が8月13日(水)に上映される予定だ。丁度、お盆休みで帰省ラッシュの時期だと思うが時間のある方は是非見てほしい作品だ。

新文芸坐

スポーツ : 若さ!応援!


  新宿に酒場でもない、居酒屋でもないスナックでもない、バーでもない、と言ってクラブでもない。なんと表現してよいかわからないのだが「デラシネ」という本当に素適なお店があり、そこにはまた上田史枝さんという知的で素適なママがいる。そのママから夏季休暇とともに姪っ子さんのお知らせがきたーっ!追伸ではあったがこの内容がまた凄い!
  『姪の上田藍の北京トライアイスロン競技日は8月18日(月)で、放送はNHKBS1とHIで18日午後4時~6時50分予定です』とある。セーリングの鎌田奈緒子さんにしても上田ママの姪っ子さんにしても何て凄い活躍なのでしょう!私も目が疲れた、肩が凝るだ、足が痛いだなんてばかり言っていないで、精一杯!応援します!



   8月2日午後4時55分に漫画家の赤塚不二夫さんが肺炎のために亡くなったというニュースを見た。享年72歳。ああ!まだ若い。なんか、心にぽっかりと穴があいた。「おそ松くん」はすべてそろえたほど好きだった。そして「ひみつのアッコちゃん」。続いて「天才バカボン」や「もーれつア太郎」のヒット作を続々とこの世に出した。ニャロメやウナギイヌ、そして「おでかけですかぁ?」とどこ見ているのか分からないレレレのおじさん。いやみのシェーやダヨーンのおじさん。
  いつも明るさ100%の漫画を描き続けた。平成9年に食道がん、そして急性硬膜下血腫や脳内出血で緊急手術を受けていたから何となく病気とも明るく付き合えるのかと思ったほど。今は赤塚ギャグが楽しかった分いろいろ思い出されて、なんか哀しい。・・・・・「これでいいのだ」とバカボンのパパの声が聞こえた。まだまだ若い天才漫画家が去ってしまった。

 


 
   昨夜は仲間たちと隅田川のナイトクルージングを楽しんだ。最初は「15人くらいでゆったりクルージングをしよう!」ということだったのだが、あれよあれよと言う間になんと50人近くになってしまったのだ!定員まで余裕があれば断ることもない・・・・。
  両国から出発してレインボーブリッジをまわりまた両国に戻ってくるというコースだ。当初、予想していたように、ゆったり~のんびり~であれば本当に充実した時間だったのでしょうが・・・・。船内は飲み放題。カラオケで自慢?ののどを披露している人もいればダンス・踊り?をしている人もいるし、もう大騒ぎ。「みなさーん」と司会だなんだかんだとしているうちに2時間はあっと言う間に過ぎた。履きなれた靴なのに、足になんとマメが出来ていた・・・・不思議。船内で動き回ったからか?しかし幹事とはこういうものだとつくづく思い、デッキでふわーっと夜風に吹かれ、なんともごった煮感というか躍動感というか独特のエネルギイを感じていた。やはり2008年8月1日の午後7時13分の「新月」のエネルギイなのかも知れない。心に想った願いよ、宇宙に届け!
  私はまた元気になった。

ch12.その他 : 新月


    昨夜も、生ビールを飲みながらではあったが仕事仲間といろいろな企画についてあれこれ話しあっていた。「アルコール、保険、新聞・・・若者が著しく離れていっているんだ。何かいいアイデアはないか」と一人が言う。音楽を聴いているのかわからないが、常に耳を塞いでいる、ゲームに夢中になっている、メールなんだかよく分からないが、常にケータイをいじくっている、そんな姿しか思い浮かばない。「見て欲しい」と思う映画の映画館にそんな若者の姿はない。訊けば、アルコールからも離れているという。酒飲んで社会や政治について語る・・・・なんて若者は要はいないのだ。今はそんな社会なのだ。じゃあ、なんで働くのか?と基本のきみたいな質問を投げかけたい。
   先日に発表された労働経済白書。経験したもの、経験中のものはずしんとわかるが、あの成果主義的な賃金制度、そしてパートなどの実態。効率と利益のみ追求する企業の中で生身の人間はモチベーションについて考える間もなく時間が過ぎ去っていく。こんな社会体質の中でこれからの日本をになう若者の考えが左右していく。「何故、人は働くのか?」なんて質問を投げかけたら「何言ってるんすか?」なんて返答されそうだ。
  今日は新月。午後7時13分。太陽の光が地球を遮り一時的に月が姿を消す。つまり「現在」と「未来」を隔てる結界が消えるという時にこ宇宙に「願い」を届けよう。生き生きとした社会が甦るように。エネルギイ溢れる優しい人々が多くなるように。


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プロフィール

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吉田いち子
東京麹町生まれ。日本女子大学卒業後、サンケイリビング新聞社に勤務。2004年3月独立。
その後フリーランスで単行本取材・執筆。主婦、母親、会社員の慌しい?人生経験を生かした取材が得意テーマ。強みは「人脈」。名刺交換だけでなくまさに「魂」の交換?を理想にした密度の濃い人脈作りを目指している。2005年10月に首都圏在住の40歳以上のミドル層をターゲットとした生活情報誌『ありか』を創刊。2007年5月に、これまでに培ったノウハウを生かし編集企画・出版プロデュースをメーンとする株式会社『吉田事務所』を設立した。2011年春から豊島区の地域紙『豊島の選択』の取材・編集。

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