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8月, 2015 | ichikoTV - Part 2 ichikoTV

2015 年 8 月 のアーカイブ

やめてぇ~と言いながら

2015 年 8 月 21 日 金曜日

電子メールとは実に便利なもので、慣れてしまった今はその便利さが当たり前になっている。しかし、仕事というか、活動の仲間の方々がパソコンを使わないという高齢者の場合は、連絡は殆どが電話そして手紙のやりとりということになる。ファックスは大体、「壊れている」「インクがない」「紙がつまっている」という理由で用をなさないのが実状である。

「としまの記憶」をつなぐ会での業務を続けていると、こうした事に日々ぶち当たっているので、この状況に慣れてしまっているのだが・・・・

別に現在、5件ほどのプロジェクトの仕事をしていて、これで「メーリングリスト」に登録される。その結果、どうなっていくか?というのは経験された方は分かると思うが、本当に冷静になって処理していかないと大変な状態となる。もう「やめてぇ~」と叫びたくなるのた。

加齢した脳は10代とは異なり、一気にアタマに入って整理整頓出来ない。その為、自分にとって分かりやすく表にまとめたり、スケジュール管理表をつくったりと、まるで「勉強」「勉強」となるのだ。

几帳面に且つ冷静に「捨てる情報」「保存する情報」をきちんと判別することが先ずはポイントなのだが・・・。

困ったことに、面白いことが見えてきて。また好奇心に火がつく。実は、その人の「個性」「考え癖」「やり方?」というものが見えてきて、また、これが面白くなっていくので、自分の困った癖が出てきたなぁ!ということになる。なまじ、文章心理学や、記号学などかじったことがあるとこの癖はなおりそうもない。

 

夏の夜の・・・落語会

2015 年 8 月 20 日 木曜日

今宵は南大塚ホールにて「落語会」。一龍斉貞友さんのラフカディォハーンの「鈴の音」、そして春風亭正朝は圓朝の代表作「真景累ヶ淵 豊志賀の死」。なんでも、当初、貞友さんのだしものは四谷怪談であったが、これと「真景累ヶ淵」の組み合わせは・・・良くないらしいです。

いやあ・・・舞台の演出も含め、ひんやり。

残暑も忘れの夜でした。

 

愛すべきキャラクター アンクルトリス

2015 年 8 月 19 日 水曜日

なじみぶかいサントリーのCMキャラクター「アンクルトリス」。イラストレーターの柳原良平さんが8月17日に亡くなった。享年 84歳。あの二等親半の真摯アンクルトリス。船好きとしても有名であった。  どうぞ安らかに。

ひたすら・・・

2015 年 8 月 18 日 火曜日

いろいろなことが雪崩の如く押し寄せる。

つべこべ言う間もなく、こなしていく。

身じろぎもせず・・・ではないがそれによくにたかたちでとにかくこなしていく。

目の奥が疲労。

パソコンうつ手がそろそろ悲鳴・・・

しかし、こういう日がないと「事務的」な事が進まぬ。

まあ、めどがたったら、琥珀の海で泳ぐか・・・

そんなことを愉しみにひたすら!

許されぬ暴走車

2015 年 8 月 17 日 月曜日

昨日、8月16日、お盆休み最後の夜を楽しむ繁華街・池袋に猛スピードの乗用車が突っ込んだ。現場近くの横断歩道を渡っていた会社員の「猛スピードで横切った」というコメントをニュースで聞いた時、あの場所で?・・・とその場にいない自分も恐怖感でいっぱいになった。家電量販店のひしめく池袋東口駅前。事故現場の衣料品販売店「ZARA」の前は本当によく歩いているところだ。

以前、脱法ハーブで事故を起こした西口での事故も銀行前で起こった。実は、ここもよく歩いている場所である。ニュースでながれる悲惨な現場。誰が暴走車が歩道に乗り上げてくるなど想像できようか?しかし、亡くなった方は本当に御気の毒である。言葉が見つからないほどにやるせない。その事故を起こした人間へ、強い怒りを覚える。

友人がある時、「私ね、プラットフォームでは決して前列に立たないようにしているの」と言っていたことがある。彼女がいうには、もの凄い「恐怖」をホームで感じるということだ。別段、この神経は正常であると思う。

先般も某駅でスマホを見ながら駆け込んで、ホームで女性と激しくぶつかり、その衝撃でそのスマホを見ていた人物は線路に飛んで電車に轢かれるという事故があった。もし、ぶつかられた女性が線路に飛んでも悲劇でしかない。

愉しく快適な街にはいつも危険が潜んでいるのかも知れない。自分はしっかりと横断歩道や白線の内側を歩いていても・・・と思うと、言い知れぬ恐怖を感じる。

 

 

 

 

「朗読劇 この子たちの夏」

2015 年 8 月 15 日 土曜日

戦後70年。豊島区は平和事業として、「朗読劇 この子たちの夏」が豊島公会堂で開催した。原子爆弾の唯一の被爆国である日本で、その経験を、「記録」でなく「記憶」に留めたいという思いから、遺稿や手記、詩歌などの膨大な資料をもとに、木村光一さんの構成、演出によるもの。テーマは「母と子」とした朗読劇であった。旺なつき、かとうかず子、島田歌穂、高橋紀恵、根岸季衣、原日出子などが熱い表現を見せてくれた。

日本人として決して忘れず「記憶」しておきたい。

難曲・・・難局?

2015 年 8 月 14 日 金曜日

気が付けば8月も半ば・・・神楽坂女声合唱団のコーラスレッスンも暫くの間、空いてしまった、久しぶりのレッスン会場。久しぶりの楽譜。久しぶりの発声練習・・・今流にいうと・・・ヤバい・・・嗚呼!人とはどうしていともカンタンに忘れていくのだろうかと。音符が目の前でくらりくらり。本当にまずいことになったと思い、いつもの100倍?は集中してレッスン。12月のチャリティーディナーショーまで4ヶ月か?難曲揃いであるから気持ちの焦りはハンパなく。しかし、本来、楽しく歌う事が大切なのだと冷静になってみよう。来月、再来月にいよいよ集中レッスンが入る。頑張って臨むことであるね!

逃げ込む!

2015 年 8 月 13 日 木曜日

まとめなくてはならない事が山盛りである時に、何故?業務とは関係のない本を読みたくなるのだろう?もう数冊が目の前にある。タイトルみても全く業務とは関係がない。不思議でしようがない。

追い込まれて、追い込まれて業務をこなすタイプである。しかし、性格は超せっかちで計画をわりと緻密に立てていかないと落ち着かない反面、この追い込まれ状況に異常に白熱する自分は不思議でもある。

しかしどうも忙殺されると関係ないジャンルの読書、映画、酒に逃げ込むタイプであることは確か!である。

戦後70年に因んだ企画展 紹介

2015 年 8 月 12 日 水曜日

戦後70年に因んで夏の企画展をご紹介。

 

しょうけい館  平成27年 夏の企画展「戦傷病とは? ~第1部 戦傷~」

「戦傷病」とは「軍人、軍属、準軍属の公務上の傷病」のことですが、戦後70年を  迎え、戦傷病者とその家族が高齢化する中、若い世代では「戦傷病」を具体的にイ  メージするのが難しくなりつつあります。  今回の企画展では、第1部として「戦傷」について紹介します。

(「戦病」については、第2部として来春の企画展で紹介する予定です)

「戦傷」には、多様な原因があり、その傷名も様々です。  銃砲による「銃創」や「破片創」などの『射創』、爆弾や地雷などの爆発による  「爆創」や「爆風創」などの『爆傷』、『熱傷』、銃剣などによる『刀創』など多  岐にわたります。  また、受傷した部位によって現出する症状も多様です。他にも、合併症、外傷に起  因するショック、精神障害、後遺障害などもあり、これらが複雑に関連しているの  が、「戦傷」の特徴でもあります。  現在の外科ではほとんど見ることができない症例も含めた「戦傷」を、貴重な資料  と写真で分かりやすく解説し、戦傷病者とその家族の労苦を伝えます。

 

会    期: 平成27年 9月27日(日)まで

会    場: しょうけい館1階

入 場 料: 無料

休 館 日: 毎週月曜(祝日は開館)、9月24日(木)

開館時間: 10:00~17:30(入館は17:00まで)

関連イベント:

【学芸員による展示解説】 毎月1,3,5週の土曜日14:00より約30分程度 申込不要

◎ チラシはこちら http://www.shokeikan.go.jp/pdf/2015summer01.pdf

◎ しょうけい館 ホームページ http://www.shokeikan.go.jp/

 

 昭和館: 戦後70年「昭和20年という年 ~空襲、終戦、そして復興へ~」

昭和20年(1945)初頭  より、日本各地では本格化した空襲により被害は拡大し、4月に米軍の沖縄本島上  陸、8月6日には広島・9日には長崎に原子爆弾が投下されました。そして8月15日の 「玉音放送」により、国民は戦争が終わったことをはじめて知らされました。終戦  直後の国内は混乱を極め、人びとは戦時中とは異なる労苦を体験しながら、復興へ  の第一歩を踏み出していきます。本展では激動の昭和20年を以下の3つの時期に分 け、国内の様子を実物資料の展示を中心に紹介します。

I「空襲にさらされる日本(1月~8月)」

昭和20年(1945)、前年からはじまった本土への空襲の規模がさらに拡大し、  東京をはじめとする大都市だけでなく、地方の都市までもが空襲により甚大な 被害を受けるようになっていた。4月には沖縄に米軍が上陸し、8月になると広 島・長崎に人類史上初の原子爆弾が投下された。

II「終戦 8月15日」

広島、長崎に原子爆弾が投下されたのち、日本はポツダム宣言の受諾を決定した。そして昭和20年(1945)8月15日、日本国民にとって忘れることのできない日がやってきた。

III「混乱の中からの出発(9月~12月)」

終戦を迎え、日本はGHQ(連合国総司令部)の統治を受けながら、新たな第一歩を踏み出した。しかし、戦争がもたらす影響は大きく、家を失い食糧や生活 物資が不足するなか、人びとの困難な生活が続いていた。

 

会期: 平成27年8月30日(日)まで

会場: 昭和館3階 特別企画展会場

展示解説】期日: 平成27年8月9日(日)・23日(日) 14:00~(約45分)

会場: 昭和館3階 特別企画展会場

詳細はこちら: http://www.showakan.go.jp/tokubetsu/index.php

◎ 昭和館 ホームページ http://www.showakan.go.jp/

 

 昭和館: 戦後70年 写真展 第2期 昭和20年8~9月「それぞれの終戦」

 

平成27年は終戦から70年の節目の年になります。70年前の昭和20年は戦中・戦後の 両方を経験した年ですが、その経験を知る人も少なくなってきました。 今回の写真展「昭和20年~それぞれの終戦~」では、その年の8月と9月、終戦前後の日本国内の様子を見てとれる写真を紹介します。

戦争末期の連日の激しい空襲、広島・長崎には原爆が投下されました。8月15日の天皇陛下の玉音放送により終戦を迎え、人々は戦後の一歩を踏み出すことになりました。各地に進駐軍が駐留する中で戦後の復興がはじまりました。これらを撮影した写真の中には、戦後しばらくの間公開されず、目にすることがで きなかったものもあります。本写真展ではそうした貴重な写真も併せて紹介してい ます。

会期: 平成27年 10月4日(日)まで

会場: 昭和館2階ひろば

入場料: 無料

詳細はこちら: http://www.showakan.go.jp/events/photo/index.html

◎ 昭和館 ホームページ http://www.showakan.go.jp/

 

木槿

2015 年 8 月 11 日 火曜日

このところ、35度だ36度だと、すっかり「猛暑日」という言葉にも慣れてしまった。庭の木々たちに、いくら水やりをしても足りないほどに土が乾いていく。植物たちにとっては苛刻。あああ!今年・・・木槿が咲かないなと思っていた朝、一輪の木槿が!夏の感動である。