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2016年9月17日 | ichikoTV ichikoTV

2016 年 9 月 17 日 のアーカイブ

人は生身である!

2016 年 9 月 17 日 土曜日

時折、ライティングのお仕事をお願いしているライターのKさん。

昨夜、遅くに戻って彼女からのメールを見て、もう腰が抜けるほどに驚いた。

なんでも6月はじめにクモ膜下出血で倒れ、一か月ほど入院していたという。今はリハビリもこなして、仕事復帰しているというものだった。今、詰めている案件がととのったら、彼女に連絡しようと思っていたところであっので、パソコンの前で血の気がひいたのだ。

メールで返信・・・という気持ちはぶっ飛んで、朝、電話をかけた。

コールしている最中も「どうなの?どうなの?」と気が気ではない。

「はい!ご無沙汰しています」と彼女の声は変わらない。なんか・・・安堵。しかし、まだ病み上がりの人にあれこれ聞くのも申し訳ないと思いながらも、あれこれ聞いてしまった。

6月のある日。お昼を食べたところ、なんか気分が悪くなったらしい。「牛乳がふるかった?」と単なる食中毒か?思いながらも、やはりおかしい・・・異常な感覚だった。

「これはまずい」と判断した彼女は自分で救急車を呼んだそうだ。保険証とお薬手帳も持っていたという。救急の人に「牛乳が古かったのかも知れません」と言っているうちにもう記憶がなくなったそうである。

気が付いたのは手術が無事成功した翌日。

日ごろから頭痛も感じた事がなく、肩こりもない。そして血圧の正常だったという彼女は「自分でも本当にびっくりなんです!」と言う。

いつも頭痛と肩こりに悩まされ、時々どーでもいい細かいことが気になって眠れなくなり、血圧が時々おかしくなる自分は「危ないな・・・」と思った。

とにかくストレスがいけないらしい。

「もうケセラセラでね」と言った後に「あと、たばこはやめることよ!」ときつく言った。

ヘビースモーカーの彼女も「やめました!」ときっぱり。

「百害あって一利なしよ~」とまたおせっかいなことばかり付け加えてしまった。

人は本当に生身である。

健康があってからこそ、仕事だ!恋だ!酒がうまい!というわけである!

 

 

20代

2016 年 9 月 17 日 土曜日

思えば昔~昔~

一人の意地っ張り女がいました(^^♪

 

大学卒業後の進路で、大学院にいく友人も多かったが、私は兎に角、社会という海に飛び込みたかった。

目の前にうかぶその海はキラキラと輝いていた。どんな波が押し寄せてもどこまでも泳いでいける自信があった。

今、考えると、あまりにも未熟で一言「バカ者」といってやりたいほどの自信があった。

実は「編集」は絶対にやりたくない分野だった。

「しゃべりたい!」という単純なものしかなかった。

それは、今、思えば、世間知らずとはいうものの、あまりにも知らなすぎるバカ者である。

「しゃべり」の世界に入れなかったバカ者はバカなりに、新聞社に入るが、余りにも想像とはかけ離れた「現実」という海に放り出される。

あっぷあっぷするしかない。

自信に満ちて書いた原稿はいきなり「ボツだ!」と。

編集長はなんと床にぶんなげる。

そんな時代だった。

宙をまって床にたたきつけられた原稿用紙を一枚一枚拾い集め乍ら、悔しさでいっぱいになった。

なぜか?階段の踊り場で投げられた原稿用紙をもってがたがたと震えるカラダが一体何なのか?これは果して自分なのか?とたたずんでいた。

自分の目の前にうかぶキラキラした海などあっというまに嵐の海となる。

悔しさで考えがまとまらない日々の中、ただただ意地っ張りの自分はあけてもくれても30行ほどの原稿を気も狂わんばかりに書き続けた。来る日も来る日も。「早く署名記事を書きたい!」その野望で体中は燃えたぎるばかりの日々だった。

ある時、編集長が一言「うまくなったな」と言った。言葉はそれだけ、あっけないほどサラリと。

その瞬間、いやらしいドロドロとした野望のようなものは静かに消えていった。来る日も来る日も空っぽの自信と意地っ張り女が書き続けた30行ほどの原稿の日々は自分のことがよく見えていなかった20代の姿をかえた。いわば、修行だったのだと思う。分をわきまえない、空っぽの自信などあっと言う間にはげてしまうのだ。

本当の自信とは?

日々、ただただ地道に愚直に研鑽をすることだ。

それしかないことが、ようやくわかってきた。

トシとったなぁ~(^^♪

これからもよいトシをとっていこう!