インフルエンザが大流行のようです。ワクチン接種したにもかかわらずインフルエンザA型にかかったので何とも言えずですが・・・
今回、聞くところによるとどうもとくに子どもさんが目立っていますね。知人から1歳児のお子さんの事を聞いたらその辛さの様子が大変でした。
一方、罹患していない人・・・いろいろ聞いたところどうも「加湿」を心がけているようです。
勿論、睡眠、栄養、休息は大切ですが、どうもこの「加湿」がキーワードのようです。
インフルエンザが大流行のようです。ワクチン接種したにもかかわらずインフルエンザA型にかかったので何とも言えずですが・・・
今回、聞くところによるとどうもとくに子どもさんが目立っていますね。知人から1歳児のお子さんの事を聞いたらその辛さの様子が大変でした。
一方、罹患していない人・・・いろいろ聞いたところどうも「加湿」を心がけているようです。
勿論、睡眠、栄養、休息は大切ですが、どうもこの「加湿」がキーワードのようです。
伊勢会の第29回新年会の日であった。明治神宮に参拝。お神楽殿で清めのお祓いのあと、祝詞奏上。そして巫女さんたとの麗しき倭舞。天気にも恵まれ、佳き2019年の幕開けである。
朝からフジサンケイ広告大賞の一般審査に出席した。ラジオ、テレビ、新聞、雑誌と活字や電波などのまさにメディアミックスの中で何を読み取るか?限られた時間内の勝負である。ここでも冷静さが要求されるのだ。ある意味「キャー!好き!」という反応とともに冷静な分析力か?
大学卒業してからメディアの世界の長くいたのでどうしてもある観方が抜けない。日々広告の世界を見ていたからだ。好き嫌いの世界でなく驚くほどの経済効果があった、そんな時代があった。
久しぶりにラジオ広告を聞きながら、中学生の時に読んだマクルハーンのマーケティング理論のあのハッとして感覚が蘇った。10代全般のあの生意気な自分を貫いた理論だった。鮮やかだった。
日々、情報の氾濫の中で、ただただ浮草のように漂い、別段被害もなければフェイクニュースにも鈍感になっている現代人。指摘すれば開き直り「何か?」とまで言う。いや言わない、言えないほどに情報たるものが何なのかも分かっていない・・・のではないかと。
某建設会社のあるラジオ広告を聞きながら、涙が滲んだ。長い歴史の中で人々の声、呻き、呟き、溜息、歓喜がきこえるようで、長編映画を見ているような数秒間であった。
大賞の結果は4月ごろの予定だ聞いた。まあその結果がそのものが「現代」なのであろう。
人々が生きている限り広告は消えないな・・・そう思った。生活の中の広告というより広告のある生活なんだなぁと。
気が付けば2月ではないか・・・・
毎年言っているが、2月は「逃げ月」というほど早くにスイスイ逃げていくのだ。
あれっていつだっけ?なんてボーッとしているとあっという間に半年が経っている。今年こそ!と思っていても、中高年の悲哀というか、実に時間が経つのが早いのだ。
芽吹いた、風がかわった・・・自然の変化にもっと敏感になって、いちいち感動することにしようと思った。子ども時代の「わっ!なんでだろう」という疑問も素朴に持ちたいと思った。
何れにしても4月1日には新元号が分かる。その時だ!多分人々の心の中で「平成時代」というのが一つ「歴史」の一つになってしまう瞬間である。
昭和に生まれ、平成を越して、そして新しい元号に。スゴイ時代をいきているものだと思う。
本日は豊島区の新年の名刺交換会。少し早めに会場となる「ホテルメトロポリタン」に入ったが、出席者がなんとぞくぞくと2000人を超え、会場に入れない人々もいたという。アート・文化というキーワードで2019年は豊島区の勢いが止まらない!
終了して、数人で喫茶へ。JR東日本のペンギンをかたどったケーキなど注文してしまう!南極から東京にきたアデリーペンギンちゃん。珈琲を飲みながらなんか和む・・・・
北海道の雪が想像を超えたのだろうか?1月5日の雪で欠航が相次いだ影響で、新千歳空港ではなんと6日も空港で一夜を明かした人々が2000人を超えたらしい。降り始めた時間とその雪の量が問題とか。
ふと昔、青森からの帰り、空港の雪が酷く、どうなるものか・・・と思っていたが飛ぶことになった。しかし、飛行機の中で乱気流というのだろうか?これまでに経験もしたことがないとんでもない飛行状態に死ぬ思いをしたことがあった。
天候とは人の想像を超える。それを考えて行動することもこれからはますます必要となるのだろうな。
今年は12月22日が「冬至」である。人間に脱皮する時があるのであれば、この時である。「冬至」は「陰極まって陽兆す時」。つまりこれ以上夜が長くなることはない時。太陽の勢いが強くなりはじめるというタイミングの事である。この時に脱皮しないと大変なことになる・・・と。
大きく、深く息を吸い込んで新しい年を迎えるのが良いそうだ。しかし、こういう時期は過去にしがみつくいわば幽霊のようなものに人は縛られる。つまり、過去のことや未練といったもの。未来が見えてくると、日が昇る前にあがくらしい。こんな話を聞くと何故か、ドラキュラを思い出した(笑)
いよいよ冬至が過ぎれば1月が来る。1月は「丑」月。つまり時刻でいえば、「丑の刻」のこと。「丑三つ時に幽霊が出る」というようにその未練といった幽霊を捨てて、一歩踏み出さないとならない時期。
そして、2月3日の節分には「鬼は外、福はうち」と言って豆をまく。2月4日はいよいよ「立春」となり脱皮した人は新しい一歩を踏み出すわけ。
先般、新駅が「高輪ゲートウェイ」に決定してからというもの、賛否両論いろいろ飛びかっている。「高輪でいいじゃないか」という人も多い。これまでの駅名の文字数から考えれば「高輪」もいいが・・・。
しかし、新駅とともに新しい「街」というものが形成される時なんだろう!と思う。多分、決定した最初に感じた違和感はそうなんだろうなって・・・。
高輪大木戸跡というものが国道15号の泉岳寺交差点の北東側に位置している。昭和3年に、国の史跡に指定されているものだ。宝永7年に東海道から江戸府内の入口として、また南の出入口として設けられた大木戸の跡である。こうした交通遺跡を見ると、時空を超えてしまいそうになる。
何も考えずに、駅名が好きだ~嫌いだ~と言いあうんだろうなあ。暫くはワアワアと言っているうちに慣れて、そのうちに、オシャレと言われる街が出来て、土地の価格はそれなりに上昇して、そこがまたステイタスとなってシロガネーゼのような「新語」が生まれていくのだと思う。さて、当初、私は「芝浜」という駅の名前も考えたが、これではあまりにも落語が聞きたくなってしまう!(笑)
そういろいろと考えると、まあ、人生って生きているといろんなことがありすぎる。小学生の時に科学技術館で三田「未来の生活」というものは現在既に超えている(笑)全く想像もできない世界がくるのだろうが・・・
ただ一つ。是非とも新しい駅が出来て、新しい街が出来ても、そこの「記憶と歴史」については残しておいてほしいと思う。そうでもしないと人々は知らないままで、何も気付かないままたろうな。
先般、都市防災のセミナーの為、終日、東京大学の本郷キャンパスにいた。
早朝、清々しい空気をすいながらキャンパスを歩いた。久しぶりに三四郎池にも行った。いろいろ思い出すことも多いなぁと。
終日セミナーは草臥れた。終わって外に出た時は周囲は怖いほど(笑)真っ暗だった。広いなあと思いながら赤門に向かって歩いていく。
本郷はいい街だ。次の打ち合わせの方の手土産にゆず饅頭を買った。
今度はワサワサせず、ゆっくりお茶でものみに本郷に来よう。
ユネスコ(国連教育科学文化機関)は11月29日に日本政府提案「来訪神 仮面・仮装の神々」が無形文化遺産登録に決まった!
「男鹿のナマハゲ」(秋田県男鹿市)や「能登のアマメハギ」(石川県輪島市・能登町)、「宮古島のパーントゥ」(沖縄県宮古島市)など東北から沖縄まで8の10の行事である。2009年に登録された「甑島のトシドン」(鹿児島県薩摩川内市)とあわせて拡大させる形での登録である。
異形の姿をした者が正月などの節目に、「来訪神」として家や集落を訪れ、怠け者を戒めたり幸福をもたらしたりする年中行事である。
あまりにも古い話なのだが(笑)・・・
高校の修学旅行の時、男鹿半島でナマハゲを見て、同級生の数人がワアワア泣いたことを覚えている。当時は「なに?」「あれ?」と思ったが、今、テレビの画面でよくよく見るとやはり怖いかもしれないなぁ。
そうそう、5歳の時。正月に自宅に獅子舞がやってきて、それはそれは恐怖だったことも思い出した。死にそうなくらい怖かった。やはり恐怖って年齢によっても違うものだなとも思う。
しかし、ユネスコの委員会での評価は「地域のとりわけ子どもたちが、アイデンティティーを形成し、地域社会への帰属意識を深め、互いの絆を強めている」というところである。やはり日本には、忘れちゃいけないものがまだまだある。
しかし良かったな!