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ichiko | ichikoTV - Part 23 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

久しぶりの鼓動

2019 年 8 月 9 日 金曜日

時として、予想もしないことが起こる。

仕事の依頼の場合は「そうか・・・これまでり実績に対して相手側が期待されているのかも知れない」と思う事はあるが・・・

決して「仕事」ではないところで「いきなり」ということがある。これには驚いて、胸の奥の奥で不可思議な鼓動となる。

 

例えばである!

ものすごーく可愛い美少女が街で声かけられてということは実に客観的な話である。好き嫌いなタイプはあるにしてもだ。

 

また、ものすごーく大金持ちがなんだかんだと投資話などでアプローチされる事。これも何となく客観性がある。貧乏であれば投資話など多分こないよね。

 

しかしねぇ・・・

いきなりねぇ・・・

これを読む人は「何を書いているの?」「暑さでいかれた?」と思うだろうが・・・

今一つの不安や機体や表現できない感情を持ったまま゛てはあるが、来週の展開で、一つの幕が開かれそうだ。

 

あの日あの時

2019 年 7 月 13 日 土曜日

最近、書籍の購入は殆どがネットで注文してしまう。かなり古い時代のものでも意外と簡単に入手する事が出来る。

そんな中、先般、時間が少しあって書店内をぐるぐるまわり、ふと、新書コーナーのところへ来て「はっ!」と立ち止まった。「時の流れ」が耳元でザザザーッと聞こえた、そんな気がした。

 

あれは、高校1年か、2年生の時か・・・。そこが学校の図書館か、または家の近くの図書館だったか、それさえも記憶にないが、そのタイトルに強く惹かれ、読み進め、そしてずんずんと引き込まれたいった本があった。当時、新進気鋭と言われていた作家のものだった。昔は個人情報の管理も実に甘く、本の最後の著者略歴のところに自宅住所が書いてあったのだ。確かに昔からせっかち気質は変わらない。即効でその書籍の感想文を送った。何を書いたのか全て忘却している。しかし、数日して、その著者から葉書が来た。いきなり女子高生からの手紙。多分、当時はさぞ、驚いたと思う。

 

暫くして、秋になって某大学で講演会が開かれるから来ませんか?と通知をもらい、意気込んで出かけた。広い教室だった。後方の席に座ったが・・・目があった。講演会終了後、関係者たちに囲まれる中を振り切って、振り切って、走り抜ける。正門を出て、駅に向かって歩き始めた。何の言葉もかけずに歩いた。

不思議なことに・・・しばらくして「空腹である」ということに気付いたのか、駅前の吸い込まれるように喫茶店に入った。地下一階にあった喫茶店。店名さえ忘れている。ただ、背中を見ていた記憶。書棚があって水槽があって・・・という記憶は間違いかも知れない。何を話したかも忘れてしまっているものの、読んだら良いと勧められた書籍と作家名は覚えている。・・・あれが青春のひとコマなんだろうなと、今になって思う。思い出そうとすると何ともいえない不思議な感情がこみ上げてくる。

 

書店で、その作家の「老い」について書かれた書籍のタイトルに、暫し、時がコツコツと音をたてた。刻む音である。コツコツと、そう、思い出した。一気に書き上げた古い時計屋の話を送ったことを。どうしたのだろう?もう、なくなってしまっているかも知れないと。そして、敢えて問い合わせもしない。それほどに時間が経ってしまった。記憶の片隅に残像のようにある「青春」なのだと思う。

書店にて・・・いきなり思い出した「あの日あの時」。

・・・そんな日。

 

あらためて平成時代を考えた

2019 年 6 月 26 日 水曜日

動物愛護をコンセプトに料理研究家の小林カツ代さんが始めた「神楽坂女声合唱団」も20周年を迎える。そんな中で「20周年史を作る!」と手をあげてしまった時から、今の忙殺も考えずにきているのだが・・・、本当に、想定もしなかったことが、いろいろいろいろある中であるが、今は、やはり手をあげて良かったと思っている。もし、あの日あの時、その手をあげなかったら、多分、そのままの時間を過ごしていたに違いない!からだ。

何を言っているのか?当たり前のことでは?と思われがちであるが、実は、そうではないことに気付いた。その時、その瞬間に人は「行動」を起こさないと見えないこと、分からないこと、感じないことが実はあるのだ。だからこさ、いきなり!まさか?が起こってくる。

だいたい、今は人間を相手に仕事をしているわけであるから(笑) いろいろな時代で、事態で人間同士が何を考え感じてどう行動してくるかが分かる。勿論、分からなくても人は息をして食べて飲んでいれば生活もできるだろう、たんたんと、日々のルーテインに従っていればよほどのアクシデントが無い限りは安全だろう。

「人って140まで生きられる!」とある人が言う。ちょっと前までは「人って120まで生きられる」だったかと記憶している。そして現在は何かあれば「人生100年時代」とまるで呪文の如くにいう。ちょっと前までは「人生80年時代」だった。

ストレス社会とはいうものの、いつ敵に襲われるかも知れない戦国時代でもなく、こんなに便利で快適な生活を享受していれば人は100歳は生きられるのだろうなあ・・・と思う。しかし最近はつくづく100というそんな数字に惑わされたくないなと思い始めている。

10年ひとむかしという言葉があるが、今の感覚では3年ひとむかしくらいである。あくまで、私の感覚であるが。いよいよ区史編纂の仕事で「平成史」に向かうが・・・この平成時代の30年間のすざまじい変化に、ただただ驚愕してしまうのだ。長い人類の歴史の中ではたかが、30年間なのかも知れないが、改めて、戦争のなかった、争いの無かった平成の30年間という「蓄積」がずんと重い。重くのしかかるまだ見ぬものに人々が必死に迷いながらも適応しようしたことに何か愛おしささえ感じる。

 

神楽坂女声合唱団も結成したかっちゃんこと小林カツ代は今、この時代にはいなくなってしまった。しかし、結成時のあの時代の「空気感」だけは自分が生きている時にしっかりと纏めたいと思っている。時として、時代に流されるのは意外とかっこよく見えるかも知れないが、決して流されず、自らが泳げる力を持っていないとならない・・・そう思う。

 

キラリ金星か?

2019 年 6 月 18 日 火曜日

長~い会議が終わって帰宅途中。草臥れて足取りも重いが、ふっと夜空を見る・・・おっ!満月かっ!そして近くでキラリと輝いているのは金星か?すごいね!輝き方が。

こんな夜もあるんだなぁと・・・。

とことん輝く月と星。どんなことも「自然」には負けてしまうね!

見えてくるものだねぇ~

2019 年 6 月 17 日 月曜日

まあ、胃がキリキリ悼むくらい、さまざまな案件をかかえていると、本当に「人」が見えてくるものだ。不思議と今までは見えてこなかったものを見せてくれる。やはり一瞬、たじろぐ。しかし、逃げることなく真摯に考えていくと「ほーっ!」というほど不思議と糸口が見つかるものだ。

いよいよ夏至に向かっている今、それらは、多分「転機」となるのだろうと思える。陽極まれば陰兆すのようにね、「トランプ」のジョーカーも悪い意味ではなくそんな時は「転機」になり、新しい展開へとなるのだろう。

 

深川不動へ

2019 年 6 月 15 日 土曜日

強い雨が降りしきるが・・・気のおけない友人たちと深川不動堂へ。護摩焚きは古代インドの儀礼「ホーマ」を起源とする真言密教の秘法ということだ。ご本尊の不動明王のご宝前に設けられた護摩壇に私たちの煩悩を象徴する護摩木をくべ、そして本尊に捧げる。めらめらと燃えさかる火炎。それこそが不動明王の智慧。その炎を見ているうちに、このところモヤモヤとした何かの塊ようなもの。自分も含めた人間の煩悩か?霧散していく感覚になった。何なのだろう・・・と。

外は相変わらず強い雨が降りしきる。久しぶりに出会う友人たちの笑顔が愛おしいくらいであった。そして、隠れ家ともいうべき酒亭「沿露目」へ行く。美酒と目にも美しい料理を愉しんだ。まるで霧雨のような会話で和んでいく・・・こんな時間は至福である。

 

1通のメール

2019 年 6 月 13 日 木曜日

このところ、出入りが激しい。〝人〟の出入りである。多分、人と人との出会い、つき合いにも「時」というのがあるのだろうと思うようになった。

とても不思議な現象が起こった。これも何かの仕業か?と思えるほどだった。

ある朝のこと。ずっーとずーっと抱えて悩んでいるある問題があり、脳がフル回転していた。「どうしたものか?」と思っているところに一通のメールがきていることに気付いた。しかし、差出人にピンとこない。そこには「本当にご無沙汰しています。時間に余裕が出来ました。協力したい」という文面が。嘗てどんなことがあった・・・取材をした、記事を書いた・・・くらいは思い出しても、数年が経過していくと、意外と人はパッと切り離して前進前進してしまうものだ。多分、きっと何か言ったのだと思う。しかし、数年が経過。そんな時にメールがが届いたのだ。私は思わず「ああ!ああああ・・・」である。こんなことってあるのか!と暫くぼーっとしてしまった。そして、その日に事は着々と進み、大きな悩みの突破口が少しだけ見えてきた。しかし「どうして?今?」と、ただただ不思議現象というものだった。

人とは不思議そのものである。解明は出来ないのだろうと思う。

ただ・・・古人はいう。

去る者は追わず来る者は拒まずである。

デフォルト・モード・ネットワーク

2019 年 6 月 12 日 水曜日

なんとも、とんでもなく大きいお仕事が舞い込んだきた。今の自分にとってはかなり大きい。ササっと済ませて、さて次へ!というわけにはいかない。区史編纂ともなると・・・。既に令和4年発刊ということも決まっている。校正等考えれば・・・時間はそれほどに多くない。調べれば調べるほど、聞けば聞くほどに深まっていく。本当に冷静に立ち向かっていかなくてはササっと済ませるのが得意な自分にはかなり勉強せねば!環境へ突入である。ボーッとしている場合じゃないよっ!と思ったが・・・

 

さて、「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる脳活動の事にかなり関心をもった。「忙しい」を連発する人々というか、連発する人にこそ、知ってほしいと思ったが・・・これは複数の脳領域で構成されるネットワークで,脳内のさまざまな神経活動を同調させる働きがあるもので、例えば自動車に置き換えると停止してもいつでも発進できるようエンジンを切らないでおくのと同じことらしい。つまり、これから起こりうる出来事に備えるため,さまざまな脳領域の活動を統括するのに重要な役割を果たしているということだ。

よし!これか!と思い・・・大好きなCOFFEEを淹れることにした(笑)

96歳!?

2019 年 5 月 17 日 金曜日

5月22日が「としまの記憶」をつなぐ会の総会である。会員のNさんに出欠の確認のお電話をすると、最初、ちょっと訝し気な声。「吉田いち子です」と名乗ると、Nさんの声がかわった。すかさず「最近は怪しい電話が多いですものね」というと「本当に!」と笑う。そして「96歳になっのよ~」と仰る、声もお元気だし、失礼ながら全く、耳もとおくなっていない。改めて驚いた。こんなにお元気な96歳って!と。まず、心身元気でいることが家族にとっても幸せなことだろうとつくづく思った。「おしゃべりしたいですよ」というと「そうね!」と明るい返事が返ってきた。Nさん、お待ちしています!

 

そんなプライドなんて捨ててしまえばいいのに・・・と思うけど捨てられないのもまた人間なのね

2019 年 5 月 11 日 土曜日

先般、何かのテレビ番組で「東京23区の中で一番プライドが高いのは世田谷区」と言っている研究者がいた。高学歴、高収入など「高」が多いらしい。そうか!高いプライドかと思ったが何でも早死にトップらしい。「高」が多くて、プライドが捨てられないらしいが、捨てられないプライドって何さ?と単純に思ってしまった。

確かに・・・卑近な事例として一つあった。詳細は避けるが・・・結構、ビックリして私にとってはえええーっといった「事件」だったが、多分、その方もその「ブライド」とかが邪魔してしまい、とんだ?行動に出てしまったのかと。そんなプライドみたいな変なものはは捨ててしまえば、気軽に対応できたものをと思った。

フレンチレストラン「コート・ドール」の斉須シェフの対談を聞いていたが、彼のいう「あるがままのすっぴん人生」という響きが妙に心地よかった。