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ichiko | ichikoTV - Part 26 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

仲間の死

2018 年 6 月 13 日 水曜日

6月11日に新聞社時代の同僚の訃報にせっした。連絡してきた人のショートメールの文字を何度か読み、力がストンと抜けて行くのを感じた。不思議なほど、するるるるる・・・・と力が抜けて行った。

彼は、私と同い年である。時々酒を飲めば好きな歌も、学生時代の事も、いろんな時代背景が共感でき話した。

そんな中で20代、30代・・・とずっと過ごしてきたのだ。

昨夏は昔お世話になった上司の墓参りに鎌倉にも行き、皆で鎌倉を散歩して、ひとしきり思い出を話した。

 

日本がバブル景気に浮かれる前も、浮かれた時も、そして崩壊した時も・・・彼は淡々と仕事をこなしていたのだろう。私が独立した後も、会えば淡々としていた男であり、仲間だった。

聞けば5月末に検査入院をしたらしい。

多分、体調が悪くてもぎりぎりまで押し黙っていたのだろう。

そんな時間、癌が命を奪っていった。

15日が通夜である。

きっと・・・雨が降るのだろうなぁ。

まだ6月だ。

誕生日前に天国へ旅立った友よ。

今は、冥福を祈ります。

 

 

ミラクル続き

2018 年 6 月 7 日 木曜日

このところ不気味なほど(笑)ミラクル続きである。

たまたま、某会議の後、二次会となった。昔話をしていた方の小学校の同級生という人が、どうもビジネスの会議の席で一度お目にかかったことがあったようだった。彼は、ミュージシャンの友人が自慢げに話していたのだ。

文字ヅラから見ると、それほど大したミラクルでもないが、どうも、そのミュージシャンの方にお目にかかったのは約10年ほど前の話。まっ!まさか?と思って携帯の連絡先を調べると「あった!」ではないか!。小学校の同級生へ電話をしたところ何と、私のことを覚えていてくれたのだ。

 

その方とはあるビジネスの集まりでお目にかかったのだが、たまたま隣りの席に座っていた。「なんかつまらないですねぇ・・・」と私が呟いたのだが・・・「本当につまらないですね」と二人で会場を抜け出した。そして、なんと銀座へ向かい、いきつけのBARへ。ひとしきりスコッチを呑みながら音楽談議とあいなった。

 

「そんなことがあったんですよ。ハハハ」と言うと、もう二次会場は大盛り上がり。オジサンたちの頭の中はもう、オヒレハヒレを付け始めている。そんな光景を見ているだけで面白い。

それにしても人の記憶とは!すごい。驚きである。

 

いよいよ紫陽花の美しい季節

2018 年 5 月 30 日 水曜日

朝から打ち合わせだ、会議の連続でありまして・・・

夕方、漸く外に出ると、街は傘の花!花!天気予報通りの雨です。

いよいよ紫陽花の美しい季節がやってきましたね。梅雨入りも間近です。

丸出し

2018 年 5 月 27 日 日曜日

先般、ある会合のあとの懇親会で、酒を呑みながら気軽にしゃべる時間があった。その席で、ある方が言うには、それぞれの「人の気質」は年とっていくとどんどん丸出しになっていくものだ・・・そういいながら、両手を大きく広げていた。70代の大先輩でもあるその方はカッカッカッ!と実に豪快に笑った。

私も常々、人ってそんなものだなぁ?と漠然思っていたので「やはり、そうか!」と確信したわけである。

まるで、ラッキョウのかわが一枚一枚取れていくように・・・という比喩があったりで「そうすると最後は何にもなくなりますねぇ?」と言うと、再び大笑いとなったわけである。

例えば、小学校の時など、「嫌な奴だ!」と思っていたその人物の嫌なところがますます加齢とともに露呈していくという。あらまあ~~ら!と笑いがとまらないほどに嫌なところが丸出しになるとはね!実に辛いものだと思うな。

自分も実に嫌味なことをいうところがあるので、今後はなるべく気をつけて生きて行かねばと思ったわけである。

 

しかし・・・以下はボヤキであるが・・・

集合時間を「絶対に守らない」という人間がいる。不思議なほどに守らない人のアタマの認のTIME感覚とはどうなっているのか?といつも思う。集合時間の「前」に来るタイプと必ず「遅れてくる」タイプ。これまた一生なおらないのだろうなぁ・・・。

 

 

よみがえる ハサミとペーパーナイフ

2018 年 4 月 28 日 土曜日

断捨離!断捨離!とはいうものの、生活の中で見まわしてみると「捨てられないもの」があることに気付く。勿論、「モノ」は捨ててしまえばそれで焼却、そして忘却ということになるものだが・・・

気が付くと使わなくても傍にあるものが「ある」。今は亡き父親がいつも使っていたクラフト鋏とベーパーナイフ。ペン立てにいれてはあるが、切れ味の悪いハサミとナイフ。実はどうにもならない。視界に入る度、自分が小学校低学年の時に見た光景が頭の中を占める。いわば父のお気に入りのモノ。父にとってそれらは身近なモノだった。書簡の封はササッと、そしてハサミも滑らかに、そしてすべるようにキラキラと輝いていた、そんなイメージが占める。

「どうしたものか・・・」と時折、考えていた。「よし!」と心でパチンという決定打が。

そうしたものを研いでくれるところ?「ねぇ、すごく古いハサミとペーパーナイフを研いでくれる人って?」と聞いても多分分からないことも多いだろう。探しぬいた。あれこれ条件を絞り込む。だからこそ、そんな点でネットの素晴らしさを感じる。

昨日、宮城県にある店のご主人から修理が終わったというメールをもらった。「クラフト鋏は大きな刃欠けがありました」という文言を見て、専門家が見れば「大きな刃欠け?そんなものがあったのか!」とそのメッセージに感心してしまった。

急いでいるわけではなかった。確かに時間はかかったものの、キメ細かな専門家の手による修理が終わり、もうすぐ自分の手元に届く。何かときめく。

あの「日常」でありながらも、幼い自分の目に映っていた憧憬ともいえる暮らしのひとこまがよみがえる気がしてきた。いずれは捨てられてしまうものかも知れないが、「捨てないで良かった」と、心の中でほっ・・・という音、息遣いが聞こえたようだった。

しかたがないね~

2018 年 4 月 24 日 火曜日

まあ「あること」とでもいっておこうか。その「あること」にこの約3か月ほど振り回された・・・という表現が大仰であれば、時間をとってしまった。先方に「プロであればプロの仕事を」と言ってしまう。

当たり前のようであるが、どうも「プロの仕事」という言い方は考え方によっては曖昧であるのかも知れない。人間だから、間違い、見落とすこともありますと言われれば、「そう」なのかも知れないが。

最近は、「さらりとながしていかないと進まない」ということもある。あるというか、多い。まあ、今回も落としどころのない曖昧さに向き合って。とりあえず。自分の考える「プロの仕事感」を話してふってみるしかない。

最後はちょっと笑っみるか?ハハハ!って。

人生って山登りに似ている

2018 年 4 月 13 日 金曜日

小学校高学年からか、人生は航海だ!羅針盤もって進もう!なんて思っていたことがある。多分?青春時代はずっと羅針盤もって!なんて言っていた気がする。

最近になって思うのは、人生ってどちらかというと山登りに似ている。遠くから見る山の稜線の美しいことといったら!しかし、山っていざ登り始めると「楽ちん」なんてことがない。勿論、航海であっても楽なことはないのだろうが・・・

地に足付けて本当に自分の足で、意識もって踏みしめて進まないと前へは行かない。稜線の美しさばかり考えてしまうこともある。

イメージは大切だ。そしてついてくる力にあわせて進むしかないのだ。

人生ってやはり山登りだね。頂上を極めれば、その感動は登ったものにしか感じられない・・・そこも山登りに似ているのかもしれない・・と想像する。

図書館専門研究員になる

2018 年 4 月 12 日 木曜日

2018年4月12日の午後一番、豊島区役所・区長室へ。

4月から豊島区図書館専門研究員としての委嘱状をうけに。

水谷千尋先生、近藤大博と素晴らしい先生がたと活動していくわけであるが、いやあ、自分の未熟さが目立つて、何とも・・・。高野区長と暫しの懇談。豊島区が実に鮮やかに躍動していることが分かる。その後、会議室へ移動して企画会議へとすすむ。

2018年!この年がどんな年であるかということを改めて認識する。

 

墓参

2018 年 4 月 8 日 日曜日

本日は伊藤榮洪先生の墓参へ。

桜の花も散ってしまった・・・

もう少し早めに来られたら、さぞ美しかったことだろうと思い境内へ。

懐かしい思い出がたくさんある。

いろいろ勉強もした。

榮洪先生の最初の教え子であるKさんにいろいろなお話しを聞く。

帰り道、改めて「今」に感謝!

時・・・

2018 年 4 月 7 日 土曜日

昨年、童話を上梓したのたが、時代というのだろうか?出版社に聞くと、ネット通販での購入が多いとのこと。ただ、「吉田いち子」と検索すると20代の時に発行した書籍にひっかかる。大学生の時に某出版社から連絡があってのご縁で出版したものだ。これが、中古で著者サイン入り・・・とある。今回の童話に関しては「是非サインを」と言われる以外、決してサインはしなかった。記名まであるとなると覚えているかいないかと別として、ああ、あの時かと必ずや記憶を辿ることとなるからだ。青臭い、青春時代のものなど、社会性も何もない時代、年代の感情の発露でしかない。

時間がたったのだなあ・・・と空を見上げながら思った。この空だって何十年も前の空ではないということにふと安堵した。