サイトトップ

ichiko | ichikoTV - Part 29 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

偲び・・・想い続ける大切さ

2017 年 10 月 1 日 日曜日

昼過ぎから三年前に亡くなった友人を偲ぶ会をした。

ヨット仲間きヨットでの思い出。

そして、仕事仲間は仕事の思い出。

語りつくせないほどの思い出のなかで、

「いつも想うことが大切だよな」と一人が言う。

全くその通りである。

はっきり鮮明な記憶も・・・なんとなくぼやけてくる。

救急搬送した時間も、病室のナンバーも

あの時は鮮明であったのにね。

人の記憶は曖昧になり、そしていつか消えていくのかも知れない。

だからこそ「想い」なのかも知れないな。

 

だから・・・私は彼の「詩」を書いた。

発表する場も何もないが「詩」にまとめた。

そして皆で「想う」ことなのだろう。

 

貫徹!完徹

2017 年 9 月 29 日 金曜日

貫徹である。あれ?完全徹夜だから完徹・・・

脱力である。

なんでまた、こんなレギュラーを抱えてしまったのか?と脱力感の中で思う。

 

世の中には「朝型人間」と「夜型人間」がいる。

最近はとことん早起き族になっているが、こそこへきて「夜型人間」の仕事が貫入?してくるとまさに貫徹となる。

且つ、昨日はポカをした。

「吉田さん、今、参りましたが・・・」

携帯の向こうでいっている意味が分からず。

「え?」というと

「確か15時の約束でしたね」と。

アタマの中で真っ白となり「えーっ」。

せっかちで時間に厳しい(自己申告)自分としては大失敗の日であった。

先方には謝って謝って・・・

そして自分を嗤う!

 

まあ進め進めである。

春から始めた童話がいよいよ完成となった。

販売は10月中旬辺りからと思われるが・・・

案、構成から始まって長く温めた題材であった。

いよいよ完成した!

こんな安堵感で、何とか今夜はゆっくり寝ることにしよう。

 

 

 

夏の日が過ぎ・・・

2017 年 9 月 15 日 金曜日

まあ、なんと申しましょうか・・・

自分の力ではどうしようもないほど

まるで荒れ狂った海に投げ出されたような忙しさでした。

9月15日が終わる頃、連絡をもらいました。

入院されていた俳句の師匠が息を引き取られたと。

リハビリを始めて・・・の出来事だったらしいです。

脳出血といっても現代の医療だったら、蘇った人々もたくさんいます。

・・・というのにと思うと、「何故」という言葉しかありませんでした。。

ショックの楔が、ぎぐっと音をたてて心に打ち込まれました。

 

「なんだか、入院なんだよ~帯状疱疹かなと思っていたら、どうも違うらしいよ~」

入院した直後、そう病室で言っていた不安げな姿を思い出しました。

そして、なんと二か月間です。

 

とても几帳面な先生でした。

締め切り日については特にきつく仰いました。

 

俳句仲間に「検査入院します」とメールをだしたあの夏の日が過ぎました。

私たちに日本語の美しさを沢山教えて下さいました。

有難うございました。今は、ただただ感謝です。

どうぞ、芝田先生、安らかに。

 

 

めるまが発行に向けて、まあ必要なものは体力!

2017 年 9 月 13 日 水曜日

現在、ある月刊誌の執筆、編集をしているが、またまたある「めるまが」を発行することとなり、その編集も手掛けることとなった。「することとなった」というと何とも簡単に言ってしまうのだが、内容は月々変わるし、それも最も「旬」を捉えての情報である。

あれこれワアワア、皆忙殺の中、スケジュールたてた。スタッフの何を見るか?というと・・・実は「能力」ということよりも「性格・気質」である。

ややや・・・2018年の3月まで取りあえずととのえてみたが、果たして元気でいるのかしらん?なんて気持ちになるほど気分は追い込まれてくる。

テキトウに発行配信ということでなく「営業」を考えるとこれがまたね~結構、いろいろあってね~

いよいよ「性格・気質」っていうものがポイントになってくるわけである。四の五の言い訳いうのが絶対にダメである。しかし、みんなが「貴重面太郎」(笑)いてもしようもない。「テキトー」を尊ぶ連中ばかりでもダメである。「几帳面太郎」であり、且つ、「豪放磊落」なこと。こういう新規のものに関しては特に大切である。

兎に角!

あとは体力である!

溜息

2017 年 9 月 6 日 水曜日

本当にいろいろ真剣にしなくてはならないこと山積みというのに・・・

政界にしても

いろんな業界で呆れることの多いことといったら久しぶりに溜息がでます。

男と椅子

2017 年 8 月 31 日 木曜日

突然!変なタイトルをつけてしまったが・・・

最近、サラリーマンを退職した男の人たちが家にいられず、「椅子」を求めている姿が多いことに気づいた。

何人かでシェアオフィスをつくって、何とかそこで仕事を始めている人々もいるが、やはりあるトシで起業する人間とはとことん違うことが多い。

知人の会社に「椅子」を一か月数万で契約してみたり。

不思議でしようもない。

とにかく、家庭を出たらどこかに「椅子」が必要らしい。まあデスクもでしょうがね。

そして名刺。

元何とか~という私の大嫌いな名刺を持つ人も多い。だいたい元のあとには必ず大企業の会社名である。

会社ってやめたらもう関係ないだろうって思うけど?

それに、先般は年賀状が一気に減ったとモーレツに愕然としている人もいた。

組織と組織で付き合っているときとその組織をはずれたら関係ないだろうにね?と思う。

しかし、たいがいの人はそれが分からないで、これまでと同様の付き合いを求め、また現実にぶつかってモーレツに愕然としている。

滑稽といっては失礼なのだが・・・

先般は、体調崩して、脳ドックにはいったり、食欲なくして胃カメラのんだり。でも「すべて異常なし」の元気な身体。

日本の長寿社会をもっともっとシビア斬った方が良いかも。

それも人工知能で。これはせっせと学習するらしいから。

サラリーマンってやはりよほど覚悟していないと大変だ。

「椅子」がなくなるということは「居場所」喪失と一緒のようだ。

 

もう秋かな

2017 年 8 月 27 日 日曜日

吹く風はすでに秋を感じます。

正午から東京大神宮で「真夏のPARTY」でありました。

神宮では二組の新郎新婦を。

今日は結婚日和?

ピアノ演奏とワインとお話し。

久しぶりにわいわい楽しく時間が過ぎました(^^♪

雨降りの終戦記念日に

2017 年 8 月 15 日 火曜日

終戦記念日。

平成生まれの若者が時折「え?日本って戦争あったんすか?」と聞くことがある。それほどに時間が経ってしまったのだが・・・かくいう自分も戦争を知らない。

玉音放送の読み方も分からない若者もいた。

下記は「終戦勅諭の和田信賢アナによる解説」である。お時間のある方はどうぞ。約17分ほどである。

https://onedrive.live.com/?authkey=%21ALkTBZq%5FAvCetlg&cid=C51154E638E1847B&id=C51154E638E1847B%213681&parId=C51154E638E1847B%213675&o=OneUp

 

祖父母、父母から「戦争」について少しは聞いていた。空襲、防空壕、戦災孤児といろいろ。聞いた時にあまりにも幼く、それは「興味」「関心」にはならずにいた。

年月が経ち現在、「としまの記憶」をつなぐ会で、多くの語り部の方々から、戦争の記憶などをインタビューしている。半永久的なデジタル「映像」として遺す仕事を始めからはその関心は深まる。

 

深川。

東京大空襲にあった方々の話を聞いた。お話、写真、絵で見る。想像すれば身震いである。言葉がでないまま、その方々の生きてきた足跡を考える。

戦災孤児・・・そんな一言で終わるのだろうか?今、そこにあるご婦人の微笑みの奥にしまわれた恐怖と家族を失った悲しみと、そして「今」に至るまでの人に言えないほどの辛さ辛さの連続だったに違いない。

「東京大空襲・戦災資料センター」

http://www.tokyo-sensai.net/index.html

 

 

外に出ると雨が強く降っている。

歩いて歩いて・・・

清澄白河で一杯のコーヒーを飲む。

若者で人気の店。

アメリカの本社があるカリフォルニア州オークランドの環境に似ているからということで数ある候補地の中から選ばれたという。海外各地から届いた豆が積み上がった倉庫の中で、大きな焙煎機で煎られる豆を見ながら、バリスタたちが入れるコーヒーを飲む。

実に不思議な不思議な感覚の中で飲んでいた。

時とは、あまりに大波のように過ぎていくものなのだ。

ただ私たちが言えることは「記憶」を風化させてはいけない・・・ということなのだろう。

 

 

携帯中毒

2017 年 7 月 30 日 日曜日

携帯電話を持っているのは当たり前・・・のようだが。

卑近な事例で、携帯を持たない友人が3人いる。

いつだったか、かなり大変なこともあった。

ある展示会に行くとき、駅の改札口が想像を超えた数あった。カンタンに言うと一種のパニック状態。そういう時は一緒になって動いてはダメだ。山での遭難事故と一緒である。

しかし、最近思うのは、この人には携帯がない!としっかり認識した時に、全くそのことが不便でも苦痛でもなんでもなくなるので。そう、不思議感覚が訪れる。

一人は作家だからデスクにかじりついていることが多い。いざとなればパソコンにメールを出せば済む。「なんで必要なのよ?」とのたまう。

もう一人は殆どわけわからん辺鄙な海外へ行っていることが多く、連絡そのものをとることさえ難儀である。気が付いたように手紙がくる。

そしてもう一人は・・・かなり重い病気の為、長期入院生活に入った。

 

携帯を持たないこの3人は確かFBも関係ないのかな・・・。しかしFBって言い方悪いが、時折、どーでもいい内容ばかりをチェックすること自体、何か空しくないかい?と思い始めた。芽吹いて生き生きと伸びる時代ならいいかも知れないと思い始めた。人生の後半戦に一体、何を求めているんだろうって思い始めた。

何かを捨ててしまったというか、その感覚や神経を持たなくなったというか、やはり何かの分かれ目なんだと思うようになった。

自分を冷静に見てみる。

やはり携帯中毒であるな。

先般、デスクに忘れて外出した時の動揺はすごいものがあった。

夜半に戻った時、その疲労感はたとえようのないものだった。

やはり中毒なんでしょうな。

見舞い

2017 年 7 月 21 日 金曜日

俳句の師匠が急病で入院された。

健脚で元気そのものだったので「まさか」という感じで病院へ見舞いを。

最近は花やお菓子など禁止する病院が意外と多い気がする。

「食欲がなくてね」というその姿は少し瘦せられていた。

健脚をほこる脚はかなり浮腫んでいる。

「まあね・・・鬼の霍乱と、記事でもかいといてよ」と言われ苦笑い。

「神さまと医師を信じて、あとは前向きにいくよ」と笑った。

師匠!病室なんてやはり気分はへこみますよね。

少しでも元気になられるように!

一句も出てこない・・・ダメだな。

暑さのせいでもない。