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ch01.政治 | ichikoTV - Part 7 ichikoTV

‘ch01.政治’ カテゴリーのアーカイブ

苛立ち

2022 年 9 月 21 日 水曜日

夕方のニュースで安倍元総理の国葬反対を訴えて70代の男性が油を被って火をつけ重症であるという。その男性には油を被るほど、どうしようも出来ない苛立ちがあったのだろう。国葬反対と言いながら・・・しかし・・・。

北朝鮮拉致被害者の横田早紀江さんは心痛を「言葉に出来ない」と語っていた。毎日が地獄ですとも付け加えた。日朝首脳会談から20年の月日が経った。当時13歳だった娘のめぐみさんの年齢を数え続けているのだ。今、政府はこの問題に関しては・・・一向に進まぬ。政府にとって元安倍総理の国葬は何が何でも先ずは重要課題の一つだ。横田早紀江さんをはじめ人生の突然の理不尽さへの苛立ち、それにも耐えている人々がいるのだ。

エリザベス女王

2022 年 9 月 19 日 月曜日

2022年は何かあまりにも時代の変換?を感じる。

9月8日に亡くなられたイギリスの女王エリザベス2世の国葬が19日に行われた。

女王の棺は、公開安置されていたウェストミンスター宮殿から徒歩の葬列でウェストミンスター寺院に運ばれた。その後、ウィンザー城内の聖ジョージ聖堂で埋葬式が執り行われ聖堂内の納棺堂に、昨年亡くなったフィリップ殿下の棺と共に納められる予定である。

国王ジョ-ジ6世の死去に伴って即位したエリザベス女王。ウェストミンスター寺院で1953年6月2日に戴冠式が行われた。国の為にと以来、半世紀以上にわたり女王の座にあった。

結婚式もそして国葬もウェストミンスター寺院であった。女王は自分の葬儀の時の音楽さえ選んでいたという。

何か・・・本当に時代がかわっていく

めまぐるしい・・・

2022 年 9 月 9 日 金曜日

予想だにしなかった安倍元首相の非業の死。

あれから・・・世の中が忘却していた統一教会という言葉とともにいろいろ変わってきた。

私の記憶。随分前のことだ。確か、新宿西口で勧誘されて、「私は人生の真実を見つけたんです」と瞳をキラキラさせて私に言った仕事仲間のある女性の事を思い出していた・・・彼女と何度話しても何を言ってもダメだった。今、どこでどうしているの?と。

また旧ソビエトの最後の指導者で東西冷戦を終結に導いたミハイル・ゴルバチョフ氏が8月30日に亡くなった。国際社会からは、東西冷戦を終結に導き、核兵器の削減に取り組んだ。ベレストロイカ、グラスノチス・・・何か私の頭の中にあつた「ある時代」がするりと消えた感覚がする。一体何なのだろう?そうだ、まだ自分も若く、今では考えられないほどの行動ができた時代だったからかも知れない。毎日の時間のすぎる速さが全く違っていた。

ただ・・・ただ、目まぐるしく推移変容していく時間の中にいる。

エリザベス女王

2022 年 9 月 9 日 金曜日

2022年9月8日(現地時間)、エリザベス女王が亡くなられた。朝のニュースが流れたが本当に愕然としてしまった。享年96。

1952年に即位、英国史においてもっとも長い在位である70年にわたって君主を務められた。6月には在位70周年を記念するプラチナ・ジュビリーが祝されたばかりだ。女王としての公務は、亡くなる2日前、9月6日に自らの足で立ち、バルモラル城でリズ・トラス新首相を任命した。

まさに20世紀から21世紀にかけて英国を象徴したエリザベス女王の死。あまりにも大きく深い哀しみだ。

平和宣言

2022 年 8 月 8 日 月曜日

8月6日、被爆77年の「原爆の日」を迎えた広島。広島市の平和記念公園で開かれた平和記念式典で、広島市の松井一実市長が平和宣言。77年前の原爆で母を失った当時16歳の女性の被爆体験を紹介し、「一刻も早く全ての核のボタンを無用のものにしなくてはならない」と訴えた。いろいろな体験者のお話や書物などでしか分からないが、必死に考え続けてきた。私は8月6日になるともう亡くなってしまったが映画監督の槙坪夛鶴子さんから初めて聞いた原爆投下の日の話を思い出す。

 平和宣言全文をのせる。

 母は私の憧れで、優しく大切に育ててくれました。そう語る、当時、16歳の女性は、母の心尽くしのお弁当を持って家を出たあの日の朝が、最後の別れになるとは、思いもしませんでした。77年前の夏、何の前触れもなく、人類に向けて初めての核兵器が投下され、炸裂(さくれつ)したのがあの日の朝です。広島駅付近にいた女性は、凄(すさ)まじい光と共にドーンという爆風に背中から吹き飛ばされ意識を失いました。意識が戻り、まだ火がくすぶる市内を母を捜してさまよい歩く中で目にしたのは、真っ黒に焦げたおびただしい数の遺体。その中には、立ったままで牛の首にしがみついて黒焦げになった遺体や、潮の満ち引きでぷかぷか移動しながら浮いている遺体もあり、あの日の朝に日常が一変した光景を地獄絵図だったと振り返ります。

 ロシアによるウクライナ侵攻では、国民の生命と財産を守る為政者が国民を戦争の道具として使い、他国の罪のない市民の命や日常を奪っています。そして、世界中で、核兵器による抑止力なくして平和は維持できないという考えが勢いを増しています。これらは、これまでの戦争体験から、核兵器のない平和な世界の実現を目指すこととした人類の決意に背くことではないでしょうか。武力によらずに平和を維持する理想を追求することを放棄し、現状やむなしとすることは、人類の存続を危うくすることにほかなりません。過ちをこれ以上繰り返してはなりません。とりわけ、為政者に核のボタンを預けるということは、1945年8月6日の地獄絵図の再現を許すことであり、人類を核の脅威にさらし続けるものです。一刻も早く全ての核のボタンを無用のものにしなくてはなりません。

 また、他者を威嚇し、その存在をも否定するという行動をしてまで自分中心の考えを貫くことが許されてよいのでしょうか。私たちは、今改めて、「戦争と平和」で知られるロシアの文豪トルストイが残した「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない。他人の幸福の中にこそ、自分の幸福もあるのだ」という言葉をかみ締めるべきです。

 今年初めに、核兵器保有5カ国は「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」「NPT(核兵器不拡散条約)の義務を果たしていく」という声明を発表しました。それにもかかわらず、それを着実に履行しようとしないばかりか、核兵器を使う可能性を示唆した国があります。なぜなのでしょうか。今、核保有国がとるべき行動は、核兵器のない世界を夢物語にすることなく、その実現に向け、国家間に信頼の橋を架け、一歩を踏み出すことであるはずです。核保有国の為政者は、こうした行動を決意するためにも、是非(ぜひ)とも被爆地を訪れ、核兵器を使用した際の結末を直視すべきです。そして、国民の生命と財産を守るためには、核兵器を無くすこと以外に根本的な解決策は見いだせないことを確信していただきたい。とりわけ、来年、ここ広島で開催されるG7サミットに出席する為政者には、このことを強く期待します。

 広島は、被爆者の平和への願いを原点に、また、核兵器廃絶に生涯を捧げられた坪井直氏の「ネバーギブアップ」の精神を受け継ぎ、核兵器廃絶の道のりがどんなに険しいとしても、その実現を目指し続けます。

 世界で8200の平和都市のネットワークへと発展した平和首長会議は、今年、第10回総会を広島で開催します。総会では、市民一人一人が「幸せに暮らすためには、戦争や武力紛争がなく、また、生命を危険にさらす社会的な差別がないことが大切である」という思いを共有する市民社会の実現を目指します。その上で、平和を願う加盟都市との連携を強化し、あらゆる暴力を否定する「平和文化」を振興します。平和首長会議は、為政者が核抑止力に依存することなく、対話を通じた外交政策を目指すことを後押しします。

 今年6月に開催された核兵器禁止条約の第1回締約国会議では、ロシアの侵攻がある中、核兵器の脅威を断固として拒否する宣言が行われました。また、核兵器に依存している国がオブザーバー参加する中で、核兵器禁止条約がNPTに貢献し、補完するものであることも強調されました。日本政府には、こうしたことを踏まえ、まずはNPT再検討会議での橋渡し役を果たすとともに、次回の締約国会議に是非とも参加し、一刻も早く締約国となり、核兵器廃絶に向けた動きを後押しすることを強く求めます。

 また、平均年齢が84歳を超え、心身に悪影響を及ぼす放射線により、生活面で様々な苦しみを抱える多くの被爆者の苦悩に寄り添い、被爆者支援策を充実することを強く求めます。

 本日、被爆77周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

 令和4年(2022年)8月6日

    広島市長 松井一実

ある記事を読み・・・思う 人の生と死

2022 年 7 月 30 日 土曜日

その記事を3回ほど読み直した。

人生って一体何なのだろう?と思う。

既に決まっているのだろうか?

やはり偶然の繰り返しなのか?といろんな疑問が湧いてくる。

元総理大臣の安倍晋三さん。

奈良に出かける前夜にお母さんとクリント・イーストウッドの映画をみたという。

あの、銃弾に倒れた朝。バナナ好きな安倍さんはいつものようにバナナを食べて出かけたという。

日々、罵詈雑言を浴びせられてもびくともしなかったので、「テフロン加工」と言われていた。いつも温和な笑顔を浮かべていたのでまったく気にしていないのかというと・・・実はいつもいろいろな重圧と闘っていて、選挙前は睡眠アプリを使っても二時間半で目が覚めるような日が続いていたという。

あの日、弾丸は腕から抜けて首にあたり、それが致命傷になったらしい。首に直接ではなかった。

そして不思議な事はもう一つの弾は解剖してもどこにあるかわからなかったらしい。そんなことってあるのか?と思う。

昭恵夫人が病院に着いた時、苦痛に満ちた表情ではなく微笑んだような実に穏やかな顔であったという。

安倍晋三氏 遊説中に銃撃される

2022 年 7 月 8 日 金曜日

2022年7月8子午前11時30分・・・あまりにも衝撃的なニュースが耳にはいってきた。安倍元総理の遊説先での銃撃事件。最初はえっ?と思い、俄かには何も想像出来なかった。

自民党の最大派閥の会長に安倍晋三元首相が就任して父親の安倍晋太郎氏以来、30年ぶりに安倍派が復活したばかり。安倍さんは「きら星のごとく、将来の総裁候補が登場している。その皆さんに活躍をしてもらって、その能力を国民に示していただき、そのお手伝いをしていきたい」と述べている。足場かために奔走していたと思うし・・・しかし、人生って何なんだ?こんなに突発な事が起こるのか?

救急車からドクターヘリ、そして病院へ。

しかし夕方になって・・・訃報が流れた。享年67。

期日前投票に行ってきた

2022 年 7 月 7 日 木曜日

考えて考えて・・・また考えて考えて・・・

期日前投票に行ってきました。

こんなにも考えたことってないかも知れない。

それくらい、日本の危機を感じている。

もし・・・はないのだが、自分が政治の世界に飛び込んでいたら何をどうしていたか?なんて真剣に考えた。

こんなにも日本という国のというか、政治家たちのというか・・・人間というか・・・仕方ないのか?と。

呻き苦しむように一票を投票してきた。

私は棄権はしない。

日本は更なる危機に立ち向かわなくてはならないだろう。だからこそ!政治家は仕事しなくてはならない。きれいごとではない。

暑い

2022 年 6 月 25 日 土曜日

梅雨だというのに全く雨が降らない。一時期は梅雨寒でスェーターなどだしてきたくらいだったが・・・このところ何と30度越え。判っているものの何ともアタマの中がぽーっである。群馬県伊勢崎市では40度という記録がでたという。ちょっと考えられない。熱中症で運ばれる人も多い。しかし、まだ6月の梅雨である。このままだと梅雨明けは来ないのかも?と思いつつ。7月8月9月と連続して暑い日が続くのだろう。気を引きしめないと!しかし暑い。

え?選挙にいかないかも?

2022 年 6 月 23 日 木曜日

選挙に向けて若者にインタビューしている風景がテレビニュースで流れていた。「選挙には行かないと思う」と若い女性が言っている。そして「クオカードか飲料なんかくれれば行くかも」。

唖然としてしまう。

随分前の話ではあるが、自分が初めて選挙に行った日の事を思い出した。ものすごい責任感みたいな不思議な感覚があった。今はあの時のような鎧のような責任感みたいな感覚はないが、かなり分析している自分がいるのは確かだ。うわっつらの言葉やムードには揺り動く事はない・・・と思う。

政治が何だか分からないという若者たち。今後の日本をひっぱっていかないとならない彼らたちではないか?

どうしたものか?

大人たちはちょつと目の前の事を一旦おいて考えないと。よく分からないということに対しては真摯に向かわなくては。