10代の頃は『車輪の下』など夢中になって読んだものだが・・・ヘルマンヘッセの「老齢について」のエッセイを読み始めると、見透かされた?がごとく、理解者に出会った気持がちした。まさか・・・であるが人は加齢していき、そんな理解者に出会った気持ちだけでも幸せな事である。
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久しぶりにヘルマンヘッセ
2025 年 6 月 5 日 木曜日愛だけではどうしようも出来ない墓じまい
2025 年 5 月 18 日 日曜日ちょっと取材で雑司が谷霊園に行った。「明日は警報級の大雨です」という天気予報に「絶対に雨の中は嫌だ・・・」と思い、曇天ではあるが早めて行った。まだそれほど暑くはなく、気持ち良い風は吹いていた。しかし、探す墓が無くて、てこずった。霊園に眠る著名人リストにも書かれていないので、「あれ?」状態で自分の甘さを悔いた。
墓地内を歩いているとご婦人方から「大川橋蔵さんのお墓はどこですか?」とやたら聞かれた。案内人のように地図を見ながら「ここのあたりですね~」と教えた。人気なんだなぁと思いつつ、自分の探す「鬼薊清吉」が見つからない・・・江戸時代の大泥棒なんて・・・とほほ、ダメかと思っているところで「お!」と発見に至った。
しかし、墓の管理は本当に大変な事だと思った。代々守っていく為の諸々の条件。例えば、島村抱月の墓じまいに関してもかなりの驚愕だった。坪内逍遥らと新劇運動をリードした島村抱月(明治4年)〜(大正7年)。のちに運命の女性・松井須磨子と劇団「芸術座」を旗揚げしトルストイの小説を脚色した公演では劇中歌を抱月が作詞し、須磨子は「カチューシャの唄」を歌い一世風靡となる。
しかし、この3人の三角関係話は有名ではあるが・・・大正7年、スペイン風邪により島村抱月が急逝する。芸術座も解散した直後の大正8年、なんと須磨子は抱月の後を追うように自殺するのだ。
さて、抱月の墓は、故郷の島根県浜田市にもあるらしいが・・・ここからが知らない事でまたも驚く話なのでが、抱月の墓に向かい左方向の笹の中に須磨子の骨が埋まっているという。生前、須磨子が秋田雨雀に「私の骨は抱月先生のとなりに埋めてください」と頼まれたという。俄かに信じられない話ではあるが秋田雨雀研究会の書籍を読み進める中でかなり驚愕した。
霊園に行けばもっと愕然として人生って?と考えていしまう。既に何もない光景には唖然とするばかり。勿論、管理事務所の霊園案内図の「眠る著名人」リストからも抱月の名前は消えている。暫くは抱月の三女が守ってきたようだが、三女が2005年に亡くなると、親族の女性が墓の世話を引き継ぐ。そしてその女性が亡くなったあと、女性の遺族では管理が難しく遂に「墓じまい」することになったという。
最近は「墓じまい」といろいろ言われているが、実に実に複雑な気持ちである。
久しぶりに面白かった
2025 年 3 月 2 日 日曜日直木賞受賞の「藍を継ぐ海」。
理系作家という肩書の伊与原新さんの作品だ。
読書は好きだが、久しぶりに面白い本を読んだ。
初めての知識‼これまた良かったな。

四字熟語って・・・ 楽しいよ
2025 年 2 月 18 日 火曜日新聞社時代にお世話になったたからしげるさん。現在は児童文学の世界でも大活躍であるが・・・
「どっち? ラスト1行の四字熟語」(PHP)が新発売された。大好評『ラスト1行の四字熟語』、待望の続編です。不気味で怖いお話もある・・・実は私はこれが好きなのだが(笑)
ラスト1行は必ず「2択」の四字熟語で締めくくられているところがミソ‼
多分ね・・・
まさに、日ごろ、間違い続けながら使用しているであろう「四字熟語」の意味や使い方が身につく「一石二鳥」のショートストーリーです。前書と本書の2冊で238個の四字熟語が‼これってすごいよ。
時間あったら
たまにはスマホおいて本を読んでみては?

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「受賞」と久しぶりの眠り
2025 年 2 月 5 日 水曜日ある意味、暗黒のコロナ時代、手帳をしっかりと確認していかないと一体自分はあの頃に何をどうしていたのか?分からなくなっている。不思議なものである。その後に、諸々あって・・・ミュージカルなどで活躍されている先生にボイストレーニングをしていただくようになってから、何かが変わった。もう駄目だなと思っていた時間もあったが、ある時から、その不思議な変化に気づき、先生に伝えたところ「声帯も筋肉だからね」と言われた。そうか・・・声帯も筋肉かと❢感動した。妙に嬉しくなって、もやもやしていたものが払拭された。そして・・・
先般、2月1日にある「まちづくり」のプレゼンテーションがあった。しっかりと企画の意図を説明しないとならない。しっかりとした自分の声で。
企画書、申請書など諸々を提出した後で、いざ本番に強いと自分で思っても、ある賭けを自分の中でしていたので責任の重さで緊張が走っていた・・・終わって、審査があり・・・発表へ。2通りの現実を冷静にら受け止めなくてはと思いつつ、やはり、賭けともいうべきものに対する責任でまた緊張が走った。
「最優秀賞を発表します」という声の後に・・・奇跡だと思った。「ああ」と声にならない声が心の中で響いた。見事、受賞‼
懇親会の時、審査員の方々とまた話で盛り上がった。
その夜は久しぶりに・・・泥のように眠った。
昭和の歌謡曲
2025 年 1 月 31 日 金曜日先般、「昭和の歌謡曲を歌いたい❢」という会?があり、久しぶりにカラオケを楽しんだ。何年ぶりだろうか?合唱はやっていてもクラッシックが主だから、歌謡曲をカラオケで歌うことは本当に楽しかった。
しかしある女性が熱唱していた歌の中で「ダイヤル回して~」。おいおい、それは電話?と、皆で大笑いしてしまった。「改札口前の伝言板」など今では全く意味不明の歌詞が連続で出てくると実に楽しいものだ。
たまには昔を思い出してみるのもいいものだ。
今はない歌詞の世界を調べてもまた面白いなと・・・いつもの悪い癖が出てしまった(笑)

大谷資料館 地下採掘場へ
2025 年 1 月 3 日 金曜日2025年1月3日‼またまだ屠蘇気分‼ そんな中、栃木県の大谷資料館・地下採掘場跡へ行く。ここは1919年(大正8年)から1986年(昭和61年)までの約70年もの歳月をかけて 大谷石を掘り出して出来た巨大な地下空間。テレビなどでは見ていたが、なかなか興味津々でも行けなかった場所。結構、パワー必要な階段‼の連続に続き、2万平方メートルにもおよぶ広さ。且つ、坑内は冷蔵庫か?といった感じ。今では、コンサートや何と結婚式も開かれるが、戦争中は地下の秘密工場として、戦後は政府米の貯蔵庫として利用されていたらしい。迫力満点です。



チャリティディナーショー開催の心とは?出会いと感謝
2024 年 12 月 7 日 土曜日12月8日(日)は神楽坂女声合唱団のチャリティーディナーショー。2000年の5月に結成された合唱団も24年目の年末のショーを開催するとこができる。やはり感謝しかない。今年も2名の団員の「死」の報せがあった。その度に哀しみを感じ、そして自分でもびっくりするほどのそれぞれのな素敵表情と印象的な言葉を浮かべることが出来る、
今年の曲のひとつに「昴」がある。1980年4月にシングルリリースされた谷村新司さんの曲である。60万枚の売り上げがあったという。今回、私たちが歌うものは編曲もあってか、かなり凝った作りになっている楽譜。曲は勿論だが、歌詞がとにかく素晴らしい。エピソードを読んだ。谷村新司さんがある時、引っ越しの為、荷造りの最中に「詩」は降り注いだらしい。思いのまま、段ボールに書き留め・・・その後20年ほど経って「これはプレアデス星団からの啓示」ということを谷村さんは言う。ブレアデス星団=和名が「すばる」である。これは、物質的な生き方に別れを告げ、目に見えないものを大切にする豊かな心を求めていくものたということ。突然、降り注いだ啓示とは?。
嗚呼‼ 2023年の10月8日に亡くなった谷村新司さん。やはり彼は天才だったのだと思う。
いろいろな意味を理解し、心を大切にして12月8日は歌いたいと思います。そして今回のチャリティは能登へ義援金としてお渡しする予定です。
谷川俊太郎さん
2024 年 11 月 19 日 火曜日現代を代表する詩人の谷川俊太郎さんが、11月13日に老衰のため亡くなったというニュースを見た。享年92。
何とも無念というか・・・人ってやっぱり死んでしまうのか・・・と思った。
高校時代に詩を作り始め、1952年、詩集「二十億光年の孤独」を発表しデビューたれた。広い宇宙に生きる孤独な人間の姿を見事に表現。天才といえる表現。
生きるという素晴らしさをつづった「生きる」や、世界中で朝を迎える様子を描いた「朝のリレー」。これからも読み続けたい。
アートセラピー 一日体験
2024 年 10 月 24 日 木曜日先般、企画ものの件で、アートセラピーなるものを体験した。一人で絵を描いて。いろいろアドバイスを受けるものかと、簡単に考えていたが・・・参加者の二人が面と向かって好きな色のクレパスを選び、時間内でいろいろ絵を描くのだが・・・絵とというより寧ろ記号に近い感じか・・・
私は黄色いクレパスを選んだ。とくに「月」が好きなので、白い画用紙に真ん中ドーン❢と満月を描きたいと思ったその瞬間、相手がピンク色でワワワーっと描き出した。その女性の意外性?に一瞬たじろいだが、ふっと不思議な気持ちになった。あらら・・・相手が見えてきて、且つ自分の心の動きがだんたん分かるようになってくるのだ。これは不思議としか言いようがなかった。「会話は一切禁止」と言われたからか。会話なしで友人でもない人間とは?そしてう数分か、時間が経つと、他の人に交代する。いやはや、次は相手のイライラした神経?ストレスか?疲労感?なんともザワザワとした波が押し寄せてきた。「ああ・・・」と思った時、私は木を描き出し、そして枝に葉をつけ足していく。一体なんなんだ❢と叫びたくなる感覚だったが、相手の押し殺したような爆発しそうなストレスが伝播した。多分、私は必至にその木にしがみついたのか?そんな感覚で時間が過ぎた。
まだまだアートセラピーの第一歩らしいが・・・たまには数十年の間にたまった、社会性というか、生活垢を落としてもいいのかなと妙にすっきりした。