日常の会話の中で「ヤバイ」は完全に定着したようだ、結構まとも?真面目な話の中でも頻繁に出で来る。眉間にしわを寄せてはならないほどだ(笑)確実に定着したな・・・と。「マジ?」も確実に定着した感。
しかし・・・「はずい」と言う人も増えていて、これって本気で嫌だな!と思う。「恥ずかしい」と何故言えないのか?「はずい~はずい~」というほうがはずいよ。
日常の会話の中で「ヤバイ」は完全に定着したようだ、結構まとも?真面目な話の中でも頻繁に出で来る。眉間にしわを寄せてはならないほどだ(笑)確実に定着したな・・・と。「マジ?」も確実に定着した感。
しかし・・・「はずい」と言う人も増えていて、これって本気で嫌だな!と思う。「恥ずかしい」と何故言えないのか?「はずい~はずい~」というほうがはずいよ。
毎日、慌ただしくScheduleをこなしていると目の前のカレンダーが10月も約半分来てしまったことに改めて気づく。何やらいろいろ書き込まれている。私は全くのアナログ派で、手帳に書きこんでいかないと、なんというのか・・・その様子がアタマに入らないタイプである。文字で書いていくと本当に全体像が構築で来て、足りないもの、足りない事が判るきがする。
いつも頼んでいる手帳にしても今年はどうしようかな?とかんがえている。今年一年の向かい方が正しかったというより自分にとって快適であったか?と考える。
たしか10代後半から20代前半にかけて、手帳には読んだ本と読みたい本を書いていた。今はほとんどAmazonで書籍は購入してしまうが、当時は図書館で借りるかまたは絶対にほしい本は購入したい希望で輝いていたのだと思う。ポン!と選び、Amazonでシュッとクリックして注文できる世界とは全く異なっていたのだと思う。そして「保存版」にしたい本に対しての愛の深さは格別のものがあったなと。今でばんぱん読んで、不要になったものはBOOKOFFで引き取ってもらい、かなりの古書関係は図書館でワンさと借りてくる。同じ本との付き合いではあるものの、違うんだなと。
実に・・・カレンダーも然り。昔は家の中にどこにもかしこにもカレンダーなどなかった?気がする。時間を知るには時計、も日めくりカレンダーの言葉に感動か?どこかの企業のロゴなど入ったカレンダーが新聞販売店か、かなりデザインのこんだ分かりにくいものなどなど・・・こんなにも多様化している。

10月7日(木)の午後10時41分ごろ、千葉県北西部を震源とする強い地震があった。揺れ方が酷く、「ついにきたか!?」と思い、ニュースをつけた。
埼玉県宮代町、23区では足立区で震度5強を観測した。震源の深さは75キロ、まぐにチューは5.9。今後1週間は余震に注意と専門家の弁。ただ、東日本大震災のの時も、熊本地震でも3日後くらい?にドッカーンと大きな地震がきたかと。とにかく予測不能の恐怖。家具の固定、そしてある程度の備蓄はしておかないとな。
2021年10月1日から京都、兵庫、福井、金沢をまわる。兵庫では但馬の「法華寺」を訪ねなくてはならなかった。土砂災害で現在、山道は修復の工事中である。クルマは用心しながら進む。そして法華寺へ・・・あまりにもいろいろな不可思議があり、宿題をどっさり与えられたという感じである。いきなり解決とはいかない。多分時間もかかるのだろうが・・・進め方は生き方にも通ずるのかとふっと思った。
昔から、台風というと凄ーく早く過ぎ去ったという記憶がある。最近の台風の進み方って何かのったりのつたりして遅い気がする。なんでも、地球温暖化の影響だと聞いた。本当に地球の事が心配!また日本列島に台風が近づいている・・・

この一週間ほど、殆ど書類整理に追われている・・・いや追われていた。しっかりファイルしていたつもりでも意外と「あれ?どこだっけ?」というものが多いのだ。日々、それに没頭でもしていればいいのだろうが日常生活はそうもいかない。日々に起こることが多すぎるのだ。何かしらん?と思うと要は軽いストレスである。
そんなこんなで銀行の担当者と話していたところ、話が横道にそれた。「ある時、いきなり妻がいうんですよ。あなたの保険とか、諸々はどこにあるの?」と。多分、ひやっとしたのか?しかし、やややっ!ファイナンシャルプランナーなど山ほど資格所有のしっかりきっちりした担当者はどうしているのか?もう私は、興味津々である。彼は「前に使っていたビジネスバッグがあるんですけど、そこに全て入れてあったんですよ」と私に言う。「へぇ~」と私はまだ興味津々は続く。何故夫婦間でそんな話が出て来たのか?そのあたりも気になったが、打ち合わせの横道にそれすぎてきたので・・・「大変ですねえ~人生は」と相槌をうった。「古いビジネスバッグに入れて・・・」それで最後に「鍵をかけています‼」と彼は言う。つっこみどころ、まだ満載であるが横道にそれすぎているので「鍵ね~!ほっほー」と私。
よくよく考えると、よほど何か大事件でも起こらない限りは。しっかりものの夫婦だろう。しっかり者夫婦は自己管理なのかと。それぞれの保険だなんだかんだはしっかりし自分で管理。それもしっかり鍵かけて・・・ふむふむ、なるほど!
人生が少し見えてきた私なんぞは、何かあって自分がぶっ倒れた時、その鍵のありかもわからなかったら・・・バッグなんて壊してしまうのだうなと。まだまだ、そのあたりの事情というか空気間はある程度加齢しないと分からないのだねと。
・・・・といろいろな刺激チックな話を聞きながら、整理しているとご立派な金庫みたいなものが出てきた。発見という感じである。一体、何をいれようとしていたのか?と思ったらおかしくなって笑ってしまった。よくよく見たら、鍵なんてどこかへぶっ飛んでいようだ。鍵なし金庫・・・笑える。しかし、宝も入っていないのにもの凄く重たい金庫だ。昭和時代に「大切なもの」と多分、大騒ぎして買ったのだろうと思った。
しかしね・・・令和時代になって、こんなにデジタル時代になって出てきた金庫!どうするの?鍵がないのでまあ重要書類でも入れておけば今回のように「あれ」と言われた時にとりやすいだろうな。
整理整頓は大切である!
ふと10年後の世界を考えていた。
「進化するテクノロジー同士が融合する「コンバージェンス」により、テクノロジーは加速度的に進歩しているのだという。コンバージェンスは破壊的なイノベーションをもたらし、社会を大きく変えていく。たとえば、スマートフォンの登場はごく最近のことだが、私たちの生活を一変させてしまった。カメラや地図、電話、メモ帳、ゲーム機など、多くの機能が標準装備となり、多くのものが必要なくなってしまった。破壊的なイノベーションは市場そのものを破壊する影響力を持つ。今後も、私たちは次々とコンバージェンスから大きな影響を受け続けることになるだろう。」
こんな一節を読んだからか?
あるイベントの参加者募集方法で改めて「盲点」に気づかされた。「QRコードなんてできないよ!と叱られた。「FAXがないよっ」と叱られた。大半の人はインターネットで申し込みしてくださるが、対象の年代そのものの幅によってひらきがありすぎるのが現代。
実に混沌としている2021年・・・もしや、2020年の記憶かぶっ飛んでいるからか?
今後の10年後に対して、何故かワクワク感が生まれてこない。どうしたものだろう。遺すもの、見失ってはいけない・・・いろいろ考えればかんがえるほど・・・冷静にコツコツ進もう。
先ずは健康でボケないで生きていられれば!
ある方から『東京の生活史 』岸 政彦 編集を読むとていいのでは?と勧められて早速注文した。50人が語り、150人が聞いた、東京の人生という内容である。〝いまを生きる人びとの膨大な語りを一冊に収録した、かつてないスケールで編まれたインタビュー集〟とあったが届いて実際に手にしてみるとその膨大さというか、ずっしり感ら驚く。広辞苑の重さ?と単純に思ってしまった。
……人生とは、あるいは生活史とは、要するにそれはそのつどの行為選択の連鎖である。そのつどその場所で私たちは、なんとかしてより良く生きようと、懸命になって選択を続ける。ひとつの行為は次の行為を生み、ひとつの選択は次の選択に結びついていく。こうしてひとつの、必然としか言いようのない、「人生」というものが連なっていくのだ。
その解説にある通り。一人一人の人生のなんと重みがあるものかと。自分の人生も時としてちっぽけだな・・・と思うことしばしば。でも、今、自分がこうして生きていることは、何とも途方もない祖先の連鎖によって出来上がっていることに気づく。
この書籍に向かうには・・・少し気持ちをたいらにして・・・
