昨日は出版社のインタビューだった。昭和100年がテーマだったが・・・そんな広大なテーマの中で自分が生きているちっちゃな数年の想いを語る。約2時間ほど。この日までいろいろな昭和に関する書籍などは読んできたし、いろいろな思い出も整理してきた。しかし何もかもが大きい過ぎて、自分のちっぽけさに改めて気づいた。しようもないけど。とにかくのびのびと「令和時代」から未来へ、生きていこうとグン!と誓った。
‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ
雀がいない・・・
2026 年 2 月 24 日 火曜日随分と時間は経っているのだが、ずーーーーーっと考えていたことがある。というか「なんか・・・雀の姿を見なくなったな」と。本当に雀が私の周囲だけか?(笑)いないのだ。カラスは大いにカアカアないているし時折、悠々とムクドリが歩いていたりした。びっくりするようなオウムのような鳥とは遭遇することもある。しかし・・・雀の姿がないのだ・・・
2026年になりました
2026 年 1 月 1 日 木曜日2026年1月1日を迎えました。
朝の青空と白い雲!
地球上が平和であること
皆が健康であること
未来を思う気持ちがあること
誰かを想う気持ちがあること

2025年 ありがとう!
2025 年 12 月 31 日 水曜日2025,年のクりスマスはギター演奏家の福田進一さんの「70歳記念 クリスマスコンサート」を浜離宮朝日ホールで堪能、福田さんの素晴らしいギターの旋律に酔いしれた。
友人たちとの忘年会が続き、そして、語りあう。
そして2026年のカレンダーを見ながら、とにかく!健康第一に頑張っていこうと心に決める。
・・・そんな大晦日である。
正月料理もほぼ出来上がった。
屠蘇祝をするという日本の文化が次第になくなっていくのだろうなあ・・・そんなことを思いながら。
そして、いきなりだったが、12月28日に行った某昭和のスナック。
「年末で閉めるのよ~」というママの声に、60年の歴史にまくがおろされたと客確信した。
忘れない!
決して!
駅で「さよなら、おつかれさま、あれがとう・・・よいお年を」といろんな言葉で別れた夜は決して忘れない、
2025年!有難う!
ChatGPTの刺激と時代の風
2025 年 10 月 19 日 日曜日めざましく進化する時代・・・最近はいろいろ考えることも多い。昭和という時代に仕事の大半?をしてきたからか。本当にめざましいとしか言いようがない。
「これからは一家に一台。パソコンの時代がくる」なんて報告書・・・遺跡か?と思える。FAX導入の日、狂気して喜んだ。先般は鉛版の話をじっくりきいて、その古い記憶のはしきれを思い出した。
今、令和7年・・・2025年。
ChatGPTにより「猛烈に理解力が高まって、今は数学が楽しくてしようがない」という中学生の声を聞いた。そしてある経営者もまた、「ただただ凄いんですよ。思っている以上の表現と速さで仕事をしてくれますよ。聞いてくださいよ」と読み始める文章。そして満面の笑顔と弾けるほどの明るい声。
便利になった・・・と確かに思う今日この頃。ただ、本気でしらべものをしないとならない時、私は数冊の書物にかこまれてある意味闘いに挑んでいる。〝調べる〟と言う事、と言う時、未来に向かってどう対応していくのか?と考えるとかなり時間が経っている事に気づく。
記憶が蘇り・・・ひとつひとつの記憶が実にいとおしい。メモ帳に必死に書き込んで記事にしていた時代。新聞が出来上がるまでの人々の関わりと膨大な作業。本当に「あああ~疲れたぁ」と言う人々を癒した一杯のコーヒーの香り。そして感情の整理をしていたのだろう、仲間たちとの乾杯。
あと何年生きるか?神のみぞ知る世界で、私は何を知り。何を考え、思い出し、記憶の中に生きている人々の声や仕草に胸の奥に生まれるあつさょ感じていくのだろうか?
「時代」を読む力かな
2025 年 10 月 3 日 金曜日深く考え込む話ではないが・・・少し前であれば「元・・・」という名刺をいただいても「あらま」程度でいたものたが、最近はちょっと?マーク気分になる。分析していけばいろいろな心理学の世界もあろうし、また皆それぞれであれば大したことではない。が、やたらと多い(特に男性たち)のは何故だろう?と思ってしまう。
ある転職会社をつくった方に聞いたが、本当に「~で~部長やっていましたから」と自信たっぷりの方が実に多くて、結構今の時代を知らない人が多いと聞いた。「就職先は実に難しいですよ・・・だから無いです」と聞いた。大変な事たせなと。本人は自信たっぷりであっても・・・・要は「時代」を読めない。
本当に自分の「強み」を探しぬくことだろうなと。そして、つの強みは更に磨き続けれなければならないという事。
真夜中の哀しみ
2025 年 9 月 23 日 火曜日漸く、このところ秋らしい風が吹き、何となくほっとしている。
敢えて並べないが、昔、観た映画が物凄く懐かしくなるのは一体どうしてかな?と思う。
真夜中にたまたま、スキャンダルというのか・・・話題のテレビ局の新入社員が自分の勤めるそのテレビ局の社内ドキュメンタリー番組を制作していた。はじめはハッとして興味津々で見たが、途中で猛烈に哀しくくなった。
若しい時代にお世話になったプロデューサーももう過去の人々だろう。「恥ずかしい」と勤務先のテレビ局の事を言い、転職も考え、一部内定までもらったものの断った・・・そのあたりなど私にとっては全く理解出来なかった。
あああ・・・
時代が本格的にゴオゴオと流れていくのだろうか?恰も、昔話でしか知らない話で一杯の記憶を保存した頭、何とも真夜中に情けなくなってしまった。
言ってはなんだが・・・本当に致命的なスキャンダルだったのだろうか。まだ知らないものが蠢く世界があったに違いないと思うしかない。
週末は企画したツアー。とにもかくにも「猛暑」と「雷雨」はないように・・・お願いです❢神様❢
クマと遭遇した、あの夏の日
2025 年 9 月 11 日 木曜日最近、住宅地などにクマが現れたニュースを見ると、驚きとともに昔、登山している時にクマと遭遇した時の事を思い出す。よくできた話のようだが・・・
決して作り話ではない。クマザサががさがさ揺れて、ぬくっと黒光りしているクマと目と目があったのだ。「死んだふりするか?」「木に上るか?」といろいろ考えながらも、全くカラダが動かなかった。「人生ってこんなに早くおわってしまうのか?」と思っているうちに、その黒光りしたクマはずんずん山の奥の方に歩いていった。
栃木県の庚申山という山だった。恐怖で、ひょこひょこと歩き、山小屋に漸く着いた。山小屋のご主人にその話をしたが、笑いながら「見間違いだよ~サルかシカだ」と言われた。そんな昔の夏の日のひとこま。
しかし、クマの環境もこの長い時間で変わってきている。クマの環境・生態も変化しているのだ。現状をよく理解してクマ問題を考えなくてはならないと思う。
自然消滅か
2025 年 9 月 5 日 金曜日「ちょっと体調崩していて」「忙しくて」・・・まあ、むいろいろあるものだが、最近は高齢であってもどうも「自然消滅派」が多いように思える。例えば会社を辞める時も。いろいろんな役職から離れる時も、とにもかくにも、相手先に「連絡」は当たり前の事だと家庭でも、社会でも教えられてきた。日常生活で当たり前の事として・・・しかし、最近感じることは実に自然に「自然消滅」の方々。催促でもなければできれば静かに幕引きか?なんとなく・・・しずかに・・・ことはあらだてたくない・・・風潮?なのかしらん?と思う。というより、露呈されてしまう時代に入ってしまったのだと思うようにしている。そして?マークがいっぱいになったら・・・離れよう。
いろいろあるけれど人の噂もなんとやら・・・そんな事があったっけ?とものを忘れていくのが人である。




