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ichiko | ichikoTV - Part 13 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

何と申しましょうか・・・

2022 年 3 月 7 日 月曜日

最近は「普通の・・・」とか「当然の・・・」ということが何であるのか?分かりにくくなってきた。ただ、決して嬉しく小躍りしてしまうほどの真逆の現象は人間の本性をも丸裸にしてしまう、そんな気がしている。コロナ禍も3年目に入って、「来週には」といったようなことが言えない事態がワンワン押し寄せてくる。そしてウクライナ問題にしても然り。全く!真逆の考え方をする人も出てくる。楽しく過ごしている時は決して現れない?顔や考え方なんだろうと思う。しかし、決して否定はしてきならないのだろう。道徳から外れていることがらとは別にという意味である。


クルマの運転、ゴルフのプレイをみればその人の気質や人柄が大いに出るとは聞いたことがあるが、実に人間とは変容していくものだ。クルマも乗らず、ゴルフもしない人であってもこうした社会情勢にあってももろだしである。

歴史を刻む「法明寺」の梵鐘

2022 年 3 月 4 日 金曜日

先般、ロケで雑司ヶ谷歩きをしたが、江戸時代から桜の名所でもある「法明寺」がある。宥元年(810年)真言宗「威光寺」として開創され、正和元年(1312年)、日蓮聖人の弟子の日源上人により日蓮宗に改宗され、「威光山法明寺」となった寺である。その境内には酒井抱一が描いた朝顔と戸張富久の句が彫られた「蕣(あさがお)塚」や、曲尺、算盤、枡、天秤など度量衡の珍しい紋様が描かれた梵鐘がある。この梵鐘は第二次世界大戦の時の供出を免れたものだと聞いた。あの金属類回収令。武器になった多くの武器たち。暫く無言で梵鐘を見つめた。

800年ぶり

2022 年 2 月 22 日 火曜日

2022年2月22日はその日が来るまでワイワイ騒がれていた。なんでも1222年の鎌倉時代から800年ぶりとか。それに2時22分になった時も大騒ぎ!にゃんにゃん騒ぐ人にとって「猫の日」とか。まあ騒げる時に騒いでいるとよいね。

安堵感

2022 年 2 月 15 日 火曜日

このところ、週末の極寒!大雪警報といった予報が少し外れて、おやおやと思っている。AIさんも少しずれる事があるのか?とちょっと安心というか、不安も含んだ安堵感。変な言い方だが。寒さとコロナ。いろんなものが相俟って、不思議な空気感がある。ふーっとね。

なんでもかんでも動画配信への時代

2022 年 2 月 11 日 金曜日

2022年2月11日は「社会貢献活動見本市」の動画収録。本来であればリアルな開催で、人々の交流から新しい発見が続出し、いろいろネットワークが広がった。しかし、3年目のコロナ禍?どうにもこうにもならないという状況ってこういうもんなんだなと思う。

リモート会議だ打ち合わせ、動画収録配信、ネット!ネット!完全に今まで描いた事もない「世界」にどっぷり状況となっている。困ったことだ~なんで言っていられない。トシとったんだなぁ(笑)頑固さに磨きがかかっている今日この頃。思い出せば昔から、先ずは疑う癖があった、「違うだろう」と。いわば天邪鬼。天邪鬼もこの社会で生きていくには、素直に、冷静に、たんたんとこなしていくしかないのだ。

進化の良い点をとにかく見つめて進め!でもどっぷり~ゆったり~が絶対に出来ない天邪鬼は日々、呻いてしまうのだ。笑うしかないけれど!アハハ

午後のインタビュー

2022 年 2 月 1 日 火曜日

昨日は区史編纂の中の人物インタビュー最後の回であった。私は、何故かその方を前に、「ああ!なんということか!」と思ったのが〝最初〟であった。

人間とは実に不思議な生き物で、いろいろな情報を詰め込みすぎていると誤ることがある。その人物に会ったその瞬間に感じ取る、なんというか・・・直観?直感?感覚か?それは物凄いスピードで脳内で処理されて行く自分を感じ取りながら、「本日はお忙しい時間を・・・」と実に月並みな表現でインタビュー開始となった。

インタビューが終わった。

最後・・・取材が終わった後だった。「ああ!何という事だ!もっともっと純粋に人を愛していこう!」と思った。

そう、人生の成功だ失敗だ、なんだかんだ、もろもろの事象に対して、人間というものはいろんな事を言い出す、吐き出す生き物だということ。

昔、父がよくぼつんと言っていたというより呟いていた「妬み、嫉み、恨みはダメだよ」と。トシは大いにとったものの(笑)まだまだ胸はって「長い人生を歩んでまいりました‼なんてといも言えない。口が裂けても言えない中途半端丸出しの人生経験。そんな自分が実に素直に感じた「瞬間」の直感である。こりは確かな事だと思った。

人は人の事をもっと純粋に愛していかないといけない・・・

それは、理屈でも論理でもなんでもなく、ましてや〝他者〟の言い分や感想やら情報なんてばかみたいに全て信じるものではない。

その発露は心の叫びにも似ていた。

おはよう!

2022 年 1 月 14 日 金曜日

いつも利用するバス停の前にカフェがある。待ち時間、ほっと一息いれる。あらら・・・寒い日は外の席に座る人もいないが、やってきたのはヒヨドリさん?しばらくキョロキョロして飛び去った。あ!もうすぐバスが来る!

2022年 初夢

2022 年 1 月 3 日 月曜日

初夢!

一富士二鷹三茄子・・・本当に見た事は一度もないな。

2022年の初夢はすっごくきれいな海の中を泳ぐ夢だった。

スイスーイ

大空を飛ぶ夢はまるで鳥なのだろうが、海の中では一体何だったのだろう。

魚感覚も鯨感覚も何もなく、人間の自分だった(笑)

美しい海藻が揺れて、光がキラキラと注いでいた。少し食べてみると海藻は実に美味しかった。

ん・・・夢診断でも見て見ようかな!

年賀状から見える事と感じる事

2022 年 1 月 3 日 月曜日

毎年の年賀状。宛名が見事に美しいことに感動したのはいつのことだったか?それぞれの人の直筆というものが全く分からなくなった昨今。

会社勤めが終わったのを切欠に「賀状終いをします」というMESSAGEがとても新鮮だった。なんか「墓終いに似た響きがあった。

フェイスブックに年賀状を映しこんだもののなんと多いことか!感心するほどに多い。ビックリした。これもまた時代とその人のモノの考え方なんだなと思った。

「ロスに行きます‼あちらで雑貨店(笑)オープンです」というテレビ局勤務の彼女とは本当に長い付き合いだ。あのバブリーな時代に異常ともいえる企画がどんどん弾けた。死語だろうが「いけいけどんとん」時代のあまりにも懐かしい光景。ロスで店オープンくらいじゃ驚かない(笑)

ある時から来なくなった賀状。人間関係が切れたわけでもないから・・・多分といろいろ想像する。その想像が多分ね・・・と思う。何故か?連絡出来ないでいる。

SNSが当たり前の時代になって、そしてこのコロナウイルスによってこれまでの生活も変化していくことは止めようもない。何が正しい!なんていう事は出来ない。500枚すこしか、年賀状を出していた頃の自分は霧散している(笑)

メールで連絡しよう!と思う人々。寒中見舞い状を出そうと思う人々。いろいろ様々!でも・・・本当に直接会いたい!という衝動のある人々もいる。このリアルな会いたい気持ち。人間って生き物のいいところなんだよね。

2022年の朝 おめでとう

2022 年 1 月 1 日 土曜日

2022年を無事に迎える事が出来た。自分にとって実に「激動」だった2021年。嵐のように雷のように炎のように過ぎた。気づけば2022年へと時が音をたてた。

昨年、年縞が世界で唯一見られるという福井県の水月湖を訪れた時、宿屋で飲んて感動した日本酒「早瀬浦」を正月の為にとっておいた。じっと耐えて(笑)もう!良し!と飲む元旦。

今年は優しくしなやかに生きようと思う。