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‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

コロナ禍の〝死〟をみて

2021 年 12 月 29 日 水曜日

コロナウイルスの力をしみじみと感じた一年だった気がした。

叔母の死。同居する息子夫婦も分からないほど眠っているような最期であったという。享年91。昔「人生っていろいろ辛いこともあるけど、5歳で亡くした息子の死ほど辛いことはないと思う」と私に話してくれたことがある。まだ若い自分にとって。その辛さも悲しみさえも判らなかった。親友の妹の突然の死。親友の結婚式の時、まだあどけなく笑う中学生だった姿しか記憶にない。仕事でお世話になった方々の死。まだ、パソコンのメアドはそのまま・・・見つめるだけだ。

その死に対してもこれまでの世界とは変わっていたこのコロナ禍。なんということか!と思ってもそれを認める事しか出来なかった。知人も実の弟の死の報せをうけることが出来ず、怒り、悔いて、怒り、悔いて・・・それで納得していた。「こんなことってあるのか?いくら離れていてもだ。納骨しましたからはないだろう?」と私に言った。

葬儀日程も知らせずにという方が多かった。あとで亡くなったことを聞く事になるとは!あまりにも記憶が鮮明過ぎる方の死を知らされることは辛い感情を超えていた。皆か「コロナだから」とは言うものの、それまでの人間関係が、心の様子が見事に表出した年だったと思った。

地球の歴史から思えば、人間の一生のなんといあっと言う間の事か!その命ある時間の中で何を感じて何に気つくか?これが分かったとだけでも幸福だということだ。

写真のコピー

2021 年 12 月 17 日 金曜日

丁度、叔母が亡くなって1か月ほど経つ。息子夫婦たちと一緒に暮らし、その自宅のベッドで夜明けか・・・それこそ静かに静かに息を引き取ったと叔母。老衰とか。享年91だった。人生100年とは言われる中それは静かに眠るようだったといとこが言った。病室でもなく、家族とともに自宅で・・・コロナ禍であり、病室であっても見舞いも厳禁の今は何か心がガサガサする。今はそんな時だ。良かった、叔母は幸せだと思った。

ひとまわり下のおばから、昔々の写真のコピーが送られてきた。若くして亡くなったいとこの写真もあった。彼女は本が好きで、夏休みには本ばかり読んいた。ピアノもうまく、自分で作曲もしていて、よく私に聞かせてくれた。宝塚にも最初に連れて行ってくれた。ある時、アマチュアバンドの演奏に親に内緒で連れて行ってくれた。その後、私が友達と内緒で演奏をききに行き、それを話した時、「だめじゃないの!」と叱られた。想い出が甦った。懐かしさで胸がいっぱいになった。

若い若い叔母の写真。祖父の育った家の前での写真だ。「人生ってね。いろいろ辛いこともあるけど・・・5歳で亡くなった時ほど辛いことはないと思うのよ」と長男を亡くした話を私に言った叔母の表情が忘れられない。

写真はいろんなことを思い出させてくれる。

愚痴ってね・・・

2021 年 12 月 16 日 木曜日

2021年も師走。また朝夕寒くなって・・・そりゃあ愚痴もでるだろうけれど・・・どうも愚痴ってきいても楽しくないし、何も生まれないということが分かる。でも、ある程度トシをとってもまた泉の如くに愚痴が出てくるものだと聞いている。どこで切ればいいのか?分からなくなっている、攻撃的になる方が多い。そのパワーで何か社会に役立てる事が出来ないものかと思う。だいたい、「恵まれた人が社会貢献なんかできるのよ」とか言うがも違うだろう。今の世の中、本当に幸せな生活ではないか?と思える。敵か味方か?なんか考えずに、命までとられることもないだろう?と。この師走に愚痴はいっぱい吐いてください!それで吐き終わって、新しい年を迎えましょう。

年末の悲しみ

2021 年 11 月 27 日 土曜日

健康補助の為に少し気に入ったサプリメントを服用し、定期的に歯科の診断を受け、毎年誕生月には脳検査をしている。ふと・・・なんの為?と思った。

年末は本当にある意味いやだ・・・賀状欠礼の通知を受け取るからだ。その中に親友からの通知があった。妹さんが突然亡くなったとの報せ。入浴中のことだったらしい。年の離れた妹さんはまだ若い。私たちが成人式で騒いでいた時、まだ小学生だったと思う。どっと過去の記憶が蘇り、悲しみが押し寄せた。自分より若い女性の死・・・本当に悲しいだけ。

年の瀬にむかい、何とも言えない時間が過ぎる。これほどに過去の記憶とは甦るものかと不思議になった。「幼い頃の妹の写真ばかり・・・」という親友の声にまた悲しみが襲いかかる。


神田の古本屋街を歩き・・・昔の仕事仲間たちと会い・・・

2021 年 11 月 19 日 金曜日

11月19日、立教大学の秋期講座3回目が終わった。「歴史・記憶」をテーマに大学生と対面するということは、自分にとってもまたとない新しい発見のきっかけとなった。人は敢えて「何か」が起らないと思い出すとか考えるという作業をしなくなるもの。記憶を辿り、再度、思い出し、見直すということの体験をしたと思っている。学生の皆さんに心から感謝!

夜は、本当に本当に久しぶりの再会!昔、新聞社勤務時代の仲間たちと神保町で会う。少し早めに駅に到着。久しぶりに古本屋街を歩く、不思議と昔、父親がこの古本屋街に連れて行ってくれたことを思い出した。そして、確か・・・ハクスイドウか、お茶とお菓子を食べた。懐かしさで一杯になりながら神田を歩く。気に入った本を見つけ、しばし店頭で読んでしまう。ああ!至福である。

コロナ禍でなかなか会う事が出来なかった仲間たち。もう2年近く会っていない。でも・・・メンバーが一人かけ、二人かけ・・・そんな「現実」もある。辛くても向き合わなくてはならないのか。思いっきり笑って笑っての中、ふっと亡くなった仲間の横顔が目に浮かぶのだ。これまた人生なんだと思いつつ。それでもこの共有感は人生の宝物だ。

手つかずのファイルを開けた

2021 年 11 月 13 日 土曜日

〝断捨離〟という言葉は最初に聞いた時からあまり好きな言葉ではなかった。それに私自身、小さい頃は本当に片づけの出来ないアホな子どもだった。人任せの実にいい加減な奴!という感じの子どもだった。

が!しかし!時間の経過は不思議なもので、今では片付け魔というほどに整理整頓好きとなった。時間見つけては整理整頓している。こんなにも「人間って変われるものか?」というほど今では思う。そもそもの気質はそれほどに変わっていないと思うが、どうしたのだろう?(笑)

しかしね・・・手つかずのファイル。ずーっと気にはなっているものの手つかず数年、いや数十年の経過。それは膨大な「手紙」類。実に悩ましい。本当に気が重いが、開いてみた。あぁぁぁぁ・・・思った通りだ。ボウゼン状態のまま、しばし息継ぎ。しかし、おかしなことに「この人誰だっけ?」という人がいるではないか。私、アタマおかしいんじゃないの?気分である。ただただゴメンナサイ。

そんな中、大学時代のゼミの恩師のハガキの数々。これはやはり捨てられない。そしていろいろあって相談にのって下さった方からのハガキや手紙。ああ!これもダメだ・・捨てられない。そんな中「久しぶりに人間ドックに行ったけど・・・健康第一だよね!」と明るくポンポン跳ねた文字で書かれたハガキ数枚。彼女は若くして呆気なくクモ膜下出血で亡くなってしまった。あの時も呆然だった。そして、女友達の「結婚式」招待状・・・すったもんだすったもんだ~で二人は別れてしまったな・・・これはナシにしよう。あっ!開封していないものもある。写真入りと書いてあるではないか!。「どっ!どうしたんだ?」。開封すると・・・散骨にいった時の写真数枚と手紙がある。きっと開封も出来なかった時なんだろう・・・とふっと思った。時が過ぎてしまった。

小説読むより面白い時間が過ぎた。何故って、人々の人生の呟きが聞こえてくるから。そしてその呟きを聞ける記憶がまだあるからか。

寂聴さん 安らかに

2021 年 11 月 12 日 金曜日

情熱的な愛と生をつづった小説や、法話などの活動で有名な僧侶の瀬戸内寂聴さんが11月9日に亡くなった。享年99。

最近は90代に突入できた方は天才というか一つの才能だと思っている。圧迫骨折や胆のうがんなどで痛みとも闘われてきたようだが、本当に見事な生き方だと思った。

かなり昔の話だが、講演会の講師にと瀬戸内さんに連絡したことがあった。普通は秘書さんを通すのだろうが確かご本人といろいろ話したことがある。ただ、「姉が亡くなって、悲しくて悲しくて、とてもとても今はお引き受けできないの」と仰った。その言葉ひとつひとつが妙に新鮮だった気持ちだった・・・そんな記憶がある。

何故だったのか完全に忘れているが、法話をおききして、はらはらと心が涙で一杯になって、すっきりしたことがあった。何の悩みだったのか?今は忘却している。人間っていいかげん(笑)

99歳とは!それだけでも素晴らしい!

やすらかに・・・あちらの世でも法話を

幸せのスイッチ

2021 年 11 月 9 日 火曜日

生きているかどうか全く想像も出来ないが、2050年の世界を予想した書籍など読んでいると、ほっ~と心の中にブラックホールが現れる。こんなに大人になっても?それほどワクワク感もない部分に触れると、何故か、昔々の何もかもがフレッシュだった時間に戻りたいと思う事もある。

例えば、デジタル面の端境期はいうになれば本当に大変な時代。先般のイベントでも申し込み方法から戸惑っているゾーンをどう救いだすか?に追われた。「QRコードなど読めないけど」「インターネットをしないので分からない」そして「FAXがないから・・・」と諸々の問い合わせが携帯にかかる。そんな層がいるということが例えば若者たちにいうと不思議な顔をするのだ。彼らにとってはもう「普通」「日常」の環境だから。この感覚の事は幅広い世代を相手にしていると本当に難解極まる世界となる。これって・・・体験しないと分からないな。

未来予想図で見ている映画やドラマの世界。どんな未来が訪れてくるのだろうか?よく「昔の事はよく覚えているのに、ついさっき起った事を忘れる」と高齢者の介護の事できかれる言葉だが、最近は年取ったらなんと幸せなスイッチが人間には入るのだろうか?と思う。幸せのスイッチ、若かりし頃は考えもしなかったスイッチである。

時代かな・・・

2021 年 10 月 30 日 土曜日

最近仕事をしている中でふっと気づく事がある。自分がかなりの年長者になっているという事だ。若かった!なんて言えるのは本当に~本当に~随分と前の話であることは分かっていても、計算すると・・・おおおぉぉぉ・・・ある意味ぞっとしてしまうのだ。それほどに時間が経過したということだ。

そして、なんともキラキラネームというのだろうか?ルビふってもらわないと本当に本当にまず読めない名前が多い。男子もそうだがだいたい読めるが特に女子の名前。芸名のようで、凄い!考えもつかない読み方。

大昔の話。私が小学生の時、同級生はだいたいが「~子」だったと思う。和子、明子、喜子、昌子、優子、美智子、・・・時々、弥生ちゃんとかいた。親がどんな気持ちを込めたかわかる気もした。

下級生に「さくら」「あおい」「ふよう」ちゃんなどいるとワイワイ騒いだものだった。6年の時、1年生に「つばき すみれこ」という愛らしい少女が入学した時し「いいな!いいな!」と言いながら、みんなで大騒ぎした記憶がある。

多分ね・・・「~子」という名前はね・・・今後、出てこないのだろうなあ~と想像できる。これって時代なんでしょうね。

継続

2021 年 10 月 17 日 日曜日

10月13日に久しぶりに神楽坂女声合唱団のコーラスレッスンに出席した。もう600何日ぶりくらいだ。団員の一人が「楽譜はコビーしておくから」と言ってくれた。普通に進んでいれば楽譜の整理整頓などそれこそ当たり前にやっていたことだが、コロナが確実に日常生活に入り込み、ある「時」からこれまで必死に紡いていた事柄が何もかも崩壊した感覚を得た。無理に抵抗してもそれは無駄だと思った。そして、とびきりの才能があるわけでもなく、その中で、努力や練習もしない日々の中でどんな一歩があるのか?と思っていた。

久しぶり!とリハーサル室には団員の仲間がいた。どんな日々を過ごしていたかはわからなくても、打ち克っていたのだろう、明るく。そうでもなければ、いろんな一歩は踏み出せない。

全てが新しい楽譜。カツ代さんが作詞した「団歌」以外は全く初見だ。カラダ中の血が騒ぐ。続けていいのだね?と自分に問うてみた。