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‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

昔、映画「ひまわり」をみた

2022 年 3 月 19 日 土曜日

随分、昔の話だ。学生時代、友達と映画館へ行き「「ひまわり」をみた。涙を流していた。何故か悲しいと言って共に涙を流していた。

30代になってから40代になってから・・・この映画を改めてみたのだが、心を揺さぶるものが学生時代とは全く異なって、それは自分でも驚くほどだったことを記憶している。

冷戦期にソビエト連邦で初めて撮影された西側諸国の映画「ひまわり」。第2次世界大戦下、ジョバンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)は結婚するがその幸せもつかの間、アントニオはソ連戦線へ送られる。終戦後、戻らない夫の行方を追ってジョバンナはソ連へ向かう。漸く、夫の居所を探し当てるのだが、戦場で遭難した彼はソ連の娘に助けられて・・・

戦争によって、ひきさかれた夫婦の悲哀という、それだけのものでない事が判る。マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンという二人の名優。そしてヘンリー・マンシーニの音楽。あの映像と旋律。何よりもエンディングでの地平線にまで及ぶ画面一面のひまわり畑。このひまわり畑はソビエト連邦時代のウクライナの首都キエフから南へ500キロメートルほど行ったヘルソン州で撮影されたものである。

日々

2022 年 3 月 17 日 木曜日

淡々と日常生活をこなしていく

耳に入る数々の情報

全てが把握できない中で

落ち着かないその感情さえも封印して

静かなレジスタンスなのかも知れない

言の葉

2022 年 3 月 9 日 水曜日

アメリカ合衆国の飛行家のチャールズ・オーガスタス・リンドバーグ。1927年に「スピリット・オブ・セントルイス」と名づけた単葉単発単座のプロペラ機でニューヨーク・パリ間を飛び、大西洋単独無着陸飛行に初めて成功。1931年には北太平洋横断飛行にも成功した飛行家として有名である。

その1931年は航空路調査のため、リンドバーグは結婚まもないアン夫人と北太平洋をよこぎって日本を訪れる。千島を飛んでまず根室へきているのだが・・・・

リンドバークの妻のアン・リンドバークが千島列島の海辺の葦の中で救出され、いよいよ別れの時に横浜の埠頭で人々が「さようなら」と甲高く叫ぶこの言葉の意味を知らされて強い感動を覚えるのだ。

私はそのエッセイを読み進め深い感動に包まれた。

「さようならとこの国の人々が別れにさいして口にのぼせる言葉はもともと「そうならねばならぬのなら」という意味だとその時に私は教えられた。「そうならねばならぬのなら」なんという美しいあきらめの表現だろう。西洋の伝統のなかでは多かれ少なかれ神が別れの周辺にいて人々を守っている。英語のグッドバイは「なんじとともにあれ」、フランス語のアデューは「神のみもとで」と、再会を期している。それなのにこの国の人々は別れにのぞんで「そうならねぱならぬのなら」とあきらめの言葉を口にするのだ」と。

コロナ禍での日々を考えた。例えば・・・なんて言い方もおかしいが、叔母の亡くなった時も会えず、「さようなら」さえ言えずだった。

昨晩はふつふつと昔々の想い出をかみしめていた。余りにも仕事で忙しすぎた30代のある時、「電話くらいできるでしょ?」と言った叔母に対してそんなことさえ出来ないほど「今は忙しい」と返した自分のあまりにも幼稚な姿を思い出していた。

言葉は大切にしよう・・・もっと

何と申しましょうか・・・

2022 年 3 月 7 日 月曜日

最近は「普通の・・・」とか「当然の・・・」ということが何であるのか?分かりにくくなってきた。ただ、決して嬉しく小躍りしてしまうほどの真逆の現象は人間の本性をも丸裸にしてしまう、そんな気がしている。コロナ禍も3年目に入って、「来週には」といったようなことが言えない事態がワンワン押し寄せてくる。そしてウクライナ問題にしても然り。全く!真逆の考え方をする人も出てくる。楽しく過ごしている時は決して現れない?顔や考え方なんだろうと思う。しかし、決して否定はしてきならないのだろう。道徳から外れていることがらとは別にという意味である。


クルマの運転、ゴルフのプレイをみればその人の気質や人柄が大いに出るとは聞いたことがあるが、実に人間とは変容していくものだ。クルマも乗らず、ゴルフもしない人であってもこうした社会情勢にあってももろだしである。

歴史を刻む「法明寺」の梵鐘

2022 年 3 月 4 日 金曜日

先般、ロケで雑司ヶ谷歩きをしたが、江戸時代から桜の名所でもある「法明寺」がある。宥元年(810年)真言宗「威光寺」として開創され、正和元年(1312年)、日蓮聖人の弟子の日源上人により日蓮宗に改宗され、「威光山法明寺」となった寺である。その境内には酒井抱一が描いた朝顔と戸張富久の句が彫られた「蕣(あさがお)塚」や、曲尺、算盤、枡、天秤など度量衡の珍しい紋様が描かれた梵鐘がある。この梵鐘は第二次世界大戦の時の供出を免れたものだと聞いた。あの金属類回収令。武器になった多くの武器たち。暫く無言で梵鐘を見つめた。

800年ぶり

2022 年 2 月 22 日 火曜日

2022年2月22日はその日が来るまでワイワイ騒がれていた。なんでも1222年の鎌倉時代から800年ぶりとか。それに2時22分になった時も大騒ぎ!にゃんにゃん騒ぐ人にとって「猫の日」とか。まあ騒げる時に騒いでいるとよいね。

安堵感

2022 年 2 月 15 日 火曜日

このところ、週末の極寒!大雪警報といった予報が少し外れて、おやおやと思っている。AIさんも少しずれる事があるのか?とちょっと安心というか、不安も含んだ安堵感。変な言い方だが。寒さとコロナ。いろんなものが相俟って、不思議な空気感がある。ふーっとね。

なんでもかんでも動画配信への時代

2022 年 2 月 11 日 金曜日

2022年2月11日は「社会貢献活動見本市」の動画収録。本来であればリアルな開催で、人々の交流から新しい発見が続出し、いろいろネットワークが広がった。しかし、3年目のコロナ禍?どうにもこうにもならないという状況ってこういうもんなんだなと思う。

リモート会議だ打ち合わせ、動画収録配信、ネット!ネット!完全に今まで描いた事もない「世界」にどっぷり状況となっている。困ったことだ~なんで言っていられない。トシとったんだなぁ(笑)頑固さに磨きがかかっている今日この頃。思い出せば昔から、先ずは疑う癖があった、「違うだろう」と。いわば天邪鬼。天邪鬼もこの社会で生きていくには、素直に、冷静に、たんたんとこなしていくしかないのだ。

進化の良い点をとにかく見つめて進め!でもどっぷり~ゆったり~が絶対に出来ない天邪鬼は日々、呻いてしまうのだ。笑うしかないけれど!アハハ

午後のインタビュー

2022 年 2 月 1 日 火曜日

昨日は区史編纂の中の人物インタビュー最後の回であった。私は、何故かその方を前に、「ああ!なんということか!」と思ったのが〝最初〟であった。

人間とは実に不思議な生き物で、いろいろな情報を詰め込みすぎていると誤ることがある。その人物に会ったその瞬間に感じ取る、なんというか・・・直観?直感?感覚か?それは物凄いスピードで脳内で処理されて行く自分を感じ取りながら、「本日はお忙しい時間を・・・」と実に月並みな表現でインタビュー開始となった。

インタビューが終わった。

最後・・・取材が終わった後だった。「ああ!何という事だ!もっともっと純粋に人を愛していこう!」と思った。

そう、人生の成功だ失敗だ、なんだかんだ、もろもろの事象に対して、人間というものはいろんな事を言い出す、吐き出す生き物だということ。

昔、父がよくぼつんと言っていたというより呟いていた「妬み、嫉み、恨みはダメだよ」と。トシは大いにとったものの(笑)まだまだ胸はって「長い人生を歩んでまいりました‼なんてといも言えない。口が裂けても言えない中途半端丸出しの人生経験。そんな自分が実に素直に感じた「瞬間」の直感である。こりは確かな事だと思った。

人は人の事をもっと純粋に愛していかないといけない・・・

それは、理屈でも論理でもなんでもなく、ましてや〝他者〟の言い分や感想やら情報なんてばかみたいに全て信じるものではない。

その発露は心の叫びにも似ていた。

おはよう!

2022 年 1 月 14 日 金曜日

いつも利用するバス停の前にカフェがある。待ち時間、ほっと一息いれる。あらら・・・寒い日は外の席に座る人もいないが、やってきたのはヒヨドリさん?しばらくキョロキョロして飛び去った。あ!もうすぐバスが来る!