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ichiko | ichikoTV - Part 16 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

平常心でいるということ

2021 年 6 月 13 日 日曜日

先般、友人と長電話をしてしまった。実は私は、長電話があまり好きではないのだが、メールのやり取りとは全く違う、その世界に入りこんでしまい、ついつい時の経つのを忘れた。お互いに「忙しく」していたので、イタリアンレストランでワインを飲んだあの日からはずいぶん時間が経っていたことに気づいた。電話の向こうの声からお互いに時間を縮めるように、と~んでもなく昔の話までする。事件にも似た出来事まで話して、笑ったりため息ついたりそして笑ったりした。彼女もこれまでの仕事の膨大な書類の処分に本当に時間はかかっているるもののやはり、このコロナが切っ掛けでか、潔く決心出来たと言った。心の中から整理整頓できたと。そして。人の整理まで・・・そんなニュアンスまで語っていた。「それでいいと思うよ」と私はいったものの、人間の「煩悩」というものなのか?とも思った。例えば離れたくても離れられない関係。それは恋愛だけではなくても仕事の関係でも生じる。煩悩といえば煩悩。逃れられないどうしようもない世界が繰り広げられるのだ。人間関係はいつも友好に!とも思うが、「時」がその決別を教えてくれる事もある。そして「はらわたが煮えくり返る・・・とは古人はよくいったもの」と。そんな事を言う彼女にもいろいろあったのだと思うが・・・「私はね、怒りがまるでミルフィーユのように重なっていって、はて?どこから片付けるか?と日々、思っているよ」と返し、二人で笑いあった。平和でもコロナ禍でも、きっとどんな世でも人間って煩悩ばかりなのだろう。喜怒哀楽ばかり。「平常心」に戻れるか?そんなことを常々思い、そして考える事なのだ。しかたない!

昔の書類の片付けも大切で且つ大変な事だが、名刺の整理も大変!本当に大変だ。ひとかたまりの名刺の一番上の名刺を見て、心が震えた。表現の出来ない感情で心が震えた。そう、阪神淡路大震災の時だった。彼女は自宅でまだ就寝中に壁の下敷きになって亡くなったと聞いた。あの日の震えだ。出張で大阪にいて明朝に東京に帰る時、てきぱきと新幹線のチケットを取って渡してくれた。私の掌にある彼女の名刺。トクントクントクン・・・心臓が悲しいといっている。時が経ってしまったね。



食べるということ

2021 年 6 月 6 日 日曜日

「正しい食事」という本のタイトルから食生活の事を改めて考えてみた。「食」といえば、これまでにもいろいろなブームのようなものがあった。とくに・・・と言えば、たいがいのテーマがダイエットに繋がっているものなのだが、コンニャク、バナナ、ゆでたまご、リンゴと、もういろいろありすぎて混乱してくる。しかしよくよく考えてみると何とも偏っているなと。

偏っているといえば、本当にご本人の前では、口には出せぬが猛烈な偏食の方を知っている。「えーっ!」というほどの偏食の上、ほぼ毎日、酒を飲み、かなりのヘビースモーカーである・・・にも拘わらず。至って元気である。しかし、一報で、一生懸命に野菜を多くとり、また薬膳料理など丁寧な食事を続けられたが、割と若くして亡くなった方も2人ほど、また「オリーブオイルしかない!」となんでもかんでもオリーブオイルといって亡くなった方を知っている。人は必ず死んでしまうものなのだが・・・少しでも美味しく食べて長生きはしなくては!と最近は特に思えるのだ。

さて、動画編集をしている中で「二度と芋は食わぬ!!」と戦争体験をされた、特に男性の方々の口からは出る。彼らのいう「芋」はサツマイモではあるが、〝おいも〟スイーツなど様々な商品に囲まれている私たちには全く想像も出来ない「芋」であることが、いろいろ調べると分かる。「色は紫と灰色を混ぜたような色だった」「筋ばかりしかなかった」など、?マークがアタマを占める。「食わぬ」と言うほど、超まずい。それでも戦争中は食わねばならない。本当に当時の食の貧しさと辛さを仰る。。灰色で筋ばかりの芋は決して美味しくはなかろうと思う。そのようなものでも必死に必死に食べて、生きてこられた。そんな時代があったのだ。だから「今は天国ですよ」と皆さんは言うのだ。「今はね、このお腹に」と言ってポンとたたいて笑う。しかし、現代はなんだかんだいっても飽食の時代である。

健康番組の氾濫。あれは駄目これも駄目・・・駄目づくし。情報の氾濫の中で、どんな情報を得たら良いのか?さえ混乱する時がある。そんな時は耳をすましてみるのだ。ダメダメばかりでは話もつまる。これがいい!と言えば、翌日のスーパーからその野菜だなんだかんだがあっという間に売り切れる。じゃあ!どうしたらいいの?とまでいいたい時がある。よく考えれば分かることなのかもしれないけれど・・・

小学生の時の担任の先生が戦争体験を話してくれたことがあった。もう何も食べるものがなく、配給制度の中では、いつもいつもお腹が空いていた。古い古い記憶の中を辿っているので曖昧な点も多々あるのだが、その先生が確か、妹さんとふたりに、あるご婦人が真っ白な握り飯をくださった。手のひらにのせられた真っ白な握り飯。そしてそれをほおばった時の〝美味しさ〟の話だったと思う。勿論、小学生の時、実はあまり食に興味もなかった当時の私にとっては「ふ~ん」くらいの事だったが、今、戦前戦中戦後、復興期等の人々の「記憶の遺産」として、動画を撮り続けていると、その時の担任の先生の様子、そして真っ白な握り飯の味やにおいなど優しい温もりと感覚が伝わってくる。

やはり、現代の日常は「食」が氾濫しているのだ。「超デカ盛りランチ」とか、今はあまり人気がないのかも?「大食い競争」などは好きではない。寧ろ、最近は所謂「健康番組」の内容にも確実に興味が薄れてきた。でも、ふっと「毎日、私、ハンバーガーとポテトでもいい」「気が付けばカップラーメン」などと言っていた昔の勤務先の後輩の顔も浮かぶ。少しばかりの心配がそんな思いにさせる。彼女や彼らは元気にしているのだろうか?

真っ白な握り飯は糖質も多かろう。塩分は控えめにと言われれば味噌汁も厳しい。漬物もこれも塩分過多だろう。甘く煮た豆も。しかし、日本人の味覚にあった、昔ながらの食事について考えて見れば、これってかなりいいと思えるのだ。お浸し、糠漬け、汁物も具沢山にして、豆腐や湯葉、新鮮な刺身、魚の粕漬もろもろ。仕事で汗をかくこともあるだろう。そうすれば十分な塩分だって必要。歩き回って歩き回って「腹減った!」時には真っ白な糖質たっぷりの握り飯もよかろう?と思ってしまう。

健康で「味」が分かって「におい」も感じて、ああ!美味しい!と思える事が一番かなって。適切、適度・・そして適当!

いろんな話

2021 年 6 月 3 日 木曜日

本当に久しぶりに電話をもらい、このコロナ禍でどうしていたか?と。聞いたり聞かれたり。会社の社屋移転の話、新しい事業の相談など諸々。

いろんな話の途中で「あっ・・・」と相手が声を漏らす。そして「吉田さん、訃報って・・・話していいですか?」と。「いいですよ」と言いながらも、何が心臓がドクンドクンとなった。

それはある男性の死。広告代理店のSさんの亡くなった話だった。新聞社時代はよく一緒に仕事をした・・・笑ったり、文句いったりと。交わした会話など切れ端部分のような連続を思い出す。

「癌だったそうです」と彼は続ける。その報せはもう悲しい気持と若い頃の姿しか目には浮かばない。そして、「とにかく、元気でいる事しかないよ」と言う。そして「万が一ね、「訃報」として自分の死の報せを知った時に、その方、どなたですかぁ?などとキョトンとわざとらしい態度をとられたくないな」と言うと彼は「まったくですね・・・」と笑った。

とにかく、健康に生きるということの大切さを改めて認識した次第です!

Sさん!安らかに。そして今まで有難う!!

あの頃からずっと・・・

2021 年 6 月 1 日 火曜日

学生時代の親友からメールが届いた。彼女は今、奈良県に住んでいる。だから、日ごろはなかなか会えない。「誕生日にケーキを焼いて送るね」と。手の込んだ、ヘルシーなケーキのレシピ。

学生時代、貸した本がかえってくると、ページの間に煎餅の粉が挟まっていて、それを私はキャンキャン怒った。「白いマフラー編むね」といって出来上がったものがすっかり灰色になっていた。待ち合わせの時間に遅れる彼女に駅の伝言板に「先に行く!」と、当時からせっかちの私は先に出かけて行った。

社会人になってからも、彼女と登山をした。あれこれ注意書きを書いた手作りのしおりをかなり後になってからも「とっておいたよ~」と見せてくれた時はただただ驚いてしまった。

6月になって・・・私の誕生月・・・

彼女のメールを読んで、何か胸の奥でジンと痛くなって涙がにじんだ。

10代のなーんにも怖くなかった時代の学生生活が妙に懐かしくなっていた。

みんなが、それぞれ緊急事態

2021 年 5 月 25 日 火曜日

仕事でお付き合いのある水族館の担当者さんとのメールのやり取り。

「個人的に、お客様がいない水族館に慣れてきてしまったという緊急事態が起きております」と書かれてある。今は、緊急事態宣言の中、こんな緊急事態になっている人もいる。

そうか・・・

そうそう、「あまりに草臥れているから水族館でクラゲを見たい」と友人からメールももらった。クラゲの泳ぎっていつまでも見ていられるなぁと想像していた。友人もきっとある意味、緊急事態なんだな。

先ずは、自分が健康でいる事。健全な心身で過ごしている事。これしかないんだね!

木漏れ日

2021 年 5 月 23 日 日曜日

小さな庭に昔、楓の苗木を植えて、それが今は見事に育っている。仕事の合間にぼんやりと目をやると、今の季節ならではの木漏れ日というのか・・・押し黙ってしまうほどに美しい。

そうそう・・・と思い出した。昔、犬を飼っていた。雑種だがかなり賢かった。近所のコンビニに「子犬差しあげます」と張り紙があり、早速、お宅を訪ねた。まだ生まれて間もない子犬。「少し、近所をまわってきていいですか?」と言い、抱っこしてぐるりと回る・・・その間に、その犬と目があって・・・もうダメだ。「飼おう」と思い、「飼います‼」と告げる。本当に素早い判断だった。

その日の内に、赤い屋根の犬小屋を買った。庭に放し飼いにしたので、もうその日から近所では大の人気者になって、すくすく育った。

18年とちょっとか・・・長生きしたね。そう、ふ-っと息を引き取る瞬間まで、本当に楽しい日々、時間を紡いだ。

ふっと今、その庭を見る。夏の暑い時期は土にべったりとお腹をつけて心地よさそうだった。ちょうどもその木漏れ日の下あたりか?そして、ぽかぽか陽気になるとお腹を出して、少し陽のあたるほうへ移動していたね。雷が大嫌いで、尾っぽをくるりんと丸めて、犬小屋の中に入っていた。

成長するにしたがって、何度、犬小屋を新しく作ったかな?かなり大きい、広々として快適空間だったね。消防車のサイレンを聞くと、おおおーっと吠えていた。

あらら・・・もういない筈の姿が見える。こんな5月の気候の良い時には、「くう~ん」と言って散歩をねだったね。おおお・・・木漏れ日がまるでスクリーンのようだ。

桜~桜~

2021 年 3 月 24 日 水曜日

気持ちとか気分の問題だと思うけど、今年の桜はなぜか妙に白っぽい感じがしてならない。勿論、美しいのでけど・・・なんか艶っぽさというか、ほんのり~という感じがしない。多分気分とか気持ちの問題だと思うけど・・・

明け方の夢

2021 年 3 月 5 日 金曜日

明け方に不思議な夢を見た。

全く知らない場所?というか。

ただ、クリアでしっかりと覚えて目覚めた。

「但馬の法華寺にいきなさい。あなたが探している2つのものがあります」というものだった。

今もぼんやりとしているが・・・少し調べたみようと思う。

ムーン

2021 年 2 月 28 日 日曜日

昨夜、2月27日の夜空にうかぶスーパームーンの美しさは抜群だった。太古からこんな月があったのかと思うだけで本当にドキドキする。昔から満月はドキドキと興奮すると言われているし、特にイベントは避けたほうがいい?と昔はそんな言い伝え(笑)があった。交通事故も多いと言われ・・・要は、人間、どこか注意散漫になってしまうのかも知れない。私は満月というと狼男しか、浮かばないけど(笑)

3月13日と14日は新月。新月の夜には「願い事」を。今、願いたいことが山ほどあって・・・欲張っちゃおうかな!

memo帳 有難う!

2021 年 2 月 25 日 木曜日

日常生活の中で時々不思議な事がある。

ふっと昨日の朝に、「ああ、ちょっとしたmemo帳が欲しいな・・・かさばらないで、バッグにちょこんと入るもの」とふっと思った。そして「まあ、いいか・・・コンビニで買うか・・・」と。

そして、夕刻、ポストを見ると、友人からの手紙が入っていた。なんか分厚い(笑)「あれ?と思って開封すると・・・なんと!なんと!とてもお洒落でコンパクトなメモ帳が入っているではないか。

「何か思いついた」「嬉しい事」「こんなことしたい!」「どこどこに行きたい」「心に残った」「腹が立った」とどんなことても書いてパッチンとしまって、後から見たら楽しいかもよ~と手紙に書いてあった。あああ~なんと!と感動しまくりだった。

新聞社に勤務時代、同じ職場でいろんな事が山盛りあった。朝から晩まで、そしてまた・・・そんな日々もちょっとしたこともユーモアにかえて良く笑った。

あの懐かしい時代の日々。