師走。
毎年、この時期になると思う。
なんて早く過ぎてしまったのかと。
12月14日の神楽坂女声合唱団のチャリティーディナーショー。
そして、平成史の取材の追い込み。
その他諸々。
そして22日は冬至。
そうこうしているうちに除夜の鐘か・・・(笑)
師走。
毎年、この時期になると思う。
なんて早く過ぎてしまったのかと。
12月14日の神楽坂女声合唱団のチャリティーディナーショー。
そして、平成史の取材の追い込み。
その他諸々。
そして22日は冬至。
そうこうしているうちに除夜の鐘か・・・(笑)
先般、某所でマーケテイング講座を受けた。
神戸の老舗のパン屋さんの「イスズベーカリー」と「ケルン」の三代目が講師だった。二人とも若くて斬り込み方と意欲がビシビシ伝わってきて何とも心地よい講座であった。
シュトレンを試食した。街にクリスマスツリーが現れるとパン屋さんで、ケーキ店でなどでシュトレンが登場する。日本でも浸透したなと思う。
シュトレンとはドイツ発祥のクリスマス菓子。表面に粉砂糖などをまぶした、ゴツゴツした見た目が特徴的。中身は、小麦粉生地を発酵させたパン菓子で、ドライフルーツやナッツなどが練り込まれている。もともとはキリストの誕生を待つ4週間の待降節(アドベント)の期間に少しずつ切って食べるもの。そしてその間に味が徐々に変わっていくのが楽しめる・・・というものだ。
「食」の中で息づいている文化を感じる日々だ。
ある意味、自分をなくしていたような時間が過ぎていた。
結構長い時間。
大好きな本もなかなか読み進められず、ゆっくり眠ることもできず、お茶を飲んだり音楽を聴いたりということもなく、ただただ時間が暗雲に吸い込まれるようだった。
さて、心を亡くすと書いて「忙」。
そういうことらしい。しかし、かっこ悪いよね?スッキリしていない。だいたいそういうのは嫌いだ。
亡の下に心と書く「忘」は自分の意思で心を亡くしてしまうことらしい。なんかその方がいいな。ぼーっとしてなくすものはなくしてしまおう!ただ、‘心の中にあったものがなくなる・・・というのは辛いな。
何れにしても「忙しい」「忙しい」といちも言っているのに「こんなに忙しい」とフェイスブックをアップしている人は特に大嫌いに分類される。本当に嫌いだ。自分で「忙しい」と言っていること自体が、やぼったいよ。
終わった!
睡眠とって、美味しいお酒でも飲んで、旅でもしよう。
多分「忙」も「忘」も亡くなる筈である。
時々、人が亡くなると思う。
人ってやはり死ぬんだな・・・と。
2019年11月29日、日本電信電話公社や国鉄などの民営化を行った元首相の中曽根康弘さんが老衰で亡くなった。享年101。そうか・・・101かと。
1983年の訪米では、ホワイトハウスで日本の首相として初めて英語でスピーチしてみせた。自民党派閥全盛時代。弱小集団出身で変わり身の早さから「風見鶏」と呼ばれながらも長期政権を維持。まあ、あの時代の凄さ・・・ロッキード事件、リクルート事件、東京佐川急便。世間を騒がせた事件で名前が取りざたされたこともある。しかし、国鉄、日本専売公社、日本電信電話公社の民営化など数々の政治的遺産は私は評価する。
多趣味と多彩な人脈。週に1回は座禅を組んだといわれる。俳句も熱心だった。自信作は「暮れてなほ 命の限り 蝉しぐれ」。
昔、勤務していた新聞社の社長のお父上の葬儀が護国寺で執り行われた時、弔問にいらした。いつもテレビで見ているだけだったが、何故か「あっ」と声を出してしまった時、はて?何秒くらいだったか・・・・中曽根さんが立ち止まった。数秒であったものの感動的だった記憶がある。勿論、かわす言葉もなく、私は会釈しただけだったが・・・長身で独特のオーラがある目立つ人物であった。
どうぞ安らかに・・・
日頃、あまり口には出さないが、本当に気になって、寧ろ最近は嫌悪感すら感じていることがある。しかし「これが世の中の流れかぁ~」と納得するようにしているのだが・・・
テレビのグルメ番組などでラーメン食べながら「マジヤバイっすよ!」とか言っている。まずいのか?!と思うとその反対で抜群にうまい!ということらしい。街中でもその「マジヤバイっす」に数回出くわしたことがある。そして、最近、ある女優さんがテレビ番組で「もう!めちゃくちゃ美味しいです」と言っていた。何も「おいしゅうごさいます」と言わなくてもいいのだが。
気になる!この「めちゃくちゃ」の用法が最近は変化しつつあるのは理解している。副詞的使い方で「もう、めちゃくちゃ面白いっすよ」ということだろう。
しかし、「めちゃくちゃ」 は「滅茶苦茶」。「めちゃ」を強めた語であり滅茶苦茶はあくまでも当て字であるからこれでよいのかも知れないが・・・。それに程度のさまを表現するのであればとも思うのだが・・・
道理にあわない。筋道の通らないさま・・・が「滅茶苦茶」。
ああ!この混在した状態がまさに「めちゃくちゃ」状態。そんな中、どうも頑固な私は「めちゃくちゃ美味しい」だけは言えない。美味しいものに対して「滅茶苦茶」という言葉が使えな~い。
お菓子の空箱・・・多分捨ててしまう。みんなが知っているようなお菓子の箱をアートにしてしまう空箱職人「はるきる」さん。池袋パルコで開催されているのでちょっとのぞいた。今回は展覧会で初展示ということでこれまで製作した作品の中から厳選されたものばかり。ただただすごいなぁ~と感心しきりである。お菓子の箱もカップヌードルの容器も大変身!だ。
https://art.parco.jp/parcomuseum/detail/?id=305


令和元年11月10日(日)、天皇陛下の即位を披露する「祝賀御列の儀」が午後3時から皇居・宮殿から赤坂御所までの約4・6キロのコースで国の儀式として行われた。
天気もよく、青空の広がる一日であった。
天皇、皇后両陛下はオープンカーに乗られパレードに集まった人々の祝意に笑顔で手を振って応えられていた。一つの時代が始まる。歴史が始まる。
神楽坂女声合唱団が結成されてから20年を迎える。恒例のチャリティーディナーショーは2019年12月14日に行われる。そしてその日に間に合うように「20年記念史」を作った。
実は、団員へのプレゼンというか「何故?20年史を発行するのか?」から始まって、いろいろ説明し続けた。これが意外と困難だった。分かっているようで分からないのが人それぞれの「価値観」というものなんだろうとその時に思った。要はその人にとって「それが一体どういう価値・位置にあるのか?」ということである。実にこれが同じようで人それぞれである。
2000年の5月に結成されて合唱団。「合唱団を作ろう!」と思い立った料理研究家の小林カツ代さんが純粋に「自分の意思」で結成したあの日あの時からの時間の堆積であるということ。まして、かっちゃんこと小林カツ代の事を知らない団員にとっては「未知」であった。そもそも結成されて原点をしっかり理解していない団員にとってはおのずと各人の考え方、価値観が意見に反映される。例えば「何故?この学校を選んだのか?」と入学の面接よりも曖昧な感覚なんだろう。しかし、これはしかたないことなんだということも分かった。今回は十分すぎる程に分かった。
人は生まれて育っていく環境の中で「何が自分に必要か?」から始まって、最終的には「これが好き」というところに着地するのではないか?とつくづく思った。それは実にシンブルな「好き」という感覚である。その「好き」という感覚が神経細胞の様に広がっていき、そこでガツガツ掴み込んでいくのがその人の価値観なのだろうと思える。
11月7日に印刷会社の方から試し刷りを渡された。いろいろ説明を受けた。そして最後は「顔の肌の色を美しくだすようにしました」と言われた。顔の色って本当に大切なんだと思った瞬間だった。ファッション誌ではない。皆かモデルさんでもない。「20年史」のベージには20年前の写真から並ぶ。ボロボロの不鮮明な写真もなんとも現代のデジタル技術である程度ではあるが生き返っている。ああ・・・と声が漏れてしまうほどに懐かしい顔そして顔がそこにはある。先ずはディナーショー当日、皆様のテーブルに並ぶ予定である。20年前から出席しれている方もまた、今年初めてという方も混在する会場で果たして、人はどう手に取って何を思うのだろうか?と。
校正が終わって下阪して・・・あとき仕上がりを待つだけの今。この数か月は通常の編集の「仕事」ではない世界に向き合った。「刻」という感覚が自分の脳から神経から内臓にまで全て刻まれていったような時間が過ぎた。人は「まったく大げさだなあ」というかも知れないが、人生ってこんなことってあるのか?と思える時間だった。面白いほどに関わる人々は全て丸裸になっていったからである。笑えるほどにその人々の真意が分かった時間だった。怖いほどに人って底知れぬ、そして単純だなぁと思える日々。
最初のベージでかっちゃんが笑っている。あの時の笑顔である。
そして「あたしねぇ・・・なんで合唱団をつくったのかしら?って今、思ってるのよぉ」とその顔写真はサラリと言っているように見えてきた。少し前の私であったらムキになって「ちょっと、かっちゃん!今頃、何言っているのよっ!」と言い返してしまいそうだが・・・
20年史の取材編集が終わった今。「あはは!そうだね!あの時、あんなにいろんな人に声かけてねぇ!」と言い、「いろいろあるけど良かったねぇ!楽しかったねぇ!笑いあってしまおうよ」・・・そんな気持ちである。
かっちゃん!できたよ。完成したよ!
写真家の赤松さんから相模川の中州の大島と高田橋などを撮影した写真が送っていただいた。
先般、多くの被害を出した「台風19号の爪痕」ということで言葉も出ないほどの写真の数々を拝見し、ああ!自然の脅威には勝てないのかとつくづく思った。冷静に被害状況を見れば見る程どうにもならない自分の非力さを感じる。
そんな中で・・・何と優しい写真だろうか。ダムの緊急放流でなぎ倒されていた中州のコスモスが一生懸命に立ち直って咲き誇っている。その姿はあまりにも感動である。