二月の初めは「どこか、梅園にでも言って梅をみにいこう」と考えていた・・・にもかかわらず、突発的なことがおこるものである。だから突発というのですがねぇ(笑)
庭の小さな梅の木に目をやる。
ほこらしいばかりにほころんでいる。
猫の微睡む様子。
街の小さな変化。
日常のそんな他愛のない風景でも楽しんで・・・
そして!でもいいだろう?
二月の初めは「どこか、梅園にでも言って梅をみにいこう」と考えていた・・・にもかかわらず、突発的なことがおこるものである。だから突発というのですがねぇ(笑)
庭の小さな梅の木に目をやる。
ほこらしいばかりにほころんでいる。
猫の微睡む様子。
街の小さな変化。
日常のそんな他愛のない風景でも楽しんで・・・
そして!でもいいだろう?
郷土史研究家として活躍された伊藤榮洪先生かぜ昨年亡くなったが、その後、追悼ということで高野区長をはじめ、最初の教え子だった方、ご親友等のインタビューをした。今年も2月が過ぎようとしているが、漸く映像が仕上がった。まだ、これからの作業があるのだが、まだ心のとこかでひっかかっているものがあり、そのまま「まんじりともせず」状態が自分の中にある。記憶も関わりもサラの人に、実に客観的に見てもらい、そのシーンをどうするのか?決めてしまおうと考えた。しかし、商売でつくる時は鬼にように冷静にジャジ出来る自分がこれほどまでに悩むとは!
2月12日の新型ミサイル発射実験の成功。そして、北朝鮮の金正恩は異母兄弟である金正男へ矢を放ったのか。
金正男がマレーシアで暗殺された・・・という報道が14日に世界中を駆け巡った。単独スクープとして事件を伝えたのはTV朝鮮だったという事実。なんでも韓国の国家情報院によると北朝鮮は5年前から暗殺を試みていたと・・・
今年こそはブログを毎日書くぞっ!とは思ったものの、人生ってほどではないものの、日常生活に時折、「非日常」がわわわわーっと入ってくることがある。2月の初めから、やはり、わわわわーっであったようでありまして。
時間の空白のようではあるが、ちゃんと自分は生きているのだから、良かった良かったと思うことにしよう。敢えて、取り繕うこともなく、わわわわーっと時間が過ぎてしまったと人生の「かさぶた」のようなものと思うことにしよう。
2月はやはり寒い。夜半の外出先。風が冷たい。街頭では着飾ったチョコレートたちに女性たちが群がっている(失礼!)。まるで飴玉に群がる蟻のような光景だなと。そう、思っている自分も、バレンタインデーはチョコレートを買うのかしらん?とふと思ったりして・・・
月末に迫っているセミナーの件でS氏から携帯に着歴。しかし不思議。電話をしないと!・・・と思っていた時間に携帯に着歴があった。昨日でも明日でもなくその日のその時間に。ああ、こんなことってあるんだなあと感じながら、横断歩道を、連絡できなかった理由をS氏にガタガタいいながら歩いた。
まあ、何もかもを「よし」と思うことにしよう。人生って早いな。いきなりだけど、地球の誕生からの歴史を考えれば、それこそ「あっという間」の事だな、何もかもが。
昼から浅草浅草寺で護摩焚き。
いろいろ思い出しながら、兎に角、祈る。
浅草寺で引いたおみくじは予想通り「凶」。
まあ、そうだよね~
結んでヨロシクということで・・・
初護摩の炎と揺らぐ厄と咎
忙殺という言葉があるが、どうにもこうにも、いろいろなものが重なって重なってしまうと、それこそ引きこもって静かに貝になってしまうタイプと、そうでないタイプがあるらしいぞ。
私は・・・?
どうも後者であるようだ。実によく動き回り、へとへとになるまで戦うタイプのようであり、その最中に「もうやめろ!」という内なる声を何度も聴くのだが、どうもやめないのである。
これって何なのだろう?と実に不思議。
もって生まれた何かと、生きている間につけてしまったものなんだろうな。
本日は朝から「としまの記憶の遺産」のカテゴリー分類の作業に取り掛かる。
んー・・・夜になっててもまだまだ積み残し。
とはいえ、3月はじめまでにアップしないと!
気ぜわしい!
伊勢会の新年会が東京大神宮で行われた。
いよいよ2017年の開始である。
鬼は外~福はうち~
雑節の一つである節分。
これは各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことである。
読んで字の如し、季節を分けるということで、 江戸時代以降は特に立春の前日を指す場合が多いというわけである。
特に2月3日は一年の節目でもあるから目立つね。
いよいよ明日から2017年の幕開けである。
季節の変わり目であるから風邪をひく。
春から夏の節目は5月4日、夏から秋は8月6日、秋から冬は11月6日である。
節目節目が大切っていうわけがよく分かる。
朝一番で郷土資料館へ。雑司ヶ谷で嘗てあった「竹本焼」について調べる。コラム執筆についてはいつになるかは未定であるが、随分とあたためてしまっているなと。人々の生活の中で生まれた生活用品というよりは美術品に近い。国立博物館にも所蔵されている焼き物である。磁器であるから不思議であったがやはりこのあたりの材料は運んできたようである。どこかできいてような台詞だが・・・実に面白い!
夜は都内某所で気の置けない仲間たちと一献。政治談議にはなさいて・・・