毎年台風が大型化している。史上初が多分、毎年起こってくるのかと。沖縄、九州の方々は本当に台風直撃か。ぼわんとした掴みどころのない不安感。誰もが感じているのではないか?と思う。そんな中、「だめだよ!このままじゃ!」と元気に振る舞う人がいる。しかしふっと裏面を見ると、やはりねと。不安なら不安だ、怖いものは怖い、悲しいものは悲しい!と叫んでしまってもいいと思うことがある。100年ぶり?に発生したウイルスは脅威そのものである。罹患した方のものを読めば、「本当にいつかかったのか、全く分からない」と言う。「メンタル大じょうぶですか?」とよく聞かれる。よほど滅入ってしまうタイプに見えるのかと思うが、いたって大丈夫なタイプなのだ。寧ろ、体の痛覚みたいなものが矢鱈と敏感。あまりにも敏感なので、ちょっといろいろ調べた。なるほどね。「脳」であった。そのある部分のホルモンがなんちゃら~といろいろ。しようもない、遺伝子の仕業ということもあるようだ。人はやはり見た目人間でも十人十色であるってこと。
ダンシャリ~ン
2020 年 9 月 5 日 by ichiko_tv
知人が事務所を越した。
「2トントラック分、書類を捨てたよ」と笑った。
その2トンの書類がイメージできなかったが「なかなか、すごいね~」と言った。
「いやあ、ホント!すっきりしたよ」と彼はまた楽しそうに笑った。
そして「まだ段ボール6箱開けてない」と付け加えた。
さてさて、自分の事を考える。
多分「見なかったことにしよう」と言う流れになる。
何故か今は、本当に片づけられない書類たち。
もしかするとをまだ含んでいる。データ化したとしてもなぜか捨てられない類のものが溢れている。
いわば時代の亡霊である。
「歴史」として纏めるならいいが、そうでもなければただの時代の亡霊たちである。
「断捨離はいいぞ~!」という彼の言葉がズーンと響く。
ダンシャリーン・・・という音が聞こえる。
ん・・・よさそうだな。
大転換の時
2020 年 9 月 3 日 by ichiko_tv政治こそ・・・
今、大転換しないとならないのだと思える。
未来という入り口
2020 年 8 月 31 日 by ichiko_tv秋期の講座の打ち合わせで、朝一から某大学へ。。
しかし、ちょっと前までは全く想像もしていなかった授業が展開されようとしている。
「人とはあってはいけない」
これが前提。
完全リモートの世界で、学生との打ち合わせもへったくれもないのだ。
例えば大学1年生・・・入学しても一度も大学構内に来たこともないらしい。
そして部活は???
ないです。
え?
はい、そうですか!
完全にバーチャルリアリティに突入なんだね。
多分・・・これからは人間の五感もこれからは支配されてしまうのだなと思う。
必死に全力で抵抗していくんだろうな、私のようなへそ曲がりって(笑)
とにもかくにも!マスクと手洗い
2020 年 8 月 30 日 by ichiko_tv
コロナウイルスの感染者の数の報道になんとなく慣れてきた感がある。鈍くなっているのでは?
慣れは怖い。コロナウイルスの正体を素人ながらも知らべれば調べるほど本当に怖い「存在」である。
「(コロナに)かかるかかからないか?運というものもあるかも知れない」と、罹患して入院生活をした人の手記を読んだ。「運?もしかしたら、そうなのかも知れないな・・・」と思った。
ある医療関係者が口酸っぱく言う。とにもかくにも、気を緩めてはいけないのだと。
今後も、マスクと手洗い。これは習慣としたいと改めて思う。
安倍晋三さん 辞任
2020 年 8 月 29 日 by ichiko_tv予想というか・・・予感はしていた。
2020年8月28日、安倍首相が辞任の意向を明らかにした。
持病である潰瘍性大腸炎の再発。「国民の負託に自信をもって応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではないと判断した。総理大臣の職を辞することといたします」と。
自分の体調がどうであるか?は本当に本人しか分からない。
不調を感じ、そして再発を確信しても・・・「辞める」という意思は自分にしかない。
コロナ禍にあって、「安心させるMESSAGEくらい出して」と人々は言う。そして「~問題はどうするんだ」そして巷では「レガシーがない」とはいう。
人間とは「命あっての物種」である。
これって、分かっているようで分かっていない事。
MESSAGEが大切なんだけど何度言ってもしようがない。
安倍さん、本当に絶不調なのだと思える。先ずは治癒だと私は思う。
内海桂子さん
2020 年 8 月 27 日 by ichiko_tv女性漫才コンビの内海桂子・好江として活躍されていた漫才協会名誉会長・内海桂子さんが話亡くなられた。享年97。
本当に昔々であるが、某劇場でムーンライトセミナーというものを企画したことがある。そして内海桂子さんに講師としてお願いしたことがある。本当にサバサバと心地よい女性だった。
今は・・・演題は全く忘却してしまったが・・・どうも話が横へ横へ横へといってしまい・・・ステージのそででひやひやしたのだが、だんだん話が面白くなってきた思い出がある。そして桂子さんはチラッとそでの私に顔を向けられて「いいよね?社長?」とおっしゃった。新聞社の一介の社員である。「いやいやいや、社長じゃありませんから」と慌ててちょいと姿を出してしまったことがあった。あらららら・・・無様に私の慌てた姿に、顔をくしゃくしゃにして、今にも笑い転げそうなその時の桂子さんの笑顔が忘れられない。今、思い返せば、話はもっと脱線するわよっ!だったのだろう。
一体、あの日から何年経つのだろう?
師匠!お疲れ様!どうぞ安らかに。思い出を大切にします。
忘れちゃいけない、原始の感覚
2020 年 8 月 26 日 by ichiko_tv某駅前からタクシーに乗車する。
「今日も暑いですね」がおきまりの会話。
暫くすると運転手さんが「最近の若い運転手の運転がひどいんですよ。右折しても左折してもこすったりする・・・」とこぼす。「え?だってプロでしょ?運転技術では完璧でしょう?」と聞くと「そりゃそうなんですがねぇ。どうもゲーム脳っていうんですか?とにかく変なんですよ」と呟いている。
やはりね・・・なんでもかんでも便利になっている。コンビニには切った野菜もあるし、人気のトリの胸肉も手軽に使える食材である。
人は、原始感覚みたいなものを年々なくしている感じがする。ゲームを決して否定はしないが何か感覚をなくしているのだろうと思える。
そうだ!
冬瓜の調理を始める。カボチャもそうであるが丸ごとの野菜の中でもこの二つ?はかなり神経を使う。間違ったら手を切る緊張もある。
パカッ!と半分に切る。皮をむいていく。そして食べやすい大きさに切っていく。この作業って本当に原始の感覚になる。
忘れちゃいけないね、この原始感覚。
大学ら入学してから一度もキャンパスに行っていない・・・そんな話を聞いて・・・私なりに時間を巻き戻してみた。




