コロナコロナでSTOPしていたものがわわわーっとやってきた。ちょいと冷静にならないほどの気分です。
とりあえず、本を読もう。
落ち着こう(笑)
蝉時雨が心にしみる。
コロナコロナでSTOPしていたものがわわわーっとやってきた。ちょいと冷静にならないほどの気分です。
とりあえず、本を読もう。
落ち着こう(笑)
蝉時雨が心にしみる。
2020年8月23日は「処暑」。読んで字の如し。暑さがる。収まるといすうことですが・・・いやはや、収まっていませんね。
そしてこの時期は二百十日という雑節に当たる。立春から数えて210日ということ。ははぁ~と納得です。
稲がみのり始める時期であり、台風シーズンの到来。気象庁の会見ではいよいよ地球の温暖化は確かなようで、水害はますます大きくなるといすうことで、本当に口では言えませんが、いろいろ恐怖であり。そして人って自分がその体験をするまでは分からず「快」を貪り続けるんですね。
将棋界の藤井聡太さんもそうですが、最近は本当に天才肌というか天才の方が多いと思えます。
今まではどんな会社に勤めているか?とか社会的地位?その方の肩書だとかに左右されていた。そんな中では、天才肌の方って「あの人は特別」感があったが、コロナはそんな意味で完全にこれまでの私たちの価値観をひっくり返してくれたように感じる。人間の幸福感についても変化しているんじゃぁないか?と思える。
藤井聡太さんを見ているとやはり天才はいるんだ!と思える。
私は将棋の世界は全く分からないが、歴史的快挙を達成した藤井聡太さんがすごことは分かる。
将棋界でもAIによる研究が全盛時代を迎えている。AIと共存しなければいけない時代になったとまで言われる。
どなたが言っていたか記憶喪失なのでが、普通に歩いているとしたら藤井君の一手のスピードは新幹線だと。この表現はよくわかる。あの封じ手についても物凄いスピードというか頭の中では四次元とでもいうべき事態で進んていたのだろうと思う。多分、脳の使われているゾーン?が一般とは違うのだと思う。
それにしても、18歳・・・あの落ち着いたコメント。ただただすごいねという言葉しか出ない。
コロナ禍にあって、私たちの生活が激変している。に
リモート生活が当たり前になっていく。
なんでも、大学でも入学はしたものの実際に大学へは行けずリモート授業ということも聞く。まして、あの部活の誘いも冒険もないのだ。
先般、某大学での秋季カリキュラム打ち合わせでもリモートでお願いします・・・ということになった。
なんかね、ちょっと想像ができない「時」にぶち当たる瞬間が多い。
時折、ぼんや~りと未来の生活を考えてしまう。
何もかもがデジタル!
確かに若い人々の頭脳と手先?はどうも違う、確実に進化している!
若年層のすごさったら想像を超えている。
あの動きを中高年に「してみろ」と言われても、どうなの?先ず無理だよね。
紙関係も消えていくのでは?
某銀行では通帳発行に1100円かかるという。
記帳して数字の横にあれこれ書く癖がある中高年にとっては確実に悲劇。
そして卑近な事例でも電子書籍が出たよと言っても周辺は「紙の本にしてよ」という始末で「なんか読めない」と口々に言う。
習うより慣れろ?
何か「時」の境目に立っている自分を発見する。
猛暑の中、マスクをして歩いていると時折、くらーっとする。
モワッとした空気に包まれると汗もしたたる。
先般、頬っぺたの毛穴が少し炎症してきた。危ない!トシからいえばニキビではなく単なる吹き出物?
「これは大変」とばかり洗顔を徹底的にして軟膏をつけた。
最近は「まあいいや!」とばかり化粧もしないで過ごしている。
だんだんと症状は治まってきた。
これから暫くはマスク生活というのが常識になるのだろう。
美容というか、清潔に保つという衛生面でも気を遣うことがますます大切だなと思う。
熱中症で本当に多くの方々が毎日倒れ、死亡される方もいる。
「水は一時間ごとに飲むように」「必ず冷房をつけてください」と天気予報士までが言っている時代。なんとも不思議な気がする。そういえば、「靴下をはいて」とか思わず吹き出してしまうアドバイスもあったことがある。
多分・・・時代が大きく大きく変革していくのだろう。そして生活に必要なものたち、食料の価格もびっくりするほど変わっていくと思う。やはり自給自足に近い将来があるのかと。
野菜の高騰・・・我が家のベランダの様子を見ても十分理解できる。完全に砂漠化している。ゴーヤが育たなくなった年から「あれ?」と異変を感じていた。「今年は暑いのだろう」なんて思っていたが、キュウリ、ナス、トマト・・・もうこの状態では無理だなと。
部屋の中の観葉植物は適度な温度に保たれ、水やりされているから美しいままだ。外の灼熱を知らない観葉植物。
そんな中で、ますます私たちは「痛み」を知り、そして「痛み」と闘う時代に突入しているのだと思う。自分のアタマで思考しなくてはならない時代だ。
40度近い気温ってこれまでにあったかな?と思う。
炎天下でのマスクをしている人々。
フェイスシールドをしての食事。とくに外食は・・・
まるでSFの世界に迷い込んでしまった気持ちになる。
空気自体がモァァァーンとしている。
室内は時としてかなり冷え込むほど。
夏バテなのか?すっきりしない日々が続いている。
それでも仕上げないとならないことが押し寄せてくるから・・・
睡眠はしっかりとろう!
それだけは強く決めている。
戦後75年という。
毎年毎年くる敗戦の日。
NPO法人「としまの記憶」をつなぐ会を発足して8年になる。今になって考えてみるとただただ慌ただしく・・・しかし意味深い活動をしてきたと思う。
ある夏、戦争体験を語れる語りべの方が「吉田さん、戦争を語れるのは我々の世代が最後だと思うよ。そのあとは体験談を聞いた人間が語り継ぐ時代になる」と言った。
頭では分かってはいるもののまだまだ語っていただける方はいると思っていたのだが・・・
あの言葉は本当に真実だった。
病に倒れ、そのまま入院生活へ。
施設に入られる方。
記憶が全くなくなってしまった方々。
辛いのはそう・・・亡くなってしまったという現実。
思い出すことは多い。
「空襲の中、両手にわが子の手を握りしめ、ひたすら逃げ回った。どこへ逃げ回ったのか記憶はないのよ」と言っておられたご婦人。ある日、たまたま私はバスの窓の向こうにそのご婦人がお店(氷室)の前に立っていた姿を見た。「ああ!」と。そして先般、亡くなられたことを聞いた。お元気なころに「みんなでおしゃべりをしたいわ」と言った言葉が忘れられない。
そして従軍看護婦をされのいた方のお話。「あの日はね・・・兵隊さんに残った少しばかりのお米でおかゆさんを作ったのよ。そして一匙一匙口に運んで・・・。でも力尽きて一言・・・おかあさんと言ってね。そのあとは亡骸を森に運んだ・・・」と涙を滲ませていた壮絶な体験談。兵隊さんの魂は火の粉とともに夜空へとんでいったのか?未だにその言葉が離れず私は涙がとまらないのだ。
この活動を始めてから、ある年から、「動画」に収めた。数年が経過している今。デジタルの凄みを感じ入れる時が来たと思っている。いろいろな体験談がデジタルという力で再現。それはただ見るということだけでなく感じ取って、そして「記憶」は繋げていってほしいと思う。
「としまの記憶」アーカイブ
http://movie.toshima-kioku.jp/