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ch06.音楽 | ichikoTV - Part 4 ichikoTV

‘ch06.音楽’ カテゴリーのアーカイブ

香水の想い出

2020 年 11 月 17 日 火曜日

瑛人さんの「香水」という曲がヒットしている。

ゆったりとしたビートとアコースティックギターの響き。ふっと振り返りたくなる衝動があった。

そして「別に君を求めてないけど 横にいられると思い出す 君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ」というフレーズなのだろうと思った。所謂、サビ?「ド~ルチェ・ア~ンド・ガッバーナー」というカタカナ。よくぞ!と言うほど上手くはまっている。この香水を知らない人にとっても「なに?」と惹き付ける。うまいよねぇ~♬

あっ!思い出した。

それは、もう昔の昔のその昔くらいの話。

「その香水の香り・・・好きです」と言われたことがあったな。

仕事上、普段はあまりつけない香水。その時は、たまたまイタリアのある香水(ド~ルチェ・・・でなく)を少しだけ。当時はその香りが大好きで、確か、個人輸入したものだった。

今では本当に香水をつけない生活だが・・・

あれって?灼熱の恋でもなく?

ふっとあまずっぱい思い出に微笑んでしまう。

雨の日はJ.S.バッハ

2020 年 7 月 17 日 金曜日

梅雨明けはまだかいな?

朝から 雨 雨 雨

雨降る音が絶え間なく

雨が降りしきる

 

 

 

雨の日はJ.S.バッハ

単調かも知れない

起伏がないかも知れない

でも・・・雨降りの日はバッハ

 

日常生活

2020 年 7 月 12 日 日曜日

東京ではコロナウイルス感染の数字が止まらない。しかし、これって、果たして正確な数字なの?と思ってしまう。卑近な事例で、ある会社で隣りのフロアの社員が実は陽性反応が出たとか聞くと、そんな事例って結構あるのてでは?と思う。カウントしていけば必ず誤差は出てくるだろう。

 

東京の小さな芝居小屋でも感染者が出て、ついにはその芝居を見に行った人々もついには「濃厚接触者」と表現された。800何人・・・果たして「私・・・行きました」というのだろうか?と思うと実に不安である。

 

毎年欠かさず、昔の勤務先の連中と必ず年末は「酉の市」に行っていたが「今年は多分無理だねぇ」という話になった。あれはミツミツ満開状態ではないか!状景を思い出しただけでもぞぞーっである(笑)我々にとって一年に一回・・・それは元気でいるか?といういわば生存確認でもある。しかし、仕事に忙殺されている時間はつい気持ちも疎かになっている。しかし、メンバーもリタイアしてからというものは人々が年齢を重ねていくというのは、想像もしない「現実」をまざまざと見る事になる。いる人、いた人がいなくなる!・・・とはいうものの、やはり「酉の市」はちょいと厳しいだろうなと。夏のお祭りも神輿も花火も盆踊り大会も、いつもは当たり前にあったものがそうでなくなるということを辛いが目の当たりにしている日々。

 

リモート会議が本当に「日常」となってしまった。想像していなかった仕事のありさまである。先般、ある大学生との話で授業もほぼリモートで操作に慣れていない教授はなかなか大変な日々だと聞いた。そりゃそうだろうなと思った。

 

今までの「日常」は本当に変わりつつある。そして新たなる「日常」と名付けられるものに我々はまた慣れていかないとならないんだろうなと思う。

ふっと人生100年時代ももっともっと延長するのだろう。病気も克服して、長生きできる時代。それで人は何を想うのか?と一抹の不安も過る。

 

音にのって

2020 年 5 月 31 日 日曜日

昨日に続いて・・・

デスクワークには音楽は欠かせない。

いろいろ聞きたいのだが、やはり邪魔にならない?のはクラッシック。

音にのって進めよう・・・

ふと気になること次々と・・・

2020 年 5 月 23 日 土曜日

自粛生活って不思議だ。

やはりこれまでの仕事の仕方と少しずつ変容しているからか?

ふっとれまでは何気なく口ずさんでいた歌の歌詞が「ありゃ?なんだろう?」と不思議の井戸にドーンと落ちた。

 

サイモン&ガーファンクルのカバーでおなじみの「スカボローフェア」。これってイングランド民謡らしい。サイモン&ガーファンクルの曲だと思っていた。
スカボロー(スカーバラ)はイギリス北東部のヨークシャー州にある町の名前で、そこに開かれる市場のことを指している。特に気になる「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」とお馴染みのハーブの名前が登場する。よくよく歌詞を読んでみると・・・わからん。市場に陳列されているよ~ではない(笑)意味が分からない。「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」は何かある!きっと。また「どうして?」の好奇心があたまをもたげてきた!

 

大好きなプロコル・ハルムの「青い影」と同じように歌詞の意味がよくよく考えると全く不明(笑)これって難しい。宗教とか文化とかいろいろ複雑なんだなと改めて思う。

20年という不思議

2020 年 1 月 20 日 月曜日

夜は「神楽坂女声合唱団」の新年会。

20年を迎えるとやはり一区切りという感じは不思議。

例えば伊勢神宮。式年遷宮の制度は、天武天皇ののご発意により始まり、持統天皇の690年に第1回が行われた。歴史の間には一時の中断はあったものの、これまで20年に一度、約1300年の長きにわたり繰り返し行われ、平成25年10月には62回目の遷宮が行わている。

子供が誕生して20年は「はたち」という。

いろいろ考えながら時々夜景見て・・・また飲んで・・・

クリスマスイブ

2019 年 12 月 23 日 月曜日

時代の風というものは変化する。

当時の最新ファッションだって今みれば「えぇぇぇ?」と思うほどの変化をする。

でも、廃れない?というか、いつもいつもいいねぇという歌詞ってあるものでクリスマス前になると思い出す山下達郎さんの「クリスマス・イブ」。

 

「雨は夜更け過ぎに 雪へと変わるだろう

Silent night. Holly night」

 

饒舌過ぎる天気予報士があまりある情報発信していない時代には、何とも胸の奥がキュンと痛くなったフレーズです。そう!この雨が夜更け過ぎに雪なるなんて!ってね。

 

そして

「きっと君は来ない 

一人きりのクリスマス・イブ

Silent night. Holly night」

と続くわけで・・・なんで「待ち人は現れず」なの?と脈絡から読み取れず。でも・・・これからです。

 

「心深く 秘めた想い叶えられそうもない

 必ず今夜なら言えそうな気がした

 silent night, holynight」

 

言ってしまうが勝ち!の時代です。言ってしまいましょう!

 

あの時代のJR東海のコマーシャル。何年経っても本当にドラマチックだったなと思います。

ひとり忘年会

2019 年 12 月 16 日 月曜日

とあるバーのカウンターでひとり忘年会。

店内のジュークボックスに気付く。

「青春の入り口」の曲をいれる。

そう、プロコルハルムの「青い影」。

ひとつずつ、ひとつずつ青春をひろい始めていこう。

あの弾けそうで

頑なで

そして柔軟な時間。

 

氷がかららと溶ける。

暫し、無心になって琥珀の海に潜り込む。

気が済むまで拾い集めていこう

時間はたっぷりあるから・・・

結成20年記念「神楽坂女声合唱団」

2019 年 12 月 14 日 土曜日

結成20周年を記念しての「神楽坂女声合唱団」のチャリテイーディナーショーが行われた。そして終わった。

570人ものお客様そしてゲストの皆々さまで活気に溢れた。少し、団員の合唱が少なかった・・・そして結成したカツ代の料理の歌が無かった・・・いろいろいろいろ反省点も多いけれど終わりました。

朝からのリハーサル・・・年々辛くなっているけれど(笑)それなりに頑張ったなあ。

考えること多く、気の置けない仲間たちと終了後は二次会へ。

あああ、久しぶりの朝帰りでした(笑)

20年間という「刻」 

2019 年 11 月 8 日 金曜日

神楽坂女声合唱団が結成されてから20年を迎える。恒例のチャリティーディナーショーは2019年12月14日に行われる。そしてその日に間に合うように「20年記念史」を作った。

実は、団員へのプレゼンというか「何故?20年史を発行するのか?」から始まって、いろいろ説明し続けた。これが意外と困難だった。分かっているようで分からないのが人それぞれの「価値観」というものなんだろうとその時に思った。要はその人にとって「それが一体どういう価値・位置にあるのか?」ということである。実にこれが同じようで人それぞれである。

 

2000年の5月に結成されて合唱団。「合唱団を作ろう!」と思い立った料理研究家の小林カツ代さんが純粋に「自分の意思」で結成したあの日あの時からの時間の堆積であるということ。まして、かっちゃんこと小林カツ代の事を知らない団員にとっては「未知」であった。そもそも結成されて原点をしっかり理解していない団員にとってはおのずと各人の考え方、価値観が意見に反映される。例えば「何故?この学校を選んだのか?」と入学の面接よりも曖昧な感覚なんだろう。しかし、これはしかたないことなんだということも分かった。今回は十分すぎる程に分かった。

 

人は生まれて育っていく環境の中で「何が自分に必要か?」から始まって、最終的には「これが好き」というところに着地するのではないか?とつくづく思った。それは実にシンブルな「好き」という感覚である。その「好き」という感覚が神経細胞の様に広がっていき、そこでガツガツ掴み込んでいくのがその人の価値観なのだろうと思える。

 

11月7日に印刷会社の方から試し刷りを渡された。いろいろ説明を受けた。そして最後は「顔の肌の色を美しくだすようにしました」と言われた。顔の色って本当に大切なんだと思った瞬間だった。ファッション誌ではない。皆かモデルさんでもない。「20年史」のベージには20年前の写真から並ぶ。ボロボロの不鮮明な写真もなんとも現代のデジタル技術である程度ではあるが生き返っている。ああ・・・と声が漏れてしまうほどに懐かしい顔そして顔がそこにはある。先ずはディナーショー当日、皆様のテーブルに並ぶ予定である。20年前から出席しれている方もまた、今年初めてという方も混在する会場で果たして、人はどう手に取って何を思うのだろうか?と。

 

校正が終わって下阪して・・・あとき仕上がりを待つだけの今。この数か月は通常の編集の「仕事」ではない世界に向き合った。「刻」という感覚が自分の脳から神経から内臓にまで全て刻まれていったような時間が過ぎた。人は「まったく大げさだなあ」というかも知れないが、人生ってこんなことってあるのか?と思える時間だった。面白いほどに関わる人々は全て丸裸になっていったからである。笑えるほどにその人々の真意が分かった時間だった。怖いほどに人って底知れぬ、そして単純だなぁと思える日々。

 

最初のベージでかっちゃんが笑っている。あの時の笑顔である。

そして「あたしねぇ・・・なんで合唱団をつくったのかしら?って今、思ってるのよぉ」とその顔写真はサラリと言っているように見えてきた。少し前の私であったらムキになって「ちょっと、かっちゃん!今頃、何言っているのよっ!」と言い返してしまいそうだが・・・

 

20年史の取材編集が終わった今。「あはは!そうだね!あの時、あんなにいろんな人に声かけてねぇ!」と言い、「いろいろあるけど良かったねぇ!楽しかったねぇ!笑いあってしまおうよ」・・・そんな気持ちである。

 

かっちゃん!できたよ。完成したよ!