昨夜のニュース速報。
秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまが国際基督教大学の同級生・小室圭さんと婚約されることになった。
本当におめでたいお話しで、心がぽっとあたたかくなった。
昨夜のニュース速報。
秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまが国際基督教大学の同級生・小室圭さんと婚約されることになった。
本当におめでたいお話しで、心がぽっとあたたかくなった。
郷土史研究家の伊藤榮洪先生が亡くなって半年が経つ。
本当に時の経つのが早い・・・。
ただただ早い。
2016年10月7日、病床の榮洪先生にインタビューをした。
10月10日に榮洪先生は最後となった某新聞のコラム原稿を渡されて、その後、面会謝絶となり、17日に亡くなられた。
昨年の10月のカレンダーは私の頭の中に映像として刻まれている。
実は、それほどにインタビュー当日まで緊張の連続であり、眠れぬ日を過ごした。撮影その他のスタンバイはしているものの先生の御体調への心配で押しつぶされそうな時間を過ごしていた。
その映像が・・・漸くアップした。
約15分間のものではあるが、実にいろいろな思い出が詰まっている。
その作品を奥様に見ていただくため、午前中にご自宅を訪れた。
「伊藤も喜んでいると思います。本当に有難うございます」と奥様の声をきいた時、緊張の糸がほっと・・・ほぐれていった。
今年は長い間、お花見が楽しめたようです。
例えば、タクシーの運転手さんはお仕事がらか、意外な「桜の名所」をご存知です。「へ~」「はあ!」と心の底から感心しながらも、その“名所”に辿り着けず、この春もおわりを迎えるような気配です。
今日は、暖かというより暑い一日でした。
風と桜。桜吹雪は良いものです。
しかし・・・
桜には「死」のイメージがあるのでしょうか?
紫式部の「 源氏物語」の中では確か桜は凶を示した。
世阿弥にとっては、桜は死霊が蘇る宿り木。。
秀吉にとって吉野で繰り広げられたあの「大花見会」戦で命を落とした人々への弔いの儀式か。
まあ、この感覚は「日本人」独特のものなのだろうなって。
語り部の方々にいろいろ取材をしていると本当に貴重な出来事にぶちあたる。まさにぶちあたりの感覚である。これまだ多々、いろいろな方に取材したが、「大塚 角萬」で挙式された方は初めてであった。そういえば・・・おぼろげに「おおつか~かどま~ん」というテレビコマーシャルを見た気がするが、実にこれを探すのが難儀である。屋上に金閣寺があったという。時間見つけて探すか!といったところ。
今日は、かなり前から予定されていたお花見ランチの日であった。
かっちゃんことカツ代さんがご贔屓にしていたという新宿御苑近くの「礼華」で。
http://www.rai-ka.com/index.html
「私!晴れ女なのに!」と仲間たちは口々にいうけれど。
いやいや、朝から、笑ってしまうほどの大雨である。
それにこの寒さ。
4月に入って冬のコートはしまった・・・
店の前の桜は葉桜に。
雨にうたれる桜もなかなかの趣がある。
かっちゃん、また私たちの馬鹿話に大笑いでしょ?
陰陽五行では本日、4月4日は「清明」、甲辰月の始まりで、まさに「勝負の月」ということらしい。
命の終わりかもね~
宝くじ当たるかもね~
と伊勢瑞祥先生。
なーんていうこと!
なんでも「やるかやらないか、迷ったときは必ず「やる」方を選べ」でって。
本日は朝一からの企画会議!
今、抱えている企画。
よし「やる」を選ぶこととしよう。
暖かくなってきた。
うららかである。
墓参へ。
いろんなことが、沢山、いろいろい山盛りあったとしても・・・
「みんな元気で暮らしていますよ」と報告をする。
想うこと。
ずっと想うこと。
生きている時間に想い続けること。
これがご供養なのだろう。
坂道をあがる。
見上げると青空に紫木蓮の花が美しい。
最近、いろいろなセミナーや講演などでよく「過去の成功例はわすれよう」ということを言う方が増えています。流行っているんですかね?過去に成功したことを持っていることは素晴らしいことで心かアタマの片隅にでも置いておけばいいと私は思います。何も、忘れ去ることもないと思っていますがね。「その時代」に「成功」したまでのことで、何十年も経ってしまえば、そりゃあ、「そんなことで成功したのか?」という笑い話にもなるかも知れませんが、当時大失敗した事柄を、今、「使ってみようか」という事例もよく聞きます。冷や汗出そうにもなりますが、「今」という時代にマッチして「成功」してしまったらそれなりに素晴らしいことなんでしょうな。
「勝組、負け組」ということが言われた時代がありました。「絶対に負けてはならない」と叩き込まれて「勝者」を目指していたのです。あの時、「おーっ」と燃えながらも一方で、表裏一体だなと実に冷めて見ることもしていました。人間、なんでもそうですが勝ち続けるなんてできるのかな?と。
過去の成功例をいくつか持っています。
そして「勝組ですね」と言われたこともありました。
しかし、今、なーんにも感動しません。不思議なくらい感動しない自分はどーしちゃったの?という感覚です。
ただ、成功例をきづくまでの経過、いろいろ、いろいろあったゴタゴタを思い出すと実に愉快であります。
そして「一歩、間違ったら負けてたんだよ!」と声高に言えそうな時代を過ぎたこと。
まあもすべてが財産です。
多分ですが、死に際にそんなことを思い出せる力が残っていたら、屹度、微笑んでいるでしょうな。
俳優の渡瀬恒彦さんが、2017年3月14日に多臓器不全で亡くなったが、本当に渋い演技の出来る俳優さんだったからこそ残念である。
昔から「血は水より濃し」という言葉を聞いて、なるほど!そんなものなのかと思っていたが、別に「兄弟は他人の始まりと」という言葉もある。たとえ、同じ親の血を分けた兄弟であっても、それぞれ成長し独立すると、疎遠になって他人同士のようになっていくという意味である。「まあ、そんなものか」と思っていたのだが、この世界って結構あることに気づかされた。暗殺まではなくても「絶交」「絶縁」の多いことよ。自分もいい年して初めて?そんなに簡単に「絶交」ってあるのか・・・と知った。例えば、母親を引き取った人は弟と絶交して、親が死んでも、納骨しても決して教えないと言った。もう一人し連絡先もすべて消去したという。居所さえ教えていないという。兄弟といっても子ども、孫と親戚も多くなるのであろうが、そんな関係さえ、絶たれてしまうということである。最近は「終活」「相続」などの講演会にも真剣な目の人々が多いが、本当に人間が心から人に優しく、快適に生きることってなんと難しいことよ・・・ため息さえでる。