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‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

こころの定年か・・・

2014 年 11 月 3 日 月曜日

紅葉が美しい。「今!」というばかりにその「色」を蓄えて、映えている。そして・・・否応なしに散って行くのだ。

サラリーマンの「こころの定年」という記事を読んだ。若い頃、がむしゃらに働いたサラリーマンが40歳前後で先が見え始めて、組織で働くことの意味に悩み始める。なんでも現役サラリーマンで評論家の楠木新さんがその状態を「こころの定年」と名づけたらしい。会社人間だけではなくもう一つの自分を持つことを勧めている・・・とか。

本当に早く気付かないと。いわゆる定年になってから変に慌てている人々をどれだけ見てきたか。腰がぬけるほど驚いたのはいただいた名刺に「元・・・」と書いてあった時。「・・・」には誰もが知っている超大手の企業名である。「元」とつけて?定年後に、こんな名刺作って?何なのだろう?とはじめはジョークかと思っていたが、口に出さないで良かった。彼らは真剣そのものであったのだから。闘ってきた時の鎧、兜をとっても、裸になっても「元・・・」なのか?もう、その会社にはOB会、OG会なるものはあっても、それほど人生には関係無くなるものだと思っている。

まあ、かくいう自分もサラリーマンをやめた後は、やはり、それまでの勤務していた会社こだわっていた時間もあったが、こだわってオタオタシダバタしていたら、社会は決して守ってくれない。もうある意味「実力の世界」であるから。「力」がなかったとしたら、もう見捨てられるのだ。「元・・・」はあくまでプロフィルの一部。それも過去の時間の一部でしかない。

産経時代に、2011年に亡くなった友人がある時 「男ってさ、40になると、この会社の社長になれるかなれないか?もう分かってしまうんだよ」と大手町の交差点で言っていたことを思い出した。それこそ第二に人生で、ずっとあたためていた古代史の研究を始めた矢先に癌にやられてしまうとは・・・最近は、とくに当時のプロジェクトの仲間たちのことを思い出すことが多い。しかし、親の介護だ、なんだかんだとこれまでの生活が一変して友人たちが増えてきたからか?自然体でいこう。決して無理しないことだ。

 

人はかわっていくものなのかも知れない

2014 年 9 月 6 日 土曜日

月日が経つのは早い・・・と溜息をつくのではなく、やはり心身ともに健康で過ごせている、生きている、そんな当たり前のように感じていても決して当たり前ではない小さなことに感謝したいと思う。あまり詳細には触れないが、かなりのショックで・・・。本当にバリバリのキャリアウーマンだった方。久しぶりに普通に電話で会話していたのにもかかわらず・・・やはり、何かが変わった?変わってしまったことに確信せざるを得ないというか・・・。今、私がやはり自分の口ではとてもいろいろな事は言えない。明日は我が身であるかも知れないから。これまでの彼女の仕事の実績がかわるわけではない。信頼関係があったことがなくなることでもない。しかし、彼女を徐々に襲っていたのか?その「変化」という事実。私の頭の中は?でうまっていく。しかし、静かに見守っていくしかない。ただただ、一緒に仕事をしたキラキラした昔のひとこまひとこまが懐かしく思い出されるばかりだ。少し、感傷的になっているな・・・今夜はしようもないね。

 

人生とは思い通りにならなくとも

2014 年 6 月 25 日 水曜日

天台宗東北本山 関山 中尊寺 貫首の山田俊和さんの講演会の出席する。タイトルは「生かされている、生きている」。何度か、このタイトルで講演をされているとの事だが、深い内容に心打たれる。改めて、仏教の幸福に生きるための4つの教えについて考える。

自然の恵みに感謝する

神仏・先祖のはからいに感謝する

他人の協力に感謝する

自分自身が努力する

「人中尊」を自覚し・・・そして「慈」「悲」「喜」「捨」り四無量心を育てるということ。

怨みを以て怨みに報ゆれば怨みは止まず。徳をもって怨みに報ゆれば怨みは即ち尽く。

 

素晴らしき地球儀

2014 年 6 月 21 日 土曜日

日常生活の中で「どうしちゃったの?」が多すぎる。

そんな時は、地球儀。地図でもいい。

なんと落ち着くことか・・・

夢の中の友

2014 年 6 月 8 日 日曜日

3月に産経新聞時代の友人Sさんの遺稿集を出版。4月に奥様、ご兄弟とご家族をはじめ、友人たちが全国から集まって「出版お祝い会と偲ぶ会」を実施した。そして今、梅雨の時期を迎えた。

今日、「としまの記憶をつなぐ会」の今期新作上映会の打ち合わせの後、移動中にメールが届く。そのSさんの奥さんからだった。「昨夜、遺稿集をかかえ嬉しそうにニコニコしている夫の夢をみました」とあった。ああ!夢にやっとでてきてくださったのですね!と感激し、奥さんに返信のメールを送った。

湿気を帯びた梅雨を迎えた今、何とも、白いワイシャツの袖を捲りながら「やあ、ごめん、ごめん」と汗を拭いながら、例会場に入ってくるSさんの姿が懐かしい。まだまだ若かったね。

私たちメンバーの気持ちは永遠にかわらないよ・・・そんな気持ちだ。もしよかったら・・・私の夢の中にでも出てきてくださいね!

 

いくつになっても嬉しい!

2014 年 6 月 4 日 水曜日

今月は誕生月ということもあって?お誕生会とやらの企画を友人たちがして下さる。本日は青山の「アクアビット」で。大好きなワインを飲みながら優雅なランチタイム。デザートに感激。いくつになっても嬉しいものです。10年間日記をプレゼントされた。今日から書こう!みなさま、有難うございます!

じゃあ、また!

2014 年 4 月 20 日 日曜日

毎年、誕生日を迎えると人はひとつとしをかさねる。元気溌剌でも病んでいても、どんな状態であっても、命があればとしをかさねる。

社会にでてから、本当に親しくなった友人が40代のはじめで亡くなった時は、「ああ、人には寿命というものがあるの」かとつくづく思った。思い出が去来するとはこういうことかと思った。出張が多い彼女が、久しぶりに時間がとれた日。銀座で少し長めのランチをとった日。交差点で「じゃ。またね」と何も不思議に思わず、別れた翌日に訃報に接したのだった。こんなことが・・・人生にはあったのだ。翌日に。

 

もう東京は青葉が眩しい季節へと変わっていく。でも東北に戻った友は「そろそろこれからが見ごろ」と桜を絶賛している。そんな友も集合して、今週末に、サラリーマン時代の友人の偲ぶ会をする予定だ。本の出版記念のお祝いも含めて、日本各地から心をひとつにした友が集まる。4月30日が彼の命日である。例会のあとに東京駅で別れた時も「じゃあ、また」と言っていた。言い方がおかしいと思うが、「何か」が起こって初めてその人の大切さ、過ごしてきた時間の愛おしさが分かるものだ。その時に、決して永遠ということがないことが分かるものだ。

 

何度か不思議体験をした、そんな気持ちを詠んでみる。

命日に友の化身か紋白蝶

小林カツ代さん お別れの会

2014 年 3 月 31 日 月曜日

2014年3月31日(月)。帝国ホテル富士の間で『小林カツ代さんお別れの会』があった。祭壇というよりステージには満開の桜の中で笑っているかっちゃんの写真。献花をする。会場内には多くの書籍たち。そして愛用のキッチン道具も展示されていた。若かりし頃のかっちゃんの写真も多数展示。ただただ懐かしい。神楽坂女声合唱団はかっちゃんが心をこめて作詞した団「緑の星に」を歌う。元団員との懐かしい再会もあった会場。こんな日はくるのか?と考えたこともないことが人生にはある。いつも前向きでケタケタ笑っているかっちゃんにしんみりした気持ちは大敵と思って、みんなでワイワイとね。

 

「あっという間につくった料理はおいしい!なぜなら「気合い」が入っているから。」   小林カツ代

 

忘れませんね。いろいろなことを。駅の階段をハアハア登りながら「私、考えついたのよ、今」と編集中の書籍タイトルを言っていたあの日。「階段、登りきった時でいいって~」と言ってもハアハアとのぼりながら何度も言うかっちゃん。楽しかったね!可笑しかったね!

フライパンひとつあればどんな料理だってできる!と当時の私には信じられない魔法を教えてくれたかっちゃん。

「あんた、料理人になるわけじゃないんでしょ?ばかねぇ~それなら使いなさいよ」と野菜の皮むき器を勧めてくれた。どんなに料理がはかどったことよ。

次々と思い出されることを大切にしていこう。

忘れずにしていこう。

 

 

捨てられないものたち

2014 年 3 月 26 日 水曜日

以前、「断捨離」という言葉が流行した。その時には、それほど感じなかったのだが、モノを「捨てる」という行動・行為が実に難しい。何でも一応とっておくと妙な安心感があるものだ。それは「いつか使う」「いつか役に立つ」という感覚からか?特に、膨大なファイルの山に「フホォー」と大きなため息が出てしまう。こうしたことは気力のある時にしかできないものである。

ファイルの背表紙には「原稿資料」とあった一冊がデスクの奥の奥にあったものだ。また「何かに役立つだろう」ととっておいたものだろう。だいたい、原稿や、ゲラなどはその出版物がでて、たいがいは破棄する。最近は殆どがパソコンでの仕事。フォルダにとりあえずは分類をする。紙の資料は地域別、時代別などカテゴリー別に分類はするものの、ほいさっ~とデスクの上に置いて、時間が経つと紙袋に入れてしまう資料がある。これは?それにも漏れたものだろうか?思い切ってそしてファイルを開けてみる・・・「ああ・・・」と声が出る。いろいろな方の直筆原稿。パソコンの文字うちではない手書きの原稿。中には、原稿用紙に整然と書かれたものもある。その中にかっちゃんこと小林カツ代さんのゲラ直しのコピーが2枚あった。何年前のものだろうか?そうそう、あの時だ!と思いながら、そのゲラの赤字校正を見る。いや、読んでいた。元気いっぱいのかっちゃんの手書きの赤字校正。懐かしいやら・・・言葉が見つからない。来週あたまにかっちゃんの「お別れ会」がある。その前に出てきた原稿直しのコピー。心の中で何かが弾けた。

臨死体験

2014 年 3 月 23 日 日曜日

以前、作家の立花隆さんが「臨死体験」という本を出版して話題になったことがある。私の友人の児童文学を主に書いている作家のTさんがなんでも、児童向けに分かりやすい臨死体験の本を書くということで先般、「臨死体験をした人を知らないか?」と問い合わせがあった。いつも親しくさせていただいている陰陽五行の伊勢瑞祥先生が、その体験があるということを話したところ、是非とも会ってみたいということになった。

「臨死体験といえるのかなぁ?」と伊勢先生は言いながらも、取材の日、かなりノリにノッて?、本当に引き込まれるお話しをされた。もう本当に前に何度か、チラッと聞いたことがあって、そのままぼんやりと覚えていたことだが、改めてその体験話を聞くと不可思議極まりなく、人間ってなんだ?とそんなことまで考えてしまっていた。

取材後に、「ああ、思い出した。不思議な夢の話」と言うと、Tさんは「夢でもいいから聴かせてよ」と言った。忘れていた泉が湧き出るように、なんとまあ!不思議な夢の話があるのだろうかと自分でも思った。臨死体験はしたことはないが、自分ではしっかり意識があるのに不思議体験も何度も経験している。Tさんと別れた後、いろいろ思い出して書いていくうちにどうしちゃったの?というほど思い出した。ただもそれだけの話ではあるが、自分も本当の「死」の前に何を見て何を感じるのか?興味は湧いてきた。