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ichiko | ichikoTV - Part 6 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

ひたすら祈る!安らかに

2024 年 1 月 21 日 日曜日

区制90周年の映像制作の時、当時、高野之夫豊島区区長は体調を壊されていた。なんとか!なんとか!と祈る気持ちで・・・猛烈に必死に進めていたが、区長の笑顔とお声を・・・収録出来ずであった。時が一瞬止まった。

2024年1月21日(日)。寒く、大雨である。聞けば、「雨男」であったという。高野区長の一周忌法要が祥雲寺でとりおこなわれた。遺影はあの底抜けに明るい笑顔。ふっとふっといろんなイベントで汗かいている時に「ありがとう」と静かに言われた声を思い出していた。読経の中、本当に時がずんすんと駆け抜ける。

偲ぶ会が終わり・・・

カサブランカの香りに包まれる。人はいろんな想いに包まれて、生きて!生きて!いくものなんだねと。

旧友会名簿

2024 年 1 月 20 日 土曜日

昔、勤務していた新聞社から「旧友会名簿」が届いた。名簿に掲載された名前。それは大仰だが、生きているという証。ページをめくりながらなんとなくほーっとするものだ。名簿の最後あたりになって亡くなった方々の名前があり、当時の編集長の名前を発見する。しばし見つめて、その亡くなった時と享年を見る。

人間って不思議なほど一気に過去に有った様々なシーンや声や大笑いしたエピソードなどを思い出すものか!と思った。書いていたらきりがないほど一人で思い出す。

そして、説明しがたい・・・・底知れぬ寂しさと哀しさと懐かしさが混じり合った感情が溢れ出す。

呟きでもなく、叫びでもなく・・・

「有難うござました」と。

過渡期って

2024 年 1 月 19 日 金曜日

NPO活動もしているのだが、そこで「上映会」を企画している。参加の有無について、会員さん全員がメールが出来れば・・・と思うが、高齢者の場合は少し無理な点が多い。「出欠の有無」については今回は切り取りで返信封筒に入れて投函してもらうようにした・・・しかし、わざわざ・・失礼!有無をPDFにしたものがメールで来たり、また、FAXで送信されてきたり、実にいろんな展開があるのだ。情報伝達の過渡期ってこうなのかと思う昨今。

過渡期と言えば、最近はキャッシュレス化が可なり浸透している。100円shopも、またコンビニの会計もキャッシュレス化が進んでいる。先般、サザエさんではないが、財布を忘れて出かけてしまったが、何とキャッシュレスで一日、過ごす事が出来た。あ~ら!不思議、そんな感覚であった。

しかし、いろんなキャッシュレスシーンで困惑している高齢者も多いのも事実。決して「わたしには関係ない!」ではない事を知ろう。

過渡期・・・時代だな・・・つくづく思う。

新宿という街

2024 年 1 月 16 日 火曜日

知人と久しぶりに新宿でランチ。人々が行きかう街の風景。

昨年、「酉の市」でも新宿の花園神社に新聞社時代の仲間たちと集まったが、昼間の新宿の街の様子も記憶にある風景とは随分と違っていた。昔はなんだっけな?・・・と思い出すと、なかなか懐かしいといえば懐かしいが・・・

新宿3丁目あたりはアルタ、紀伊国屋書店、他の銀行以外はかなり変貌!新宿本部勤務時代とは全く異なる。

先般、大手町でもあんぐり~状態であったな。特に消えない人間の記憶っていうものは厄介といえば厄介である。

紀伊国屋書店の一階の鉱物専門の店舗がそのままあったのには嬉しくなって感動して!店の人と暫く話した。いろんなものが懐かしいというのはトシをとったせいかも知れないな。

冬の三日月

2024 年 1 月 15 日 月曜日

冷たい冬の空気・・・三日月があまりにも美しい。

脳裏に・・・

2024 年 1 月 13 日 土曜日

新年早々というか・・・いろいろな日の事を思い出す。

日本大学の元理事長で相撲部元監督の田中英寿さんが1月13日に亡くなっていたという新聞記事を読んだ。享年77。肺に病気を抱えて、約2カ月前から入院していたという。

2008年に理事長に就任すると絶大な影響力を持った。まさしく当時は「日大のドン」であった。

昔々の話だが、夏のセミナーの講師として依頼の為、理事長室に行った事があった・・・が次から次へと理事長室へ人がやってきた。多分、業務連絡、報告、相談も山の様に、怒涛の如くあったのだろう。

とにかくその日のその時間はバタバタの時間を過ごした。舞の海の相撲のとりかたの話でいっぱいいっぱい。もう嬉々として話していた田中氏。

しかし、本題は、全く話が進まないということがあるものだなと思った。「この講師案は無しだな」と心の中で思って、そろそろと思った。実に不思議な感覚だった、こりゃ進まんわいという稀にみる感覚だった。バシッと断るでもなく、また改めて来訪したいでもない・・・そんな感覚だった。

帰り道、どんな心持であったかも全く記憶にない。

そして・・・

時は経ち、所得税法違反容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けるなど波瀾万丈の人生をおくられたというのだろうか?

あの「時」の田中氏の権力感が今も脳裏にある。

エブリデイ

2024 年 1 月 12 日 金曜日

天災の怖さを感じている。1995年1月の阪神・淡路大震災、2011年3月ま東日本大震災。そして2024年は何という事か、元日に起った。帰省していた人もいるであろう、楽しい家族旅行の人もいたであろうと思うと、見えない恐怖を感じる。出来る限り!記憶しておこう。本当に人は忘れていく動物。仕方ないのかなと思いつつ。やはり頭の片隅でいいから、きちんと整理しておこう。

本当に一日一日を大切に生きようと思うようになった。今まで以上に人と会い、話してみようという気持ちになった。目の前の事でもいい。これまで以上に真剣に一生懸命に取り組もうと思うようになった。こんなに考えた事があったかな?意識ってかわるものだねと。

あと・・・人それぞれなんだけど・・「暖かくなったら」とか「少し涼しくなったら」という言葉。最近はやめるというか、会いたい時には会っておいた方がいいよと思うようになった。決して不思議な事でなく、本当にそう語った方々とは会えなくなることが実に多い。「え?」と思う。人生って!と思うけど本当に人の人生って理不尽の積み重ねです。

想いに支えられていく

2024 年 1 月 5 日 金曜日

1月27日土曜日に予定している上映会の資料を纏めている。それにしても2023年はとんでもなく忙殺された時期があった事を思い出す。ある発表会にもしかしたら参加でもきないのではないか?と思った時間もあったものの多くの支えてくださる方々の「声」で何とかその「だめだ!」「だめかも知れないな」という身勝手な思いをバーン!と振り切る事が出来た。応援して下さるというそのあたたかな「想い」に応えていかないとならない!そんな気持ちでスタートしている2024年。たとえ熱くなっても、冷静に!冷静に!たんたんと進むことにする。

2024年1月1日 「令和6年能登半島地震」発生

2024 年 1 月 1 日 月曜日

2024年になりました。

青空が広がる。ああ!気持ちがいい元日!

初詣をして、今年も穏やかで、健康な日々でありますようにと・・・御神籤もひいて「大吉」に大喜び!

しかし・・・

なんと、天災とは日や時間もなく突然襲ってくるものだ。1日の午後4時10分頃、石川県能登地方を震源とする地震が発生した。同県志賀町で震度7を観測した。震源はごく浅い。地震の規模を示すマグニチュードは7・6と推定される。阪神淡路の地震より大きい?

気象庁は、能登地方に大津波警報、山形県から京都府を除く兵庫県までの日本海沿岸に津波警報を発令。さらに津波注意報を北海道から秋田、京都府、鳥取から佐賀の日本海側と長崎壱岐・対馬に発令した。ニュースは「早く非難を!」と声高に叫んでいる。

気象庁は石川県志賀町で震度7を観測した今回の地震ついて「令和6年能登半島地震」と命名した。

テレビから流れてくる火事の火事の様子。どうも輪島まの朝市のところのようた。昔、能登半島を旅して、輪島を訪れた日の事を思い出した、朝市の活気と「夕市もあるよ」と教えてもらった日の事を。

古い家々が倒壊している映像が流れる。ただただ・・・天災の脅威に言葉が出ない。

お疲れ様~2023年

2023 年 12 月 31 日 日曜日

2023年12月31日。

掃除も終わり、正月料理も完成。

何となく・・・ああ、今年もお疲れ様でした。

貪るように本を読みたい!

少し、いろんな雑事は忘れて・・・読むぞ。

よい年のなる事を祈念して、年越そばを食べる。