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ichiko | ichikoTV - Part 8 ichikoTV

‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ

大切なものに出会うか?

2023 年 3 月 8 日 水曜日

多分・・・運がいいと思う事にする・・・程に本当に仕事が山盛りである。ひとつひとつ冷静に着実にコツコツと対応していないと、何故か「逃げたくなる気持ち」が分かる。ひょいと列車に乗ってどこかへ行ってみたくなった。ほんの数秒の妄想。責任もってやらないとならないので、とにかく逃げたい気持ちに蓋をした(笑)

佐野洋子さんの「100万回死んだねこ」を読んだ。ははは・・・とその展開に心も軽くなったものの、次第に大切なものに出会うか否かで人生って変わる!そんな感動を覚え、最後の1行に涙が流れた。

国防色の白衣

2023 年 2 月 27 日 月曜日

昨夜、昔、インタビューしたある女性が亡くなったという事を電話で聞いたむ。不思議な事に3日ほど前に、その方の事が気になって・・・というよりあのお話をきちんと映像に遺しておくべきだな・・・と考えていたところだったのでかなり驚いて、そして取材した日をありありと思い出すと胸の奥がジリジリと痛くなり悲しくなった。

その方は、従軍看護婦をしていた体験を話してくださった。「白衣ではなくてね、国防色だったのよ・国防色って分かる?」と私に聞いた。次々と運び込まれる兵隊さんとの日々のやりとりを教えてくださった。当時は食糧が本当に無く、そんな中で、力がなくなっていく若い兵隊さんに飯とジャガイモをお湯でゆるくして一匙一匙食べさせた。「若い兵隊さんだった」と。彼の命の炎が消えそうになった時だった。一言「おかあさん」と言って亡くなったと聞かされた。それからその方がいろいろ話してくださったことは五感で感じ取ることのできる体験談そのものだった。だからこそ、ひとつひとつの言葉を紡いでいきたいと思っていた。

「平和な世界にね・・・」と言い・・・そして、眠るように天に召されたと聞いた。

本当に有難うございました。

数々のお話は決して忘れません。

安らかに・・・

2月のカレンダーに焦った!

2023 年 2 月 26 日 日曜日

ふっと・・・壁のカレンダーをみて慌てた。よく逃げ月とはいうものの2月はむ28日までしかない!本当に焦った。2月24日は朝一から外出、歩き回って歩き回っていた。途中の「休憩~!」もほぼ無しで、大通りの街路樹のところにあるベンチを見つけ、「おお!」とばかり座った。時計を確認する。次は17時のアポ。あと40分あった。どーしよう?と思ってその近辺の街巡りをした。以前証券会社かなんかあったな?というところにどちらかという若い女性が長蛇の列。看板の文字がよく見えなかったものの多分、甘いもの関係の店だろう。いわゆるスイーツ(笑)いちこの店舗が出来たのかもしらず、かぎ分けてやってこにられた女性たちは多分SNS世界で知って、クチコミなんだろうって思った。ひとつの字ラマも番組もできるなと思いつつ。それにしても高層ビルの林立よ。都心は実に高層ビルジャングルになっている。

さあ!次‼

時間

2023 年 2 月 7 日 火曜日

郷土史家の矢島勝昭先生が昨日2023年2月6日に亡くなったと聞いた。電話口で「えっ」と少し大きな声が出てしまった。ただただ驚き。

2月4日、遺跡見学会の後、たまたまか?矢島先生の自宅までみんなで行った。既に空き家になっている家の前でいろんな話をしながら私はいろんな矢島先生からの話を思い出していた。

時間は実に残酷を見せてくれるものだと。

2023年2月6日 明け方の夢

2023 年 2 月 6 日 月曜日

一体何なのか?全く不明。

ただ明け方の夢というだけで記録しておくことにした。

誰かと誰かが薄暗い部屋で静かに話している。

要は私がそれをこっそり?聞いているという設定か?

「按針が裏切ったんだ」と一人が言うと相手は可成り驚いた様子で言葉をつまらせている。「つまり裏切られたということだよ」と少し強く言う。

按針?とは三浦按針のことか?

全く不明。

ただそれだけの夢。

今年の自分へのテーマは「ととのえる」

2023 年 1 月 26 日 木曜日

朝から分刻みというほどでもないが、時間を刻んで動いていた。気ぜわしいのだ。原稿締め切りもあるがとにかくね・・・先ずはゆったりとして深呼吸‼と思う日々。2022年末からのカラダのぶっ壊れ状態は反省。やはりまずい。

そんなみこんなで今年の目標というか自分へのテーマは「ととのえる」にした。整える・・・調える・・・ととのえる‼

しかし氷点下も記録している日本の各地。東京も明日は雪だといっているけれど・・・ああ、雪はね、どうも・・・困っちゃうなぁ

遺構に想うこと つらつら・・・

2023 年 1 月 16 日 月曜日

意外と知られていないことなのだが、フジフイルムの発祥地が雑司ヶ谷だったということ。何故か?というとその土地の水質が抜群に良かったということ。

本当にこの事にふれたのはひょんなことだった。そのインタビューの時にはそれほど気にもしていなかったことが今思い出すと、「何という一瞬の出合‼」と改めて自分の内で感動した。ある意味、時間は経過したが結局、自分の内で静かに醸造されていた・・・そんな感覚である。

そして今、それこそ高層複合ビル建設にあたっての工事中でその遺構が発見され、2月に見学することになったのだが・・・ふっと眠れなくなるほど興奮している自分がいる。遠足前の子供とか単純なものでなく(笑)なんというか、子ども時代に戻ってみると、夏休みにだいたいシオカラトンボしかとれなかったのに、鎌倉の山の中でオニヤンマをつかまえた時のあの信じられないほどの興奮というか、あまり例としては一般的ではないが、細胞のひとつひとつがゾクゾクザワザワしている感覚である。

その遺構の画像を前もって研究者に見せていだたいて、その興奮はまた高まっていった。今年は関東大震災から100年経った年である。土の中からは関東大震災で破壊された乾板の破片や薬品の瓶などが発見されている。

何とも!無言でいても自分の細胞たちがざわめいている(笑)

高層ビルが建設され、お洒落なレストランなど出来て、デートコースななって相も変わらず皆がおんなじ感想を口にするのだろうなと思う。土地の記憶は誰かがしつこいほどに覚えておかないとならない・・・そう思っている。

とにかく詳細はまた!

夢に出てきた 友

2023 年 1 月 15 日 日曜日

少し前の事である。夢の中に昔の新聞社時代の知り合いが出てきた。彼は小高い丘の上に立っていた。丘の上は細かい草に覆われ小花が愛らしい。彼は、本当に嬉しそうに嬉しそうに笑っている・・・何を言うわけでもなくただ笑っていた。そんな夢だった。古墳への大きな夢があり本を書きたい・・・そんな願いも空しく退職後に病気で亡くなってしまった。今、思えば若すぎる死だったと思う。

中堅社員研修で知り合ったから、「研究」というタイトルで仲間たちと楽しい集いは何度もあって、その度、よく八重洲口の居酒屋で飲み、語ったものだった。読書家の彼は本当に本をよく読み、紹介してくれた。黒い鞄には「この本、面白いよ」とぎっしり本が詰まっていたな。

そんな集まりも無くなった時に連絡がつかない、つかない・・・そうこうしているうちに・・・「点」と「点」が繋がって、なんと!彼の死を知ったのだ。残された原稿を見つかった時か、仲間たちと纏めて遺稿集を出そうということになりまとめあげた。そして彼の奥さんや兄弟、研究者たちと八重洲の居酒屋で偲ぶ会をした日もあった。

彼が亡くなった後もいろいろ話もあって奥さんとは交流があったのだが・・・

「現在使われておりません」というMESSAGEを携帯電話から聞いた時は可成り焦った。郵便局でも調べてもらったが「現在、その住所には住んでおられませんね」という返事を郵便局からもらった時は「ああ、これで終わりというものか・・・夢の話も出来ないのか」等と思った。愕然とした。よくテレビドラマであるようにいろんなことを探り当てることは出来ないままである。自分はこんなにも非力なのか!?と思う。

最近は哀しみの片鱗を何か分かるようになってきた。言い方がうまくできないのだが、3年近くのコロナ生活を通じ、その間に友人が重い病気になっていたこと、また「うまく歩けないんだ」と言っていた方の本当に突然の訃報などに接すると本当に世の中にずーっと在った「哀しみ」の片鱗がいろんなところに突き刺さっていくのが分かる。

リモートで飲み会だ打ち合わせなどが頻繁に行われている昨今。殆ど表情もかえずに淡々と対応しているつもりだが、トシを重ねていくということが辛いものかが分かってくる。冷静になればなるほど自分の非力さもしみじみと分かるのだ。

願わくば・・・何かが風にのってでも来てほしい。

2023年初夢

2023 年 1 月 2 日 月曜日

1日の夜に見る夢が初夢であれば・・・何とも不思議極まる夢を見た。近代都市化?キラキラと煌く都市と隔てて、まるで遺跡のような都市がある。その間を繫ぐ塀のようなものがあり、私は誰かとその塀に座ってみている。隣の男性は誰なんだろう?と思いながら実に軽快にその塀を飛んでまわって都市を見比べているのだ。そしてまた腰掛けると、隣の男性が「原子力が無くてはならないんですよ。やはり原子力が必要なんです、都市には」というのである。遺跡のような都市と煌くような未来都市を交互に見つめながら「はて」と私は考えこんでいるとその男性はまるで羽の生えた何か?のように宙に消えた。

あぁぁぁ・・・これが2023年の初夢ですかぃ?

人との付き合い

2022 年 12 月 27 日 火曜日

最近は「墓じまい」をする人が増えていると聞く。また身近では「年賀状じまい」を申し出らけれる方が多い。年賀状くらいのお付き合いの方であると元気でいらにっしゃるのか!と分かるだけでも嬉しいものだが、どうもこのコロナという感染症を乗り越えている中で人と人との付き合い方が変化しているのようだ。何とも・・・来年の事を言えば鬼が笑うのであろうが、新年会の計画などが進むと嬉しい限りで思わず微笑んでしまう。