用事あって銀座へ。
あらまあ~
休みの日の銀座は銀ブラには適さない?
そんな感じで歩き回っていた。
異国の言葉で溢れている。
完全に観光客で溢れている。
手には大荷物の人々。
時々、夜の銀座も歩くけれど・・・
何かが変わったな。
これが「時代」なのかもしれないね。
用事あって銀座へ。
あらまあ~
休みの日の銀座は銀ブラには適さない?
そんな感じで歩き回っていた。
異国の言葉で溢れている。
完全に観光客で溢れている。
手には大荷物の人々。
時々、夜の銀座も歩くけれど・・・
何かが変わったな。
これが「時代」なのかもしれないね。
夏に向かって一句!
青空をむしゃり喰いつく雲の峰
K氏のお母様の告別式に参列。
「としまの記憶」をつなぐ会としては語り部としてお話しを動画におさめた。
「記憶の残るあの日あの時」の取材ではインタビューをして記事にまとめた。
棺のなかで静かに眠られていた。
あんなにお元気でいらしたのに・・・と思うと、本当に辛い。
享年87歳。
いろいろお世話になりました。
どうぞ安らかに
ポストに一通の葉書があった。
『今世ではありがとうございました。お先に失礼します。』
えっ?なに??
それは、企画制作パオの代表・光永憲之さんの「死」の報せだった。ご子息からの葉書。代表として、映画プロデューサーとして父として見事な最期でした・・・とあった。晴天の七夕に映画監督だった槙坪さんへ逢いに逝いったとあった。見事な最期という言葉で少し安心したあとに・・・深い悲しみが押し寄せた。
ふっと一週間ほど前か、そろそろ映画が完成したかな?試写会かな?などとふっと思ってスマホの連絡先を検索したがそのまま何もしなかった。
槙坪さんは4度目の命日を迎えたとある。
月日は残酷に過ぎ去っていく。
ひとつひとつの情景が浮かぶ。
初めて会った日のこと。
試写会の日のこと。
今では誰でもが意識していることだが、青少年の性の問題、介護の問題、親の看取り・・・社会問題を丁寧に切り取った作品を手掛けた槙坪さんだった。
リウマチが酷くなった頃、ずいぶんと心配した。
面会謝絶の日々もあった。
しかし、いつも微笑みを絶やさず彼女のそばに付き添っていたのが光永さんだった。
葉書にはお二人の若いころの写真がある。
天国で「あら!」なんて、あの飄々とした表情で槙坪さんは言っているのかも知れないな・・・
企画制作パオ
都知事選が盛り上がっているのはいいが、小池百合子さんに殺人予告だ、鳥越俊太郎さんに淫行疑惑だの・・・何か、それぞれの人々、組織の思惑で、軸がずれていくのが困ったものだと思う。殺人予告の件は逮捕されたようであるが、一体何をもってそんなことを呟くのだろうか?また数年前の女性問題?もきちんと取材をしているのか?また今さら?とも思う。要は、政策をいかに明確に、具体化していくか。いずれにしても7月31日までいよいよである。
考えてみれば、私などホントに毎日毎日、ただ、ばたばたとしているだけで、たいしたことなどしていない・・・・
政治家は毎日毎日が「公人」である。
先週、自転車で転倒して入院した自民党の谷垣幹事長。なんでも皇居外苑でサイクリングをしている最中に転倒し救急搬送されたそうだ。総務会を欠席ということだったが、脊髄を痛め、手術を受けてようである。8月3日に行われる党役員人事や内閣改造に確実に影響を及ぼすなあ。確か、谷垣さんは以前も自転車で転倒されたと思うが・・・
ル・コルビュジエという名前はかなり前から記憶がある。昔、祖父がレストラン「常盤家」を経営していたが、父が副社長時代に丸の内に建築家・村田豊先生に新しい店舗の設計を頼んだ。その村田豊先生がル・コルビュジエに師事していたという方だった。今では当たり前のように見られるアクリルの照明器具などは昭和30年代には「未来」をイメージしたもののようだった。今思えば、不思議な店内。空間を設計される先生だったという記憶が微かにある。父は村田豊先生が設計した「キャンティー」にもよく連れて行ってくれた。そこを訪れる人々の何か日常を乖離した雰囲気は今でも忘れられないものだ。
何もなくなってしまった今は記憶と思い出の中であるが、脳がしっかりしている間はさの思い出の中に入っていけるわけだ。
トルコのイスタンブールで開催されている国連教育科学文化機関の世界遺産委員会が7月17日、東京の国立西洋美術館本館を含む7カ国17資産で構成される「ル・コルビュジエの建築作品」の世界文化遺産登録を決めた。トルコでのクーデターもあってどうなることかと思っていたが・・・・
私はこの国立西洋美術館本館が昔から大好きである。自然光がうつしだす独特の館内で鑑賞する名画たち。時間の経つのを忘れてしまうほどである。
日々の中で、ほっと一息いれることも必要だろう。
時間に縛られることなく、名画鑑賞をしたい!
早朝から、鳥たちが妙に賑やかだった。
普段と違うほど賑やかだった。
ちょっとね、じんじょうでない賑やかさだった。
「地震でもおこるんじゃあないの?」と言った。
それが起こった。
伊勢先生によれば「丙申年の庚子日だからね。これが8月でなくてよかった」とは言うけれど、いつ起こるかしれない天災。備えあればが一番わかるのはやはり天災でしょうな。メンタルな備えも大切ですね。