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戦後70年企画「戦後池袋―ヤミ市から自由文化都市へ―」 « ichikoTV

戦後70年企画「戦後池袋―ヤミ市から自由文化都市へ―」

いよいよ9月14日から始まる戦後70年企画「戦後池袋―ヤミ市から自由文化都市へ―」(主催 豊島区・東京芸術劇場・立教大学)。

戦後70年の節目の年に、ヤミ市という歴史のターニングポイントを直視し、戦後日  本の歩んできた道と〈自由文化都市・池袋〉の未来を考えるという企画であるが、展示版もいよいよ大詰め・・・。

 

 

★「池袋=自由文化都市」プロジェクト実行委員長の渡辺憲司先生メッセージ★

戦後池袋 ヤミ市から自由文化都市へ

昭和20年4月13日、所謂、城北大空襲は、池袋を焼き尽くした。

8月15日終戦。この時、壊滅的打撃からいち早く立ち上がったのは通称ヤミ市と呼ばれたマーケットである。それは、灰土の中に点された熱い池袋人の思いの結晶であった。闇の向こうに底光りがあり、大正ロマンが残光を繋いだ。

立教大学・自由学園など自由教育の地盤、アジアからの熱いまなざし、宣教師たちの西欧文化移入、絆に紡がれた雑司ケ谷の文化遺産がこの地にあった。

池袋は自由文化都市の先進性を伝統としていたのである。ヤミ市を、人は自由市場と呼ぶ。ヤミ市の底深く流れていたのは、この自由への思いである。

自由は常に渇望から生まれる。人々の渇望の坩堝がヤミ市であった。訪れた平和のエネルギーがこの地にあった。しかし、平和への思いの風化は進んだ。

私たちはこのエネルギーの所在をしっかりと見つめなおしたいと考えた。

忘れてはならないと考えた。

ここで、世界を牽引する日本のマンガ文化・アニメ文化の担い手が育まれ、池袋モンパルナスの若き芸術家の魂が躍動し、江戸川乱歩等の大衆文化が胎動した。笑いは楔を放ち開放され、映画館に鈴なりになり、歌謡曲やジャズと一緒に、恋は町にあふれ、躍動のリズムが劇場に鳴り響いた。

昭和30年代まで、池袋西口のヤミ市は、存続した。

池袋のヤミ市が担ったのは、飲食のみではない。衣料品、おもちゃや模型店が並び多くの婦人子供の足を止めたという。他のヤミ市以上に庶民の生活に密着していたのである。

戦後70年を迎える今日、文化創造都市池袋は大きな節目を迎えた。

この企画は「池袋学」の上に戦後池袋の平和への原点を刻む試みである。

 

公式サイトはこちら      http://www.ikebukuro2015.com/

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