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ch01.政治 | ichikoTV - Part 15 ichikoTV

‘ch01.政治’ カテゴリーのアーカイブ

流されないこと

2021 年 3 月 16 日 火曜日

コロナ禍における「緊急事態宣言」。

いろいろなセミナーや会議は殆どリモートで行われている昨今。

会場まで交通機関を利用せずに聞けることは考えて見れば夢のようでもある。

また、地方への出張もなしにリモートで解決出来ればある意味、言うことなしでもある。

日々感じる「ある感覚」。

作家の佐藤優さんが「コロナは50年後には忘れ去られる」と言っていた。記憶には残らないと。ただし東日本大震災のような3/11という日付けと強烈な映像は残ると。

50年後なんて多分というか絶対に生きてはいないし、想像も出来ない。ただ、私は「記憶の遺産」という活動をする中で感じる事は、関東大震災にしても空襲にしてもそして終戦にしても人々の記憶の中に「日付」は確実についてまわっているということだ。

いずれにしても、コロナ禍状態は・・・暫くは継続するだろうという答えが多い。自己防衛出来る事を徹底するしかない。そして「冷静な判断」のみ。流されないということかな?

映画「めぐみへの誓い」

2021 年 3 月 7 日 日曜日

人は忘れていく・・・仕方なとのだが、忘れてはいけないことが世の中にはたくさんある。北朝鮮の拉致問題も決して風化させてはいけない社会問題である。しかし、とにかく見えない事が多すぎる。分からないことが多すぎる。

1977年11月15日。新潟県の中学校に通う13歳の横田めくみさん、部活からの帰り道に北朝鮮に拉致される。何故?という疑問だけ。いろいろいろいろ言う人はいる。しかし、その理由もなにもないまま噂として広がっているだけである。

拉致被害者とその家族の苦悩と闘いを描いたドラマで、劇団夜想会主宰の野伏翔が演出・脚本を手がけた舞台劇「めぐみへの誓い 奪還」が野伏監督によって映画された。『めぐみへの誓い』を観た。

若い工作員キム・ヒョンヒも登場する。拉致された田口さんが日本人化教育の教師となり、姉妹のように心を通わせていく。しかしキム・ヒョンヒは、大韓航空機爆破事件の実行犯となる。

日本では、肉親やその支援者たちが必死の署名活動を続けていくが、まだ何の進展もない?

取材データに基づいたフィクションであるとはいうが、また、書き込めない、表現できない部分も多々あったと思うが、関心のある方は是非、見てほしいと思う。

https://www.megumi-movie.net/

夢の続き

2021 年 3 月 6 日 土曜日

昨日見た夢の事が気になっていろいろ調べてみた。探している2つの事・・・というのが未だピンとこないのであるが。

かなり昔にも海に浮かぶ鳥居に采女のような人が手をふり、「早く三番目の鳥居にきてください」と言っていた、そんな夢を見たことがある。夢の中で私は鳥のように本当にイキイキと空を飛び、海を見下ろしていた。この時の気になって・・・その時分はたまたま、そちらの世界に詳しい方の知り合いがいて、彼女に相談した事がある。ある地域の大きな地図を広げて、二時間ほどかけて「ここ!」というポイントを教えてもらい、訊ねたことがある。気持ちも高まり、またまだ若かった。やはり、その時代のエネルギーってあるなと感じる。

そして、その時はやはりびっくりするような事実を知ることが出来た。地形も変わっていたのだろう、鳥居は海の中にはなかったが、海辺の鳥居に刻まれたある名前で言葉を失ったことがあった。

人生、どんなに長寿でも100年未満だろう(笑)そんな時間に見た夢に隠された何かに出会うことが出来たとしたら、それは生きた証ともいえそうだなと思った。

但馬の法華寺・・・GOtoなんとかじゃないけど・・・・緊急事態何とかがとけて(笑)仕事だ諸々の塊も溶けてきたら行動におこすか!

橋本聖子さんの決断

2021 年 2 月 19 日 金曜日

五輪開幕まで5カ月あまり。且つ、最も大変な事が新型コロナウイルスの感染収束が見えてこないというところ。「私、コロナは来月には収束致します‼」なんてことがない限り、人から人への感染は意地悪くも拡大していくだろう。

政治には全く素人だが、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長に橋本聖子さんが就任される感覚はあった。勿論、橋本さんが要請を受けるかどうかぎりぎりまでの深い深い苦悩があったことは想像を絶するとは思うが。組織委幹部から就任の打診に対しても「さすがに無理」と断っていたというが、やはり何かの力が働いたに違いない。しかし、衆目の一致する適任者である事にちがいはない。

もう「決断」されたのだ。マスコミも過去のあれだこれだをほじくり返すことはやめないか?

ジョー・バイデン氏が就任

2021 年 1 月 21 日 木曜日

2021年1月20日、米国の第46代大統領に民主党のジョー・バイデン氏が就任した。「今日は米国にとって歴史的な民主主義の日だ。民主主義は勝利した」と演説された。そして米国民、米国を団結させることに全霊をささげると述べる。バイデン氏のメッセージの基本にはなんでもケネディ大統領の演説への感銘があると言う。自分のものとして言葉を発信された。新型コロナウイルス感染とともにアメリカ国内の分断。問題は山積みと思うが収束と修復に向けて頑張っていただきたい。

陽性者が2000人突破

2021 年 1 月 15 日 金曜日

2021年1月15日。東京はコロナウイルス感染者が2000人を超えた。まさか・・・と思う気持ちが強い上、これからどんどん増えていくのではないか?といった確信のようなものが感じられる。緊急事態宣言というのに、ニュースでは人々の変わらぬ動きを捉えている。ある若者たちが昼からランチで少し酒を飲み、「これからどうするんですか」という記者の問いに「カラオケに行こうっかな」と言ってはしゃぐ。危機感は全くない姿が映し出される。

ワイドショーやニュースを見ている限り、言いたいことは山ほどある。感想の一つに政治家の姿にただ失望感が強い。あの若者たちと一緒といえるほど危機感はない。200人ほどの人を集めて新年会を催したという政治家は「全く問題ない」と開き直っていた。「たまたま宴席に行ったら9人だった」と言った元大臣もいる。いちいちチェックもやめようと思うほど、不愉快極まりない。

まだ言いたい事も山ほど!

書きききれないほど‼

慣れるということ

2021 年 1 月 10 日 日曜日

緊急事態宣言が発出された。繁華街には全くよらず。ただニュースで街の様子を見る限り、昨年に比較して、やはり「慣れてしまったのか」と思ってしまう。「自分のまわりで感染した人がいないから~」と言ったコメントわしている人間がいる限り、「感染した家族、親戚、知人、友人」が出ない限り、人というものは出かけもある意味勝手な事わしてしまうものなのだろう。

スペイン風邪の流行について、本などを読んで見ると、教訓は生かされているのか?と思う。ウイルスは人を選ばず。天皇までもが罹患した。本当に経路さえ不明な事が多いのだ。今、生活している人々にとってはかなりのパンデミックなのだ。必死に教訓を学び、目の前の事を見ながら予測し、このパンデミックと対峙していくことしかない。

いつが緊急事態?

2021 年 1 月 6 日 水曜日

素人ながらも想定していた感染者数。1000人など超えている筈だと。いや、徹底的に調べたら、多分、絶句だよ。お先真っ暗の数字が出ると思っている。

民間の医療関係者から「PCR検査をしろしろ」と連絡がくる。いずれにしてもね、明日は検査するのよ!

まるで人格が変わったかの如くの生活を継続している。マスクもいろいろシーン別に替えている。消毒液を常に携帯して、手洗いと嗽。これ以上、どうするんだ?というほどしている。

たまたま知人がご主人の病気の事で病院に行って、PCR検査をしてなんと感染していることが分かった・・・ことが半年前にあった。彼女はいきなりホテル生活2週間へ!ホテル生活などの予定もしていなくそれこそ「いきなり」だったらしい。あとから「コロナ日記」なるものを拝見した。「時間があるから細かく書いた」と言う。毎日の弁当の中身までが細かく書かれている。そして無事に陰性になって退所した時、意識が変わったという。「もうさ、時間がそんなにはないよ」と言われた。彼女は潔い行動に出た。経営していたスタジオを他の方に任せそして新たなる自分のしたいことに向かった。そう、人生なんてそう長くはないものだ・・・とつくづく思った。

人生100年時代とかワイワイと気軽に言っている場合じゃない。人は「年齢」じやないなというシーンに本当にぶつかる。それで、こんなコロナ禍を想像もせず、優雅な時間の過ごし方に浸っていたでしょ?と。

最近、強く思う。もしかしたら・・・組織大事という時代が終焉なのかも知れないなと。政府の関係者?がそれを意識しすぎた会見ばかりである。個としての意見や考えなんてないわけで。「本音なんて言っちゃあ、政治家としておわっちゃう」ということらしい。ああ、そうかい?という感想だ。

毎日、寝るときに考える。日本のリーダーは?今、必要なリーダーは誰?といろいろ考えあぐねる。昔の総理大臣の事も思い浮かべ、そして日本だけでなく、世界の事も考えてしまう。見えない敵「コロナウイルス」がいきなりやってきて、それほどの時代になってしまったのだから。

いよいよ・・・というか1月7日にはまたまた緊急事態宣言が出るらしい。

仕事はじめ・・・ですが

2021 年 1 月 4 日 月曜日

なんというか・・・渦潮に巻き込まれたかのように?ではなく本当に洗濯機の中にでも飛び込んだ日々である。1月4日は一応仕事はじめではあるが、私のような仕事をしていると実は仕事納めというものも曖昧である。コロナウイルスに侵されることもないサラリーマン時代の仕事納めと言えば、お得意様巡りだなんだかんだと言って、そのまま気の合う人間とちょいと一杯、年の瀬に~と何ともワクワク気分の時もあった。しかし、昨年からの徐々に押し寄せる恐怖にいろいろ、本当にない脳みそのフル回転で考えた。そしてシステム手帳をさらりと読み返してみた。なんということか!1月のメモは信じられないほどに脳天気な日々、飲み会など入って、またワイワイやっていたのかと思うと・・・そして2月1日に大切なセミナー2回目の無事終了で本当にほっとしたが、それからまさに忍び寄るコロナウイルスの脅威に息をひそめた。

人には想像もできないことが待ち受け、そしてそれに対処する術わ知らないとこんなにも右往左往するものかと思った。即座に回答が出来ない人々、怒っても心配してもそれは解決にならず、何しても徒労にしか思えないことが多かった。しかし、今回のウイルス出現とその社会、そして人々の思考というか判断、発言、行為によって今まで無事に平凡な時間では決して分からなかった事柄が見えてきた。不思議というまはこういう時に使うんじゃないか?と思った。

いずれにしても仕事の仕方もそして生き方もいろいろ順応していくしかない。

青空

2021 年 1 月 2 日 土曜日

見上げると真っ青な空。

美しい新年。

ディスタンス守って・・・初詣。

御神籤もひいた。

「吉」と出た。

これでいいんだ~と満足な新年です。