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ch04.カルチャー | ichikoTV - Part 21 ichikoTV

‘ch04.カルチャー’ カテゴリーのアーカイブ

1年中 何とかの日 

2019 年 3 月 14 日 木曜日

役所であるフォーラムに参加した。活発な意見が出る会場。その勢いが気分転換になった。

終了後に街中へ。?街が妙にワサワサしている。何?そうか!今日は「ホワイトデー」なんですね。手にしているのはクッキーとか?

最近の日本人って1年じゅう、なんかしらの行事がある。ある意味、忙しい。ある人に「今日は数学の日ですよ」と言われ「え?」と聞きなおすと「円周率ですよ」と返された。ほほーっ!3・14ねぇ。

昔々の話だが・・・円周率4万桁暗唱に成功した元ギネス記録保持者である友寄英哲さんを招いた「記憶力セミナー」とかを開催したことがあった。時間内に4万桁はご披露できなかったが、脳を鍛えることは良いことだ。

なんか、昔、企画したセミナー内容って妙に面白いね (笑)

 

砂時計で4分間

2019 年 3 月 4 日 月曜日

午後から某セミナーに参加するため、築地本願寺へ。

今日は冬に舞い戻り~

雨降りの上、気温も低い。

じーっとしていたい・・・ところだが、いざ!築地へ。

セミナーまで少し時間があったので、築地本願寺内のCAFEへ行き、珈琲を注文する。

「砂時計で4分お待ちください」と言われた。

砂時計とは!実に久しぶり。

私の横に座る女性は真剣に本を広げ読んでいる。

斜め前の女性二人は家族の癌の闘病生活についていろいろ話している。

雨脚が強くなってきている。

傘をさす外国人の姿がやたらと目立っている。

なんて静かな昼下がりだろうか・・・

4分という〝時〟。

いつもは感じていない時間。

いろんなものに気づかされた。

清土鬼子母神堂

2019 年 3 月 2 日 土曜日

地域情報誌にレギュラーで「雑司が谷物語」というコラムを書いている。今日は、雑司ヶ谷鬼子母神の御本尊となったという仏像が発見されたという清土鬼子母神堂をたずねた。ここは雑司が谷七福神の中で、唯一、文京区(目白台2丁目)にある吉祥天を祀っている。不忍通り沿いから少し奥まったところにあるので、たいがい気づかず通り過ぎてしまう。境内の入り口には確かに「鬼子母尊神出現所」と刻まれた石標があるのだ。しみじみと見つめてしまう。

雑司の役にあった柳下若挟守の家臣の山村丹右衛門が永禄4年(1561)、なんでも、夜な夜な光るものを見る。池水に星が影を宿して光っているかと思われたが・・・不思議に思って池のあたりを掘ったところ出現したというわけである。このあたりが何ともオカルトっぽいところもある。そして、出現して仏像を浄めたとされるのが星の井(清土鬼子母神境内にある三角井戸)である。何故?三角なのか、これがまたまた不思議極まりない。三角形には何かがある!

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平成時代最後の『社会貢献活動見本市』

2019 年 2 月 23 日 土曜日

本日は第13回『社会貢献活動見本市』。豊島区区役所の一階のとしまスクエアで開催された。「としまの記憶」をつなぐ会でブース出展しているので朝から準備で会場に入る。

午後からの動員がすごくて・・・記憶の遺産として特別上映会が始まるころ、なんと!なんた!昔の仲間たちが登場した!「わかるぅ?」と背後で声が。おおざっぱにいうと約半世紀か?再会ではあるものの、もう穴があったら入りたいほど(笑)

そんなこんなで最終の表彰式、そして懇親会と実に忙しい時間が過ぎた。

しかし、今回は「平成時代」最後の見本市である!

引出しの中の写真に・・・

2019 年 2 月 21 日 木曜日

「神楽坂女声合唱団」が結成20周年を迎える。

『20周年記念史を作ろう!』

また、“言い出しっぺ”をしてしまった。

どうも、学生時代からこうした性格は変わらないものだと、つくづく思う。何かあると「私がやります」と手をあげていた。何なんだ!静かに、時が過ぎ去るのを、歌の一句でも詠んで過ごしていればいいものを・・・それが出来ない性格、まっすぐ「猪突猛進」してしまう性格。それでいて細かいことが気になる性格だから疲れが継続するのだよ(笑)もうその性格はなおるものではないから踏ん張ってなしとげよう。

 

なんか写真あるかな?と・・・

ジャンジャンと兎に角、写真の紙焼きをいれている引出しがある。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・すごいことになってしまった。

なんて若いんだ!

20代だからですよっ!

なんかいいね!

30代で怖いものなしで闊歩していた頃よ!

 

アタマ冷やそう。

暫く冷静に冷静に選択し分類していくしかない。

 

あの日

2019 年 2 月 19 日 火曜日

平成の「記憶の遺産」ということで郷土史研究家だった伊藤榮洪先生の講演会を編集した動画を教え子だったNさんのお宅へ受け取りに行く。

「大正ろまん」の講座は懐かしい。まだ元気な伊藤先生の姿が映し出され、その映像が終わった後、何ともいえない気持ちになっていた。

後から分かることであるが、亡くなる10日前のインタビューのあの日が思い出された。「その日」までよく眠れない日々が続いていた。

Nさんの中学校時代の話を聞きながら思う。過ぎてしまうと決して戻らぬ時間・記憶・想い出があるということ。

あの日のかいしゅうである。

骨皮筋衛門

2019 年 2 月 17 日 日曜日

先般、あるPARTYで、ある男性がその主催者と久しぶりにハグをした時にあまりに痩せていたということで私に「骨川筋衛門だったのでビックリしたよ~」と言っていた。

久しぶりに痩せている表現を聞いた。骨皮筋衛門、骨皮筋右衛門ともいう。多分、分からないでキョトンとする人も多いだろう。

「あらら、そうですか。体調が心配ですねぇ」と返しておいたが、言葉の表現は本当に面白いものだと改めて思った。

反対に太った場合は何と言うのだろう?昔、ある人がスリーサイズがすべて同じような女性に「Excuse me」というべきところを思わず「碾き臼め・・・」」と言ってしまったら「OH!」と彼女は微笑み、何と言語が通じてしまったということを聞いたことがある。

歌舞伎座へ

2019 年 2 月 9 日 土曜日

2019年2月2日(土)から始まった「二月大歌舞伎」。初世尾上辰之助三十三回忌追善である。

なにがなんでも行くぞ!と。

みぞれまじり。本当に冷え込んでいる夜、久しぶりに歌舞伎座へ。

昭和62(1987)年3月28日、40歳の若さで亡くなった辰之助。病気療養から復帰したのを喜んだのも束の間、あっと言う間の突然の訃報に驚いたあの日から何と32年の月日が流れたのである。

特に今回、夜の部を選んだのは『名月八幡祭』。辰之助世代が揃う。息子の松緑さんの演じる縮屋新助はなかなか。

しかし、追善というのは本当にその人々が揃っている、そんな感がする舞台であることに気付く。

そして仁左衛門さんと玉三郎さん。変な言い方ではあるが半世紀たっても変わらぬあの頃のままである。

また「當年祝春駒」は特に華やいだ舞台は新春に相応しく・・・感動。

古い本って・・・

2019 年 2 月 6 日 水曜日

仕事がら、古い書籍を手に取ることが多い。時々、シミ?のようなものがあり、年月の何とも言えないにおいというか・・・必ずや「ハックショーン!」とアレルギー症状になる。さっさと読んでしまおうと気がせくのだが、どうも意外と古い本には「そこまで書くか!」「嘘だろ!」「よくやった!」というものが見つかりつい夢中になってしまう。

「ハックショーン!」

この辛さと楽しさ。

つまり矛盾との闘いだね。

先人に学ぶこと

2019 年 1 月 14 日 月曜日

最近の磯田道史さんの活動はなかなか!と思ってみている。以前も読んで直ぐにブログに書いたかも知れないが・・・

『天災から日本史を読みなおす – 先人に学ぶ防災 』中公新書は実に何度読んでも面白い。ああ!時代が変わっても結局みんな地球で生きているからだよなあ~と漠然と思う。 

豊臣政権を揺るがした二度の大地震、一七〇七年の宝永地震が招いた富士山噴火、 佐賀藩を「軍事大国」に変えた台風、森繁久彌が遭遇した大津波。 史料に残された「災い」の記録をひもとくと、「もう一つの日本史」が見えてくる。 富士山の火山灰はどれほど降るのか、土砂崩れを知らせる「臭い」、そして津波から助かるための鉄則とは? 東日本大震災後に津波常襲地に移住した著者が伝える、災害から命を守る先人の知恵。

【目次】

まえがき――イタリアの歴史哲学者を襲った大地震

第1章 秀吉と二つの地震
1 天正地震と戦国武将
2 伏見地震が終わらせた秀吉の天下
第2章 宝永地震が招いた津波と富士山噴火
1 一七〇七年の富士山噴火に学ぶ
2 「岡本元朝日記」が伝える実態
3 高知種崎で被災した武士の証言
4 全国を襲った宝永津波
5 南海トラフはいつ動くのか
第3章 土砂崩れ・高潮と日本人
1 土砂崩れから逃れるために
2 高潮から逃れる江戸の知恵
第4章 災害が変えた幕末史
1 「軍事大国」佐賀藩を生んだシーボルト台風
2 文政京都地震の教訓
3 忍者で防災
第5章 津波から生きのびる知恵
1 母が生きのびた徳島の津波
2 地震の前兆をとらえよ
第6章 東日本大震災の教訓
1 南三陸町を歩いてわかったこと
2 大船渡小に学ぶ
3 村を救った、ある村長の記録