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ch10.生活 | ichikoTV - Part 36 ichikoTV

‘ch10.生活’ カテゴリーのアーカイブ

鏡開き

2018 年 1 月 11 日 木曜日

2018年の鏡開きは本日1月11日です。正月に神様や仏様にお供えしていた鏡餅を下げ、それを家族で食べるという習わし。そもそも鏡餅は、穀物の神様である年神様へのお供え物であり神様の魂が宿るとされているものです。鏡餅を食べることで、無病息災、健康長寿、子孫繁栄など良縁が・・・と言われています。日本に昔から伝わるもの、こと。最近は本当に素晴らしいことばかりだと感じている。餅を木槌でたたいた、そんな光景が目に浮かぶ、遠い遠い昔の光景だ。

本の整理

2018 年 1 月 7 日 日曜日

昨年からの本の整理。

美術関係のものは兎に角、重いから下段へ。

午後、注文していた本棚が届く。

兎に角、黙々と整理・・・整理・・・整理。

極寒らしい・・・

2017 年 12 月 8 日 金曜日

このところ、いきなり寒くなった。夏場に「えい!もう捨ててしまおうか」と思っていた数々のものが手放せなくなる(笑)

大寒に向かって本当に寒くなっていくようだ・・・今年から来年の大寒1月20日あたりまで極寒らしいですよ。いやいや、毎年2月の寒さは特別だ!

そして、こうした時期に美味しくなるのがなんと「卵」。とにかくトリも栄養を貯えようと餌をいつもより食べるので卵の栄養がパンッ!とあがるそうだ。

ういろう

2017 年 8 月 9 日 水曜日

ういろうと言えば、薬に関心でもなければお菓子を思い浮かべる人が多いと思うが、十返舎一九の「続膝栗毛」(1816)の中でもやじきたが薬のういろうをお菓子と勘違いして食べてしまう話など・・・実に愉快なのだ!

静岡・安倍川のあたりで今も続く「せきべや」で安倍川もちを食べる。満足したのか?と思うとまた愉快である!

しかし、日本最古の薬 外郎・透頂香(ういろう・とうちんこう)は飲むと胸がす-っとする。

 

 

七夕

2017 年 7 月 7 日 金曜日

取材を終えて・・・

某神社へ。

茅の輪をくぐって、七夕の願いを。

そもそもは正月から六月までの半年間の罪穢を祓う夏越しの大祓(おおはらえ)に使用される。それをくぐることにより、疫病や罪穢が祓われるといわれている。

2017年の七夕は雨もふらず・・・夜空を見上げると満月であった。

短冊には「世界の平和」を。

雷鳴

2017 年 4 月 3 日 月曜日

昼下がりから友人たちとあれやこれやの会議。

大いにもり上がってきたころに雷鳴、

そして大雨。

なっなんなんだ?という感じの一日が終わる。

さくらは満開まで、あと少し。

さくら・・・思い出すことが多すぎる春。

 

二十四節気は永遠

2017 年 3 月 5 日 日曜日

人生はホントにいろいろ~いろいろ~あるけれど・・・二十四節気は永遠。

本日は二十四節気暦でいう「啓蟄」。干支でいうと「卯」月のスタートを意味する。つまり仲春。春のど真ん中は3月15日後にきて「春分の日」。そして仲春が終わると「清明」から「辰」の月、さまり晩春に移る。

まだまだ寒い・・・と言っていても一雨ごとに気温が上がり、日差しも徐々に暖かくなってくるのだ。今年は雨が少ないけれどね。

でも桜のつぼみの状態だって変わっている!

山菜の姿が春の訪れを表現するのだ~(^^♪

まあ、すったもんだも刻刻と変わる季節の中でのこと。

そして大宇宙の中での小さな出来事と考えれば・・・

少し気も楽になるね(^^♪

よろしくです

2017 年 2 月 24 日 金曜日

世の中ってよく事情とか実情とか知らずいろんな意見を仰せの方がいる。子どもの貧困問題についても然り。もしご関心のある方はご協力をお願いします。

http://florence.or.jp/lp/support-single/

竹本焼

2017 年 2 月 2 日 木曜日

朝一番で郷土資料館へ。雑司ヶ谷で嘗てあった「竹本焼」について調べる。コラム執筆についてはいつになるかは未定であるが、随分とあたためてしまっているなと。人々の生活の中で生まれた生活用品というよりは美術品に近い。国立博物館にも所蔵されている焼き物である。磁器であるから不思議であったがやはりこのあたりの材料は運んできたようである。どこかできいてような台詞だが・・・実に面白い!

夜は都内某所で気の置けない仲間たちと一献。政治談議にはなさいて・・・

写真整理の愉しみと悩み

2017 年 1 月 31 日 火曜日

昨年から、家の中にドーンとあるアルバム、パラの写真の整理の事業を開始している。意外といつかいつか・・・といつているうちに、写真の整理は出来ず、特にトシとってくると最近では「終活」なんて言っているうちに、健康問題やシビアな相続問題に視点が動いて、写真のことなどアタマからはずれていくものなのだ。人間らしさってこういうもんなんだろうって思う。

今日は朝から、家事代行のプロとそんなこんなでのミーテイング。小さいお子さんのいる家庭は、粘土の作品、段ボール作品、お絵かき、レゴの組み立てなとなど、写真だけでなく記録にとどろめたいものが山積みらしい。今では静止画像だけでなく動画にも記録できる。その子供が大きく成長した時、半永久的にその時代の自分に出会えたら、どんなに幸せだろうって思う。

且つ、最も求められるのがセキュリティ問題であり、これは完全にクリアしないとならない。

写真整理は老年だけでなく、いろんな世代の愉しみとそして悩みであることが分かる。

人々の生活をリアルに見ながら、いろんなシーンを想定してがつがつ進めて行くか!