ああ!そうでしたた!本日はホワイトデーなんですね。最近はホワイトデーだもチョコレートを贈る方も多いようで、本当にチョコレート好きの私にとってはどちらも嬉しいイベントでありますね。義理チョコのお返しにクッキー、ビスケット・・・エトセトラ。いずれにしても重くならなければ楽しいイベントなんでしょう。
‘ichiko’ カテゴリーのアーカイブ
ホワイトデー
2015 年 3 月 14 日 土曜日姐さん、そうきたか!
2015 年 3 月 12 日 木曜日最近、メールの宛名で「なるほどね!」と思う事がある。たいがいは「吉田様」「吉田さん」である。また「吉田いち子様」。ファーストネームはやはり「親しさ」の現れとなる。「いち子様」「いち子さん」「いっちゃん」・・・と続く。しかし、最近、くぐっと見えてきたのが「いち子先輩」。同窓であれば何の抵抗もないが、全く関係ない場合は「何で?どうして?トシが上だから?」とあまり気分にフィットしないものだ。「先輩!」「先輩!」と言われてもねぇ。少し五月蠅く感じるのがホンネ。そして今回、カガガーンときたのが「いち子姐さん」。姐さんって?またまた「何?どこ系?」といいう気持ちになった。あたしゃ、姐さんか?と。結構、メールの内容が仕事のことであるといっても「姐さん」となるとちょっと不思議な気持ちになる・・・。
忙殺!
2015 年 2 月 16 日 月曜日艱難辛苦汝を玉にす・・・か?現在、艱難辛苦にて当方ズタボロであります!まあ明けない夜はない?信じましょう。
2月14日
2015 年 2 月 14 日 土曜日2015年2月14日。元旦に急死してしまった友人の四十九日法要。納骨を終え、もう一度空を見上げる。涙が流れる。「なんで?」と。2月14日ってね・・・いつも青空が広がっている、そんな気がする。
2月14日は母の命日。あの日、担当の医師に「どうしますか?」と言われ・・・もっと長生きしてもらいたかったが、「このままでいるとどうなるのですか?」と聞くと「脳圧があがっていきます」と医師が言う。「脳圧が上がると母は辛いでしょうか?」と訊ねると、医師は頷いた。お父さん、早くお母さんを迎えに来て!と私は心の中で叫んだ!お母さん、お父さんが迎えに来てくれるから!お母さん、有難う!と。あの日も青空だったな。ニューヨークから飛んで帰ってきた弟はいつまでも母の手を握っていた。
そして2月14日は友人の誕生日。夕刻から仲間たちが集まって乾杯した。「元気に誕生日が迎えられることって幸せだよ!」と言いながら。
世の中ではチョコレートが売れに売れて?バレンタインデーを一人で祝う?ばれぼっちというのもあるみたいだけれど・・・仲間のいることの幸せ。そして亡くなった人々を悼む心。永遠だよ。しかし人生とは!
遭難事故
2015 年 2 月 13 日 金曜日ニュースで山での遭難事故を知るといたたまれなくなる。2月、3月・・・いや、常に自然は驚異である。
しかし、昔々の話ではあるが、2月11日に八ヶ岳で親しい知人が遭難した。未だに忘れられず、2月になると当時のことをありありと思い出す。彼は山のプロであった。その日のパーティーのリーダーであった。しかし、トラバース中にふと後方に続く仲間たちに声がけし、そして滑落したのだ。滑落の報せを聞いた時は全く信じられず・・・。「嘘であってほしい」と思っても・・・
素人は勿論であるが、プロであっても自然の中にあって、無力になることもあるのだと思う。
どうぞ、100%安全な世界とは、どこにいても「無い」のではあるものの、本当に無理な計画は立ててほしくない。「行かないこと」「進まない事」もひとつの選択であると思うのだが。そうもいかずか。人生とは不思議なものである。
2015年の哀しみ
2015 年 2 月 7 日 土曜日1月から本当に哀しみにせっした。こうしたことを書かなくてもと思いつつ、最近の会葬御礼の品が今治のタオルが多く、嘗ては、香典返しの商品も日本茶、そしてタオルやシーツなど寝具類などが多かったと思うが、最近はカタログギフトが多いことに気付く。哀しみのあとであっても、故人を偲び、そしてページをめくる。食品、食器、アクセサリー、ファッション雑貨、キッズ、調理器具、レストラン利用・・・と何とも種類が多く、何日も決められずに手元においておく。何冊かになると本当に「はて・・・」ということになる。いつからの潮流?なのか。きっと、ある頃から変化してきたのだろうなぁと。
しかし、2015年は元旦から本当に多くの哀しみにせっした。もう、本当にみんな元気でいてほしい。それだけだ。
脳みそフル活動してみたが・・・
2015 年 2 月 5 日 木曜日最近の天気予報は当たりますよねぇ~雪だるまがあったので、「あららぁ」と思っていたら、矢張り降りました!しかし、東京は積雪何センチ?とかいうので、いろいろな予定も変更して備えたのです!まあ、やはり自然とはいろいろ裏切ります・・・というよりよめない何かがあるのです。自然界には。
でも雪が嬉しくない年頃になったというかなんというか・・・寒いのが嫌になっています~あぁぁぁ~こんなに寒さに弱かったかな?自分でも不思議です。なんでスケートだスキーだとできてのかしらん?
さて、そんな寒さの中ですが、カツ代さんのサイトの「キッチンたより」のプロフィルの更新ということで再度書き直したところ、あっこさんが「いち子さん、かっちゃんとの最初の仕事はいつ、何の仕事?」と何とも難しい質問が来た。いつもほんの少ししか使っていない脳みそフル活動ですよ。「私が仕事した、1982年にはサンケイ 吉田いち子と名前があったよ~」とあっこさんが仰る・・・。
・・・暫し記憶をたどっていくが・・・
そうそう。主婦の再就職セミナーの講師依頼だったかな?今は仕事を持つ主婦なんて当たり前の時代ですが、当時は「~さんの奥さん」「~ちゃんのお母さん」という名称。いつも夫や子どものかげに隠れていたのが主婦。そんな主婦がある時目覚めて!いよいよ社会進出という主婦たちにむけて、サンケイ会館でかっちゃんに自由にしゃべっていただき、セミナーの最後に質疑応答したかな?会場内は爆笑だったな。その時に成功した!と思った。あれが・・・多分、最初の仕事の依頼かと思うんだけど?
今になると「時代」「社会」が懐かしくてしようがない。愛おしい。アタマにきたりした若気のいたりも愛おしいものだ。いろいろな人々に出会い、そして別れ。「どうしているのかしら?」と連絡取れあう時の幸せとう本当の意味が分かってきた。昔、時し永遠にあると思っていたものね。人のココロも変わらないと思っていた時もあるものね。
これからもかっちゃんのサイトを宜しくお願いします。出来る限り抱腹絶倒?のコラムを書いていきたいと思います。
2015年1月
2015 年 1 月 27 日 火曜日今年になり、通夜・葬儀が続く。このような年があるのだな・・・という感覚である。寒さも身にしみながら、ご遺族のお気持ちを考えると寒さがこたえてくる。
何かが静かにかわってきている・・・そんな気配
2015 年 1 月 24 日 土曜日2015年になってから新年会続きである。本夕は宮城悟先生の「国際心相科学協会」の新年会の為、浅草ビューホテルの会場へ。宮城先生の基調講演のあと、久しぶりに皆さんと懇親。以前、宮城先生の本を出版した時の担当者だった元扶桑社の編集長F氏とも合流。浅草あかみさん会の富永さんももうすぐ80歳と挨拶されていたが、相変わらずのお元気。イキイキと輝いている。宮城先生の講演の中で「ドタキャンは運をおとす」とあったが、何か心にささる。多分・・・そうなのだ。何かがかわっていく・・・そんな気配を感じた夜であった。
・・・・20年
2015 年 1 月 17 日 土曜日1995年1月17日5時46分に発生した阪神・淡路大震災。もう20年という歳月が経ったのかとふと。何年経っても辛い気持ちを抱えられた方々のことを思う。思い出すこと、思い出す人々のこと。お世話になった人のこと。そして亡くなった嘗ての会社の人のこと。




