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社会問題 | ichikoTV - Part 17 ichikoTV

‘社会問題’ カテゴリーのアーカイブ

リモート

2020 年 9 月 2 日 水曜日

大学ら入学してから一度もキャンパスに行っていない・・・そんな話を聞いて・・・私なりに時間を巻き戻してみた。

新型コロナウイルスに対して「まてよ」と真剣に向かったのは確か2月末。2月18日の朝一からの連続インタビューの時はまだまだ真剣ではなかったと思える。取材地まではわさわさ出かけて行けた。2月末のイベント中止の時も「とりあえずは」という気持ちだった。

3月を迎えた時・・・これは異常事態だとしっかり感じ、その後の中止・延期に対してはすべてが「異常事態」の異常行動とものの考え方に移行した。

そんな中で思えば、学生たちはどんな気持ちだったのか?いや高校生、中学生そしてもっと幼い小学生たち。彼らの不安が心にじわじわと痛みを伴って浸透してきた。

テレワークという言葉にいわば翻弄されている。そんな時が来るとは、想像の「そ」の字もしていなかった。

否やが応でも「リモート」での授業だワークがこれからの暫く?当たり前の世界なんだと思う。嫌でも辛くでも便利で楽しくてもである。

 

防災の日 いろいろ考える

2020 年 9 月 1 日 火曜日

2020年9月1日となった。本当に分けわからないほど早く時間が過ぎていく。防災の日・・・1960年に内閣の閣議了解により制定された。

最近は台風も大型化しているように感じる。洪水などで日本の国土も随分と痛めつけられた。いやこれからも続くのだろうな。

感染症そして天変地異。

そんな中にあって、本当に「命」というものが大切だということが分かる日々。

 

 

 

不便さ・・・慣れるしかない

2020 年 8 月 17 日 月曜日

昼から某大学の秋からの授業についての打ち合わせ。コロナ禍にあり、ZOOM会議でも?という意見もあったが内容面からやはり会議室で実施となった。席は〝ソーシャルディスタンス〟! 離れながら(笑)マスクして発言・・・なんとも今までに関して感じたことのない不便さだ。暑さとともにこうしたシーンに慣れるしかないなと思うが、暑さはいつ季節が過ぎていけば涼しくなるだろう。そして寒くなっていく。しかし、ビジネスシーンではこうした不便さは多分、今しばらくは続くのかなと思っている。かなり覚悟している。己の罹患だけでは済まないからだ。感染の怖さを想像する。まあ・・・慣れるしかないな。

時の残酷さを感じ・・・そして祈る

2020 年 8 月 12 日 水曜日

昭和60年8月12日、羽田発大阪行きの日本航空123便墜落事故から35年が経つ。

何年経てども残酷な時間の経過しかない。

乗客、乗員併せて520名もの犠牲者を出したあの真夏の日。

私はこの日が来ると・・・

あの日、社内に一報が届けられたどよめきの一瞬が未だに頭から離れない。

異様ともいえるカメラマンたちの動き。

そして今では考えられないほどの情報伝達の遅さというのだろうか。

 

御巣鷹に台風や暴風雨などが来ない事をいつも願う。

御霊たちが季節のうつろいを感じ、安らかにおられることを祈る夏。

 

 

 

あ・・・なんか変・・・似合わない

2020 年 8 月 3 日 月曜日

暑いがマスクは必須アイテム。

リモートが多くなると服装も至ってシンプル。

先般、外出の時にイヤリングまではよし・・・であったが・・・

ネックレスをつけた瞬間、なんかとてつもなく、笑いがこみあげてきた。自分はこんなにもアクセサリー類が似合わなかったか?と。結局、地味なイヤリングのみで出かけた。

コロナ禍って何かを変えていったな・・・そう思いながら考えた。

しっかり保つことは今はとにかく「健康でいる」ということ。

 

 

対策対応

2020 年 7 月 29 日 水曜日

コロナウイルスの感染にしても、水害にしても・・・じっと見ていると、やはり積極的に対策を立てていくという人物は本当に限られていると思える今日この頃。人はやはり楽しくて、美味しくて、何となくね・・・というのが好き。水は高いところから低いところへ流れる・・・所詮、限られた非凡ともいえる人間にしかできないのだと最近は思っている。

嘘かホントかは不確かではあるがコメントで政治批判するコメンテイターは降ろされる?と聞いた。なんともね、テレビは影響力大だから。

 

下記は水害について詳しい土屋さんの記事です。かなり前から訴えているが、何か進んでいるのだろうか。

https://www.news-postseven.com/archives/20200724_1578797.html?DETAIL

再び アベノマスク

2020 年 7 月 28 日 火曜日

2020年。確か3月頃になると本当にマスクが不足した。「なぜ、花粉症のマスクとして購入していなかったのか?」と思っていた。当初、人と会う機会が多かったので、どうしてもマスクが必要であった。いろいろな人々に聞いてみたが・・・無かった!「ああ、こういうものか」と思うほどの反応が続いて。当時、ネットでの販売は驚くほど。マスク一箱に1万円を超えるほどの値が付いているもあった。

 

そして「アベノマスク」。ネーミングも随分、ふざけたものだと思ったが・・・配布されるのもかなり遅れた。

なんと「新型コロナウイルスの感染拡大防止策として政府が30日から、介護施設などを対象に布マスク約8000万枚を追加で配布する」という。なんでも全体の事業規模は妊婦向けや事務費を含めて計1億5000枚で約247億円。追加分のマスク調達費は計118億円余りになるという。

菅さんがテレビで淡々というか、まるで自分のご意思もないような表情で「マスクは洗えます」と言っている。介護施設にとってどれだけ「洗えるマスク」が便利だというのか?誰が使用済みのマスクを洗うのか?

 

そして、今再び「アベノマスク」。

 

政府の方々

みざる きかざる いわざる

みないようにする きかないようにする いわないようにする

 

先人たちの知恵に学ぶ 治水の歴史

2020 年 7 月 23 日 木曜日

 

最近の尋常ではない水害の頻発について竹林征三先生が「治水の名言」というご著書を発刊した。先人の知恵に学ぶことはどの世界も多いと思われる。

下記は竹林征三さんのプロフィル

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%9E%97%E5%BE%81%E4%B8%89

 

【タイトル】「治水の名言」

【発行】鹿島出版会

【定価】2,420円(本体2,200円+税)

【内容】治水の歴史は人類文明の歴史でもある。古来より、先人は洪水に対し命をかけた労苦の連続で、その過程で名言が生まれてきた。先人が遺した名言に秘められた教訓は現在も生き生きと輝いている。本書では、書物に掲載されていたもの、現地調査による石碑の碑文など、著者が感心、感動したものを収録。知っておきたい先人たちの名文句集!

[主要目次]

第一部:日本の治水史に見る名言

従事した仕事より見えてきたこと/治水意識の芽生え/戦国時代の武将の治水・治水事業の発展期/明治維新の治水・治水事業の成熟期/大正・昭和・平成の治水、治水事業のこれから/被災直後から復旧・復興の知恵/

第二部:治水の名言に秘められた教訓

日本は水害大国/河川に関する名言に秘められた教訓/災害に関する名言に秘められた教訓/治水は讒言と地獄の世界/治水秘術に関する名言に秘められた教訓/堤防に関する名言に秘められた教訓/ダムに関する名言に秘められた教訓/先人が遺した治水に関する名言/政治家・マスコミの迷言/真髄をついた警告としての名言/求められている風土工学と環境防災学の視座と展開/五訓シリーズ

 

要は・・・後手後手キャンペーン

2020 年 7 月 20 日 月曜日

コロナウイルスの感染は多分、夏場になれば減少していく・・・もしかしたらそう思ったのではないか?と思う。なんでもキャンペーンというのには期間としいうものがある。東京発着抜いての発案。一言一言の度に唖然呆然。多分、いろんな人がなんとなくいろいろ考えて、その場その場でやっつけてきた後手後手の結果。しかし日本人も実に礼儀正しいな、まじめだな。暴動さえ起きない。その場限りではなくいろいろな立場の人の事を思い、少し後の事も考えて行動するって至極当たり前だと思うが・・・まあ、今年の夏の旅行は早春にキャンセルしてある。やはり正しかったのだと思う。

事故ゼロへの思い

2020 年 7 月 18 日 土曜日

昨年、2019年の4月に豊島区東池袋の道路でいたましい交通事故が発生した。高齢者が運転する乗用車が暴走して12人が死傷した。ちょうど、仕事で時折伺う中央図書館の近くでこのあたりの道路はよく知っている。ニュースを見た時の衝撃は未だに忘れない。たまたま出かけようとしたが急の用件が入り行かなかった。事故発生がその時間だったと思った時、私は体が震えた。

言葉なんかでは表せない悲しみ。いきなり現実からはがされた御霊のことを想った。何か慰霊碑を・・・とずっと思っていた。公園での遊びの帰りに事故に巻き込まれた母子の姿がなんとも悲しすぎて忘れられなかった。

この事故を受け、豊島区では現場近くの区立公園に慰霊碑を設けた。慰霊碑は花のつぼみをイメージして造られたセラミック製の白い球体である。松永さんの妻の真菜さんと長女莉子ちゃんのをなくした松永拓也さんの願いでもある「事故ゼロ」の思いが込められた白いつぼみ。それはキラキラと天国の御霊にも届くのだろう。

本当に本当に事故ゼロにしてほしい!

クルマは便利である。人によってはなくてはならないものだと思う。しかし人間は高齢になった時に「若い時代」は当たり前だったことが当たり前ではなくなる。判断力や運動神経?ただ、それが「いつ」なのか?分からない。分からないまま・・・月日は過ぎていく。本当にクルマが必要であるか?他のことに変えられないか?考えるのも高齢者の選択なのだと思う。