2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症対策本部の会議で、蔓延阻止のため緊急事態宣言が発令された。5月6日までの一カ月。感染数が増大している東京、埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県が対象。日本の感染拡大防止の取り組みが本当の節目を迎えている。
2020年3月13日、新型コロナウイルスの陽性反応が出たブラジル政府関係者と同席したトランプ大統領。ホワイトハウスの発表では主治医がトランプ大統領の検査、在宅での隔離は必要ないという見解を公表。「近いうちに検査を受けるだろう」と答えていたトランプ大統領だというのに?。ブラジルのボルソナロ大統領たちとの夕食会で、ブラジル側随行団のうち2人がその後、感染していることが分かっている。まあ「握手や写真撮影など極めて限定的」という主治医の説明もよく分からない。疾病対策センターの基準では危険度が低いとはいうものの、だからこそ?検査してもいいのではないか?やはり、いろいろ考えてしまう。
時々、人が亡くなると思う。
人ってやはり死ぬんだな・・・と。
2019年11月29日、日本電信電話公社や国鉄などの民営化を行った元首相の中曽根康弘さんが老衰で亡くなった。享年101。そうか・・・101かと。
1983年の訪米では、ホワイトハウスで日本の首相として初めて英語でスピーチしてみせた。自民党派閥全盛時代。弱小集団出身で変わり身の早さから「風見鶏」と呼ばれながらも長期政権を維持。まあ、あの時代の凄さ・・・ロッキード事件、リクルート事件、東京佐川急便。世間を騒がせた事件で名前が取りざたされたこともある。しかし、国鉄、日本専売公社、日本電信電話公社の民営化など数々の政治的遺産は私は評価する。
多趣味と多彩な人脈。週に1回は座禅を組んだといわれる。俳句も熱心だった。自信作は「暮れてなほ 命の限り 蝉しぐれ」。
昔、勤務していた新聞社の社長のお父上の葬儀が護国寺で執り行われた時、弔問にいらした。いつもテレビで見ているだけだったが、何故か「あっ」と声を出してしまった時、はて?何秒くらいだったか・・・・中曽根さんが立ち止まった。数秒であったものの感動的だった記憶がある。勿論、かわす言葉もなく、私は会釈しただけだったが・・・長身で独特のオーラがある目立つ人物であった。
どうぞ安らかに・・・
メンバー国や招待国の首脳、国際機関など、37の国や機関が参加のG20サミット。経済分野を主要議題として毎年開催される国際会議で、2019年は日本が議長国となり、大阪で6月28日、29日と開催。
政治の話から始まって、生活の諸々のことに関してまあ人間とは実に勝手きままなことを言う、いや言い続ける、挙句のはいには「嫌だ」という一言で済ませる。政治家にしても「私は嫌いだ」というなら次の候補者を想定もしないよく言えたものだと思う。
現時点の政治家たちの時々起こる信じられないような「発言」と「行動」。ずっとどういう環境にいたら、あのような発言が出来るのか?と考え続けていた。やはり人間は脆いもので勝手に「自分」の位置情報を決めがちなのだ。客観的に自分を見られなくなってきてしまう生き物なのである。
マスコミの追いかけについてだって、もっと自分の得意なテーマで追いかけてほしいとただただ願う。最近、ホントに、みんなが「勝手すぎる」。
このニュースが流れた時、暫し唖然とした。
塚田国土交通副大臣が今月1日、山口県下関市と北九州市を結ぶ道路の整備をめぐって、下関市と福岡県が安倍総理大臣と麻生副総理の地元であることに言及したうえで、こう述べた。「総理や副総理が言えないから、私が忖度した」と。
いちいち書く必要もないが「皆さんよく考えてください。下関は誰の地盤か。安倍晋三総理大臣だ。安倍晋三総理大臣から麻生副総理の地元への、道路の事業が止まっているわけだ。吉田参議院幹事長と大家敏志参議院議員が副大臣室に来て、『何とかしてもらいたい』と言われた。動かしてくれということだ。吉田氏が私の顔を見て、『塚田、分かっているな。これは安倍総理大臣の地元と、麻生副総理の地元の事業なんだ。俺が、何で来たと思うか』と言った。私はすごくものわかりがいい。すぐ忖度する」という発言。一瞬、出来の悪いドラマの脚本か?と思ってしまうほどである。まさか?と思っていたら、「嘘」だったという。そしてたくさんの人々を前にして熱がこもって「我を忘れ・・・」という理由にもならない言い訳には笑ってしまった。
こういう方が日本の国土交通副大臣であった。人はやはり地位と名誉があるとこうもなってしまうのか?と思ってしまうがやはり「個人」の資質の問題である。本当に政治の世界とは!
この話から、久しぶりに昔々、仕事をしていたある男性の言い訳があまりにも凄かったことを思い出した。その人の別の「言い訳」が先般たまたまある席で笑い話のようにいわれ、また皆で笑ってしまったのだが、一時、随分とその男性の作り話に私もつきあわされたことがあった。仕事の時は大いに迷惑をかけられたが。冷静に見つめると可笑しいので、纏めてやろうかと、ある雑誌の「男の嘘」というテーマに投稿し、確か特賞かなにかをいただいたことがある。それもイラスト入りで掲載された。雑誌社の人も多分信じられないほど笑ったであろう。
おかしを食べてはいけないですよと母親に言われた時、欲望にまけてお菓子を食べてしまった5歳児の男児の台詞のようである。「急に外から○○がやってきてお菓子を持って行ったの」とかね。まだかわいいものである。
そんなこんなで最近は「政治」と「政治家」いや「政治や」について考える機会が増えた。
2018年12月22日(土)水天宮のロイヤルパークホテルで神楽坂女声合唱団のチャリテイーディナーショーが行われました。朝からリハーサル開始。いつものことながら、会場いっぱいのテーブルセッティングに「ああ!今年も満席!」と感じます。
午後7時半からディナーショー開始です。ステージに立ち、ライトを浴びたその瞬間、何とも言えない一年の感覚がカラダをすり抜けていきます。練習の結果がいやがおうでも自分の中で分かります。
そして最終に団歌を歌う時に必ずといってよいほど眩しいライトの中にかっちゃんこと小林カツ代が現れます。それは一瞬の対話です。かっちゃんの気持ちがパチパチッと音となる瞬間を私はいつも感じています。こうして仲間たちを歌で繋いでくれたかっちゃんに感謝感謝なのです。来年はいよいよ20回目のディナーショーとなります。「続いたねぇ~」というかっちゃんの笑顔が見えるような夜でした。
終了後、興奮気味の団員たち、そして指揮者・辻先生、ピアノ・黒尾先生、副指揮者・栗原先生も揃って楽屋でシャンパンで乾杯!
その後です・・・
まだまだと体力の続く(笑)メンバーは二次会会場へレッツゴー!
お疲れさまでした~(^^♪