2月3日は節分・・・恵方巻~と騒いているのもまあいいけど(笑)
漸くこの日、節分にいわば幽霊の季節が終わるわけです。幽霊とは鬼のこと。鬼とは過去のこと。ある意味、呪縛された未練の事で・・・なんでもかんでも別れ際って大騒ぎする。しかたないけど、鬼とは別れないとならないわけ。
2月3日は節分・・・恵方巻~と騒いているのもまあいいけど(笑)
漸くこの日、節分にいわば幽霊の季節が終わるわけです。幽霊とは鬼のこと。鬼とは過去のこと。ある意味、呪縛された未練の事で・・・なんでもかんでも別れ際って大騒ぎする。しかたないけど、鬼とは別れないとならないわけ。
先般、2
先般、2月に某女子大で行われるイベントの打ち合わせでTさんの事務所にいたところ、ほっ‼棚を見ると、アンティークな素敵な本が目に入った。セピア色の表紙で何ともいえない趣がある。「何ですか?この本は」と聞くと「旅する絵本‼ 吉田さん、本を旅せてきてくださいよ」と言われ、早速持ち帰った。
そんな旅する絵本を取り扱っている「旅する絵本工房」がなんと2023年1月29日でクローズすると聞いた。またまた「え?」である。
本屋さんでも図書館でもない工房には約1000冊ほどの絵本がある。絵本が人から人へと渡っていく、そして旅していくといういわば「社会実験」ということだ。旅する絵本への参加費は僅か500円。素敵なトートバックとのセットで1000円。・・・・ん・・・やはり、夢はあるけれど採算が合わないかもしれないなと思った。こんなにも素敵な企画であるのに工房オープンしてはや2年。何とも残念な気持ち。でも図書カードに名前を書いて、人から人へ‼ 旅させよう‼と思った。


意外と知られていないことなのだが、フジフイルムの発祥地が雑司ヶ谷だったということ。何故か?というとその土地の水質が抜群に良かったということ。
本当にこの事にふれたのはひょんなことだった。そのインタビューの時にはそれほど気にもしていなかったことが今思い出すと、「何という一瞬の出合‼」と改めて自分の内で感動した。ある意味、時間は経過したが結局、自分の内で静かに醸造されていた・・・そんな感覚である。
そして今、それこそ高層複合ビル建設にあたっての工事中でその遺構が発見され、2月に見学することになったのだが・・・ふっと眠れなくなるほど興奮している自分がいる。遠足前の子供とか単純なものでなく(笑)なんというか、子ども時代に戻ってみると、夏休みにだいたいシオカラトンボしかとれなかったのに、鎌倉の山の中でオニヤンマをつかまえた時のあの信じられないほどの興奮というか、あまり例としては一般的ではないが、細胞のひとつひとつがゾクゾクザワザワしている感覚である。
その遺構の画像を前もって研究者に見せていだたいて、その興奮はまた高まっていった。今年は関東大震災から100年経った年である。土の中からは関東大震災で破壊された乾板の破片や薬品の瓶などが発見されている。
何とも!無言でいても自分の細胞たちがざわめいている(笑)
高層ビルが建設され、お洒落なレストランなど出来て、デートコースななって相も変わらず皆がおんなじ感想を口にするのだろうなと思う。土地の記憶は誰かがしつこいほどに覚えておかないとならない・・・そう思っている。
とにかく詳細はまた!
今年の春は念願だった福井県の水月湖に行き年縞についていろいろ聞いたのだが、先般、大分・別府湾が、人類の営みを象徴する場所になるかもしれないというニュースで忙殺されながらも何とも落ち着かない日々だった
46億年の地球の歴史に、人間活動の痕跡が刻まれた新しい地質時代「人新世」を設ける機運が高まっていて、その代表的な地層に別府湾が名乗りを上げているという。
現代は最後の氷期が終わった約1万1700年前から続く「完新世」に当たる。人口急増の20世紀半ばからの変化。工業生産の急拡大により環境汚染や地球温暖化が進んだのだ。既に地球全体に影響を及ぼして堆積する地層にも記録されている。
来年の夢が膨らむ!
某大学で現代日本を代表する先鋭的な詩人の一人として高い評価を受けている吉増剛造さんの講演を聞いた。異様に若く見えてしまって、最初はあれ?間違ったかなと思ったが・・・まちがいなく 吉増剛造さんであった。
吉本隆明は「日本でプロフェッショナルだと言える詩人が三人いる。それは田村隆一、谷川俊太郎、吉増剛造だ」と評しているようだが、「詩」の世界で繰り広げられる「言葉」がそれ以外の文章等の言葉と違って寧ろ音・リズムだという事も分かった。やたに送り仮名だ、誤字だと気になるの自分に反省した。詩であってもあれこれ説明だ解説を付けたくなる、自分の悪い癖を直したいとも思った。しかし「意味」と「無意味」論争でその間にあるのは「意味ありげ」であるというのには合点がいって思わず笑った。
しばらく、引っかかている言葉がある。皆さん、本当にふつうに使われる「大丈夫です」という言葉である。このところ、なんでもかんでも「大丈夫ですなので本当か?と実に疑念なのだ。
「生もの、好きですか」→「大丈夫です」
「~日に~へ行けますか?」→「大丈夫です」
「~の前に済ませておいてくださいますか」→「大丈夫です」
「解析しておいてくださいますか」→「大丈夫です」
ならべていくと「大丈夫」な気もしてきたが、どうも違和感だらけて時々思考が止まるのだ。
言葉も時代によって変化するのだろうが、「マジ!やばっ!」の多いことよ。すっかり慣れてしまった自分もいる。大丈夫だろうか?・・・ということになるのだろう。
先般、テレビ番組で歌人・木下達也さんを見て、衝撃を受けた。
そして・・・
本当に昔の話だが、俳句の先生の教室の取材をしたことがある。その時に、「吉田さんも俳句作ってみなさい」といきなり言われたことがあった。その時にも似た衝撃だった。
中学1年生の国語の授業でやって以来、俳句の世界とは全く関係がなかった。というのにだ!その日から、何とも・・・1か月に6作品を作りだすことになった。ひねり出してももう言葉さえ出で来ない。そしていくつか提出すると「吉田さんは書きすぎです」と言われた。俳句のそぎ落とした美学の世界に入り込んだ気がした。不思議なもので6作品も作っていると1年、2年と経つと実に作品がたまっていくのだ。自分でも信じられないほどに。
短歌など・・・もう無理だと思い続けていたところに木下さんの呻き苦しみながら言葉を紡いでいく姿を見て、その衝撃波は自分をまっすぐに貫いていったのだ。その時、呻いてもいいから、言葉を紡ぎたいと思った。
思い出す。「どこがわるいのかわからないんだよ~」と病室のベッドで言っていた。お見舞いの花を置いた。師匠のきている少し派手なパジャマの話題で盛り上がり・・・笑った。「派手ですね」と。
というのに、突然亡くなった。本当に本当にあっという間の事だった。師匠のいない俳句の会はなくなった。しかし、今も尚、師匠の添削はそのままのこしてある。
もしかしたら、人生っていうものが「言葉」の集合体なのかもしれないなと思う。今、師匠の事を思い出すと、溢れんばかりの言葉の渦が出来た。
落語家の円楽さんの訃報にせっしたとき、本当に本当に残念な気持ちになった。もっと長く長く活躍してほしいと心から思ったと同時に、人って本当に限りがあるんだな・・・と妙に真摯な気持ちになった。
随分と前の話だが、寄席で円楽さんの噺をきいたことがある。所謂、まくらか?はいるかはいらないか?と微妙な時に、客席の携帯電話がなった。その時は、高齢の方々が多かった。着信音に気づかず、皆さん熱心に円楽さんにくぎづけとなっていた。着信音はなり続けている・・・
そんな中で、円楽さんははなしだした。全くまくらかと思う楽しさか?考えてみればおかしな話なのだが・・・その着信音すら効果音のようになっていた。
「ねえ、気がついてよっ!」「まだ気が付かないの!」「困ったわね!」と。それからだった。客席はざわざわと・・・
でも、こんなシーンに出会ったこと自体、幸せだったと思える。あの巧みさ・・・切り替えの早さ。そんな人にも病魔は容赦なく襲ったのかと思うと・・・辛いね。
安らかに・・・
2022年9月27日午後2時から日本武道館で安倍晋三元首相の国葬が行われた。
国葬は1967年の吉田茂氏以来、55年ぶりで、戦後2人目となる。
一般向けの献花台も会場近くの九段坂公園(東京・九段南)に設置された。早い人で午前4時から並んだという方もいた。
大規模な交通規制と厳戒態勢の中での国葬の一日となる。