今夕は東京と豊島区の「未来を語る会」に出席。
会場はホテルメトロポリタン「富士の間」。
もう満員!満員!である。

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国際アートカルチャー都市として国際化に力を入れている豊島区と東京都の将来ピジョンを語り合った。
小池百合子東京都知事と高野豊島区長が壇上にあがり大いに盛り上がった。
小池さん応援団の若狭さんも駆け付けた。

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今夕は東京と豊島区の「未来を語る会」に出席。
会場はホテルメトロポリタン「富士の間」。
もう満員!満員!である。

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国際アートカルチャー都市として国際化に力を入れている豊島区と東京都の将来ピジョンを語り合った。
小池百合子東京都知事と高野豊島区長が壇上にあがり大いに盛り上がった。
小池さん応援団の若狭さんも駆け付けた。

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亡くなった父親が、昔から「ひとぜわとかねぜわはするな」、つまり人のお世話とおかねに関するお世話はしないようにと言っていたものだ。父もいろいろ人生の中は苦労もあった中からでた言葉なのかも知れない。
私もちっぽけながらもいろいろあったが、どうも人のお世話は嫌いではないようでありまして・・・
本日は「結婚したい」という男性と女性のお見合いだった。
何とか、うまくいくといいなぁと思いながら・・・
メールがきた。
互いが「またお会いしてお話ししたい」とのこと。
その後は自由にどうぞということで・・・
何とかうまくいくといいなぁ・・・
神渡良平さんの「アメイジング・グレイス」を読んでいる。
この歌に込められた人類の黒い歴史。
黒人奴隷貿易船の船長であったジョン・ニュートンが船をおりるまでになった苦悩と後悔。
人としてその尊厳を取り戻した時におのれをも救われたと歌詞に残すのである。
著者の神渡さんは働き盛りの38歳の時に脳梗塞で倒れ辛い闘病生活の中で気づく。
人生は一回しかないこと。
どんな人もなすべきことがありこの地上に送られているということ。
人生に起きる出来事に、意味のないものはないということ。
深い理解もなく・・・この歌を歌っていた自分を恥じる。
催し物のお知らせです。
10月9日(日)、目黒区の東京大学駒場Ⅰキャンパスで「障害とアートの現在:異なりをともに生きる」と題するシンポジウムが開かれます。
「障害をもつ人が行なう芸術活動について」美術を専門に研究する大学の教員や、障害の当事者など、様々な人の話を聞き、対話することのできる機会です。ご関心のある方は、是非お越し下さいませ。
詳しくは、下記
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2016/10/symposium_on_disability_and_ar/
我が家のキュウリ君の収穫には・・・思わず笑った。
結局、収穫は1本だったのだ。葉は「見て~見て~」とばかりに生い茂って、黄色の花が次々に咲いて、もう期待にワクワクしていた。・・・にも関わらず、でぶっとい一本のキュウリでこの夏も終了。
まあ、ゴーヤがあらあらあら~というほどの収穫だったのでこの夏もめでたしめでたしということで・・・
しかしね、やはり今年はすこぶる猛暑だったのだ。ゴーヤだってずいぶんと途中で「あれ~っ」と腐っていったものも多かった。要は、本当に力強いゴーヤが大きく成長したのである。
さて、徳島大学の刑部敬史特任教授らが、生物の遺伝子を改変する「ゲノム編集」技術を駆使。なんと人工授粉が要らず栽培が容易なトマトを開発したという二ュースを見てもう感激!受粉なしに真っ赤なトマトが!高齢化している農家にとっても労力を節約できるだろうな。そして数年以内に新品種として実用化したい考えということでこれこそ期待にわくわくである。
ふっと未来の農業について考えてみる。
変化・・・嫌いではない。
しかし・・・
昔から街に溶け込んでいた珈琲専門店などがなくなって、失礼な言い方だが気軽な立ち飲み屋などにかわっているのを見ると、ただただ唖然とする。好きだった席も失われた空間でしかない。
自宅の近くに鬱蒼とした“ところ”があった。いつからあったのか?近所でも知っている人がないほどに古い、その壊れそうな空き家は雑草に日々、覆われていくだけだった。その空き家が「橙の家」と呼ばれていることは知っていた。その庭には橙の木が象徴のように植えられていた。ある一人の“女性”が住んでいたということは訊いたことがある。
随分前の話だが、街の散策のような文化イベントで古い家を訪ねる企画があり、参加したことがある。一度だけ、その古家に入った。玄関から室内へ。昔は主がいたのだなという形跡はあった。写真などもそのままで・・・ああ!これが主人かと。その人が来ることを待ってお妾さんが日々暮らしていたのか?と想像した。居間?から庭らしき方向を見ると、その橙の木はよく見えた。奥へ行くと小さな台所があり、勝手口へと続く。その横に二畳ほどの女中部屋か?静かな女性たちの声が聞こえるようだった。日々、雑草に覆われる空き家はずっとずっとそのまま、ある景観して鎮座していた・・・
先日のこと。息をのんだ。知らぬ間にその空き家は取り壊され更地になり、その橙の木は無残にも切り倒されようとしていた。
「あっ・・・」そこには何もなくなり・・・ぽつんと更地が残る。3人の作業人が煙草をくゆらせている。何かぽつぽつと話しながらその紫煙は蒸し暑い空気と溶け込んでいった。
そしてまた一軒。
少し離れたところにも、昔はパラの季節になると、色とりどりのバラが咲き乱れる屋敷があった。手入れされたパラは誇らしげに咲き、そして時を刻みながら花弁をおとしていったのだ。
ある日・・・主を失った屋敷は取り壊され更地になり、勿論、パラたちも消えていった。そしてそこにはセンスのいいお洒落なワンルームマンションが建てられた。敷地いっぱいに。「ああ、これほど広かったのか」と思うほどにみっちりとその建物が地べたを支配していた。
街というには小さい・・・人々の住む、小さな小さなエリアが変貌して、そして昔、そこに何があって誰が生活していたのかなど全く霧散してしまうのだ。記憶の破片が果たして正しいのか?など検証もしないままに、小さな小さな街が変わっていく。
2016年8月15日。
71回目の終戦記念日を迎えた。
政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれる。
天皇陛下はおことばで、大戦について「深い反省」と平和を祈る気持ちを示される。
安倍晋三首相は戦争を繰り返さない決意を訴える。
明日は終戦記念日である。
戦後何年何年というものの、考えなくてはならないことが多い。
敗戦日おわりはなしと祖母のこえ
何度も読み返す本のひとつに『日米戦争を起こしたのは誰か』(勉誠出版)がある。ルーズベルトの罪状・フーバー大統領回顧録。

「やっと晃を家に連れて帰ることができる」と両親の絞り出すような声。
熊本地震で唯一、行方不明になっている熊本県阿蘇市の大学生大和晃さんのご遺体の一部が見つかった。
4カ月間、息子を捜し出すと手掛かりを求め、大和さんのご両親は現場に通い続けたのだ。
まだ息子さんとは断定はできていないものの、阿蘇大橋が崩落した渓谷で発見された車はご子息のものであろう。
「息子が夢にでてきたんですよ。どこにいっていた?って聞くとへへへと笑った」と言うと父親は涙をぬぐった。
日々、自分を見つけようとした父親と母親に息子さんも嬉しかったに違いない。
きっと「ありがとう!」という気持ちで父親の夢の中で笑ったのだろう。
ご両親の息子への愛の深さに私も涙が止まらなかった。
天皇陛下が2016年8月8日、「生前退位」のご意向を示されたことを受け、政府は天皇陛下「一代限り」の特別立法や法改正を含むあらゆる選択肢を検討。
午後3時に陛下はお気持ちをがのべられた。