花火大会が盛んである。墨田川花火大会から・・・もう予定ぎっしりで、あれれ~行っていないな。もう、暑さと疲労でクタクタの頃、JR京浜東北線の横浜―桜木町間で架線が切れて停電し列車が立ち往生した事故のニュースが流れた。線路を歩く浴衣姿の方々の映像を見ているだけで、何と・・・と言う気持ち。またまだ暑い日が続くと思いますが、とにかく出来る限り冷静沈着にいきましょう・・・・
‘ch12.その他’ カテゴリーのアーカイブ
暑い夏こそ冷静になろう・・・
2015 年 8 月 4 日 火曜日先ずは何をどう伝えたいのか?考えてから
2015 年 7 月 31 日 金曜日敢えて・・・電子メールとか画像もヒャッとパソコンで送れる生活にどっぷりしているのですが、「としまの記憶」をつなぐ会の会員の皆様は殆どがパソコンをおつかいのはならないご高齢の方が多い。「ではファックスは?」と聞くと、たいがいが「壊れているんでねぇ」とくる。ということで連絡の手段としては便箋、封筒、返信封筒・・・といった類を駆使している日々である。「はあ、そうですか」と、いとも冷静に仰る方は多分、このあたりの事情をよく実感していない方々でしょうと。便箋を前に、所謂。手紙が書ける人つて最近はかなり希少価値だと思いますよ。もう特別記念物に近いかも知れない。
ラインってそもそも、意外や、女子高生あたりにうけ、その母親とのやり取りに使われたのが最初の頃の事象。男性、男子は固唾を・・・。「よし!」というまでには時間がかかったもの。今では当たり前の世界でも、どうも女という性は保守的というより、挑戦力があるように思える。
「吉田さん~」と直接、携帯電話をかけてこられるのもたいがいが高齢者の中でも女性である。相手がどこでなにしてようと構わず、「吉田さん~」はかなり多い。しかしもこれは連絡手段には甚だ遠く、結局は便箋に手紙を書いて、ものを頼む場合は返信封筒を入れて・・・ということになる。
そして、メールでも、ショートメールの場合は文字数が限られているので、何度も何度も笑い出しそうなほどにメールが飛び込んでくる。
いやはや!なのである。言いたいこと端的にまとめ、分かりやすい文章がほしい。ただ、それだけである。
冥福
2015 年 7 月 29 日 水曜日月日とは残酷にそして実に冷静に去っていくものだ。
8月近くなると思い出す。1985年の日航ジャンボ機墜落事故から30年もの月日が経つのだ。
事故の4カ月後に遺族の方々が発足させた「8・12連絡会」が、遺族の手記をまとめた文集「茜雲」(本の泉社)を出版した。悲しみ、空の安全への願い…何よりも失った家族への強い想いが綴られている。一文字一文字に強い気持ちがこめられている。
そう、あの日・・・新聞社の社内での緊張した時間が静かに過ぎた。その緊張の空気に走ったなんと表現の出来ない騒がしさ。今も思い出すと身体が震える。忘れてはいけない日。
確か、当時、社内らき「なるほど・ザ・クーポン」といかいうマシンが運び込まれていて、・・・今ではその仕組みは実にたどたどしい様子ではあるが、そこに速報を流すことをした。事故の様子を次々と流していく。緊張で身体が強張っていた時間だけが流れた。
しようもない・・・
2015 年 7 月 27 日 月曜日ニュースで知った時、本当にビックリした。調布飛行場を離陸直後の小型機が住宅に墜落。そのおうちというのが何と一週間前に引っ越されてきたばかりだという。何という悲劇が・・・と言葉もない。
飛行目的は操縦者の技量を維持する「慣熟飛行」と届け出られていたそうだが、どうも禁止されている「遊覧飛行」の可能性があるらしい。その初めてきいた慣熟飛行とは操縦免許を持つ人だけが乗り、操縦を交代しながら飛ぶことらしい。しかし今回、免許を持っているのは川村機長だけだったという。
今回、亡くなった同乗者の1人は友人たちと伊豆大島へ日帰りフライトに出かけると親族に伝えていたらしいし別の同乗者の1人は雑誌などの撮影を手がけるプロデューサーだったというではないか。
日曜日の昼、家族でのんびりとした時間を過ごしていただろうに、何故?と思ってもしようもない。これから、根掘り葉掘りの取材でいろいろなことが露呈されるのだろうが・・・人生のまさか・・・に会ってしまった方のご冥福を祈る。
戦後70年・・・・その時
2015 年 7 月 24 日 金曜日今年は戦後70年という節目の年。それに因んで各所でいろいろな企画があるようだ。
豊島区は23区で初めて非核都市宣言を行った自治体でもあり、非核平和の実現に向かって努力をしている。そんな中で、戦争、原爆の恐ろしさを後世に語り継ぐ切っ掛けとして9月に「戦後70年豊島区平和展」が開催される。広島平和記念資料館、長崎原爆資料館からご協力いただいた貴重な写真や被災物品の展示の他、映像資料上映、豊島区戦時下の資料展示などもある。
9月の企画展ではあるが、開催要項は下記の通り。
【日 時】 9月12日(土)~9月16日(水)
9時~20時 (但し初日11時から。最終日は15時まで)
【場 所】 豊島区新庁舎1階 としまセンタースクエア
【入場料】 無料
【内 容】
●12 日:11 時から オープニングセレモニー
東京都原爆被害者団体協議会副会長・山田玲子さんによる 被爆体験講話
●13 ~ 16 日: 14 時から 被爆体験講話(約20 分間)
「としまの記憶」をつなぐ会では豊島区在住・被爆体験者の方々の証言ビデオを制作している。昨夜は中村一彦さん(86)の証言を大正大学のスタジオで撮影した。
長崎に原爆が投下された時学徒動員で魚雷を製造する工場に動員されていた中村さん。昭和20年8月9日の午前11時2分。中村さんが16歳の時だった。一瞬のうちに気を失っていた。気づいた時、魚雷台の下敷きになっていた。そして目に映るのは生き地獄だったという。「助けて」と言う女学生。柱に挟まれてもう助け出す事も出来ず。街々には「水を・・・」と求める瀕死の人々。中村さんはただただ線路沿いに歩く・・・、
「経験した者にしか分からない苦しみと哀しみがあります。核兵器は絶対にいけない。世界の平和を強くのぞんでいる」と。
油井亀美也さん ISS到着
2015 年 7 月 23 日 木曜日何とも嫌なニュースが多い昨今。ロシアのソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーションに到着した宇宙飛行士の油井亀美也たち3人の飛行士がいよいよ約5カ月間の長期滞在を開始した。安倍総理が「中年の星」と油井さんの事をいっていたが、強靭な体力と精神力そして弛まぬ努力をされてきた方だと思うと、期待にむねもふくらむものだ。
夏の事故
2015 年 7 月 19 日 日曜日夏休みが始まると海や山での事故が本当に多く、ニュースで流れるたびに何とも・・・という気持ちになる。楽しい休みの前、そんな事故を誰も想像しない。
静岡県西伊豆町の仁科川周辺で7人が死傷した感電事故。なんでも鹿よけの電気柵に触れての・・・事故であると思っていたので「何故?近よったのか?」と思っていたが一部が切れて川につかっていたというではないか。男性二人が亡くなっている。川につかっていたとは、本当に避け切れなかった事故である。漏電の防止がされていなかったときく。常に危機管理、それが大切であろう。






