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ch12.その他 | ichikoTV - Part 33 ichikoTV

‘ch12.その他’ カテゴリーのアーカイブ

目黒川 

2015 年 4 月 10 日 金曜日

用事がいろいろあるのはしかたない。「ちょっとバタバタしていて・・・」とよく言うが、よくよく考えてみると、何ともの能力なし?って気がしてきた。どうして、そんなにいつもバタバタしているのか?って。他に良い表現はないものか?きっとないのだろう・・・ってことで、「もうバタバタで欠席しま~す」「このところバタバタで」と人は口にしてしまうのだろう・・・

まあ、いい。さて、葉桜もなかなかいいもので、先般は人気上昇中の目黒川へ。近所にお住まいの方に聞くと、「もう、お花見の頃は屋台が並んで、もう人人人。焼き鳥だなんだかんだの食べ歩き。全く、情緒もなくなって、残念」と言う。「昔、まだそれほど有名でなかった時は良かった・・・」とも。時の流れか?しようもないな。

葉桜ともなると人も少ない。新緑の季節に向かってのエネルギイを感じる。苔玉を飾るのは近所の人か?川をそして、桜を愛しているのだなあって思う。

 

 

 

命を選ぶということ

2015 年 4 月 5 日 日曜日

つんく♂さんが 声を失ったというニュース。

本当にショックを受けた。

そして、命を選んだ・・・という言葉の重み。

ずしりと心に響く。

 

声帯がん治療のため療養していた音楽プロデューサー・つんく♂さんが母校の近畿大学入学式にサプライズ登場した。そして新入生への祝辞の中で昨年、声帯の摘出手術を受けた結果、声を失ったことを告白した。大歓声に応えながらステージ中央に登場した彼の首にはストールが巻かれている。そしてメッセージは大型スクリーンに映しだされる。

 「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生。皆さんと一緒です。こんな私だから出来る事。こんな私にしか出来ない事。そんな事を考えながら生きていこうと思います。皆さんもあなただから出来る事。あなたにしか出来ない事。それを追求すれば、学歴でもない、成績でもない、あなたの代わりは無理なんだという人生が待っていると思います。」

  

今年のはじめ、学生時代からの親友が関西から久しぶりに訪れた。突然の難病で彼女は聴力を失っていた。それをメールで知った時、言葉にならない不安で一杯になった。それでも東京に来るまではメールで普通にやりとりをする。それはごく普通のことであったが・・・。しかし、実際に彼女と会ってからは筆談。そんな中で笑ったり喧嘩したりの学生時代を思いだす。まさか筆談?と思いながら時間を過ごす。傲慢にも筆談に「慣れない」時間に、私はかなりの疲労を感じていた。それでも二人とも必死!必死!必死・・・。

 春の鳥たちの囀り、音楽会の歓喜、笑い声、応援の言葉・・・人の生活の中には何といろいろな“当たり前”と思える力がある。それらを失った時、どうしようもない心の中に何かを「見る」そして「感じる」のである。

 

 類まれな才能の持ち主であるつんく♂さん。

これからもその才能を発信していってほしい。

 

 

2015年4月4日 皆既月食!

2015 年 4 月 4 日 土曜日

洒落ではありませんが、ツキが良ければ2015年4月4日の皆既月食が!なんと皆既食ばかりでなく部分食の始めから終わりまでを、日本全国で見ることができるそうです。皆既食の継続時間は約12分間。全国どこでも!

 

部分食の始め

4日19時15.4分

 

皆既食の始め

4日20時54.2分

 

食の最大(食分 *)

4日21時00.2分(1.005)

 

皆既食の終わり

4日21時06.4分

 

部分食の終わり

4日22時45.1分

アレクサンドリンカ

2015 年 4 月 3 日 金曜日

先般、「アレクサンドリンカ ―エジプトへ行ったスロヴェニア女性たち―」ALEKSANDRINKE (THE ALEXANDRIANS) を鑑賞した。監督・メトード・ペヴェツ。

アレクサンドリンカとは、乳母や女中としてエジプトに雇われていったスロヴェニア女性のことで、19世紀後半から20世紀前半にかけて、乳母や女中としてエジプトに仕事に行った女性たちをさして言う。このドキュメンタリーはその当事者やその子孫たちへのインタビューを中心に構成されている。スロヴェニアやエジプトなど6カ国で2年をかけて撮影されたものである。チャンスに恵まれ裕福な生活を送ることができたものと、できなかったもの。貧しいスロヴェニアに残された人たちの姿。経済の格差と愛情のすれ違いとでもいうのだろうか。そのあまりにも鮮烈な印象である。

アレクサンドリンカ・・・深く知らない事実である。

三十振袖・・・

2015 年 3 月 30 日 月曜日

今、朗読で山本周五郎原作の「三十振袖」を読んでいるが、何ともなかなか・・・難しい。なんでも1971年と1993年に、日曜劇場枠でにドラマ化された作品らしい。私はみたことがないのだが主演が佐久間良子さんとか。評では「微妙に揺れる女心を見事に演じた」ともあるが、原作を読み進めていると、どうも主人公のお幸は佐久間良子さんのイメージではないなと思える。まあ、ドラマ作りでの配役というのはそれなりの理論はあるのだろうが・・・

しかし、時代小説とは、原作はやはり越えられないものなのだろうな・・・とつくづく。しかし「三十振袖四十島田」とはね。勉強になります!

豊島区役所

2015 年 3 月 25 日 水曜日

豊島区役所新庁舎の見学。24日から数日限定公開ということもあってか、訪れた日はほとんど観光地状態・・・

原因

2015 年 3 月 24 日 火曜日

3月24日に発生したフランス南部での独ジャーマンウイングス機墜落事故。ニュースを聞いた時に一瞬、テロか?と思ってしまったが・・・雪に覆われた悪天候の山岳地帯。ニュースで元機長の話など聞いていると、あくまでも想像しか出来ないのだが、少しでも早く原因を解明しないとという気持ちだ。

渋谷 東急プラザ

2015 年 3 月 23 日 月曜日

渋谷の東急プラザが3月22日に大規模再開発に伴い完全閉館したニュースを聞きながら、不思議な甘酸っぱい想いが胸をかすめた。そうか・・・49年の歴史かと。地上18階建てのビルが建設に向けてスタートを切ったそうではあるが・・・。

今であれば「青山」「表参道」「恵比寿」「中目黒」といったところだろうがが、大学時代、ちょっとお洒落に酒を呑んだ記憶といえば渋谷か。今、話題のニッカの店があった記憶があるが、かなり曖昧。ただ、学生の時はとんでもない時以外は銀座、赤坂などには行かず、新宿、高田馬場、そして中央沿線がメーンだったな。中央沿線の中野、高円寺、吉祥寺の店にサントリーのだるまを店に預け、そしてなかなか行けぬまま、どれほど期間が過ぎて流してしまったことか。それも青春の一ページであるが。

そんな、いろいろなエリアの中に「渋谷」があって、確か、東急プラザは特にお洒落な社交場であった気がする。サントリーでなくニッカを飲んだ。

閉館前に東急プラザの前に行っても、それほどのトキメキはなかったが。
不思議なものである。

しかし、ビルはどんどん高く。空にますます近くなる。
渋谷という街も変貌していくのだね。

えーっ・・えーっは・・・やはり、耳障りか?

2015 年 3 月 20 日 金曜日

会見や身近なところではプレゼンや各セミナーでの話し方。本当に「うまいな!」という方以外は口癖のようなもので引っかかる事が多い。
先般も実にテーマは素晴らしいものの、プレゼンの間、「えーっ」「えーっ」が多すぎて、途中で、それが急に気になり始めた。どうも魚の小骨が咽喉に引っかかったようになってしまった。いけない!いけない!と思いながらも、説明の間に挟まれる「えーっ」「えーっ」が何度あったことか・・・。この「えーっ」さえなければと思ういながら・・・。結局、そのプレゼンが終わったあと、妙な感覚に陥ってしまった。「えーっ」か・・・いや、自分が耳にフィルターでもかけて、聞かないようにすればいいだけ。それとも?といろいろ考えた。
気になる口癖は出来る限りとったほうが良いだろうな。自分も含めて。別段、滑らかにすらすらでなくてもいいのだ。よく「えーっ」のかわりに「はい」と言ってしまえ良いのですという方がいる。しかし、「はい」。これも耳障りとなるだろうな。一呼吸すればいいのだと思う。しかし、人に上手く説明、上手なしゃべりとは実に難しいものだ。

おぼろげでも・・・記憶

2015 年 3 月 17 日 火曜日

「としまの記憶」をつなぐ会でいろいろ語り部の方々にインタビューして原稿を書くことが多い。そうした中で「あれっ?」と一瞬戸惑う事がある。今や、ネットで調べれば何とかなるのかも知れないが、どうも疑い部会自分はネットの情報というものを100%信じていない。出展すらめちゃくちゃになっていることが多い。責任のしょざいもよく分からないことが多い。玉石混交というか、本当に不明展が多い。といって、さっさと図書館へ行けば?ということになるが、超スピードでこなさなくてはならない時、たよりになるのが教科書。専ら、山川出版の「日本史」のお世話になっているというわけである。それでも「はて、ここは?」というシーンがある。おぼろげな記憶、それまたしかたないことなのだが、出来る限りは正確に・・・とつとめている