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ch12.その他 | ichikoTV - Part 35 ichikoTV

‘ch12.その他’ カテゴリーのアーカイブ

陸軍境界石

2015 年 1 月 21 日 水曜日

以前より、江戸城再建のことでお世話になった作家の黒田涼さん。新著がなんと東京23区内にも数多くの軍用地があったことを紹介する本『大軍都・東京を歩く』であるが、本日はその黒田さんのセミナーに参加。副題が「忘れられた戦争の跡を歩く」・・・というものではあるが、参加者の方々のお顔ぶれをみると、何とも皆様物静かなインテリという感じの紳士が多く、決してセミナー中、大口あけてダハハハなど馬鹿笑いなどしてはならないと肝に銘じた。

何といっても興味深いのが「陸軍境界石」。戦前の日本にあった陸軍は全国に駐屯地などの用地を持っていたわけではあるが、その敷地境界には、境界を明らかにするための石の柱があり、側面には「陸軍用地」だの「陸軍省所轄地」だのと書かれていた。それが今でも全国の旧軍用地に残っていて、23区内でも多数残っているのである。ご存じでしたか?23区内だけで数十本残っているようです。まだこの石をなんとよぶのか?不明ということですが・・・

築地の産院で首に臍のおを巻き付け仮死産で生まれ、お湯とお水に交互につけられ、医師にバンバンと叩かれ漸く「おぎゃー」と泣いたそうである。小さく生まれ(今では?)幼少時代に育ったのが麹町。永田町幼稚園に通った。国立劇場が出来る前は進駐軍のパレス?とよばれ、その小高い丘が私の遊び場立った・・・シュロの樹が印象深い。そんな記憶がある。もうこうなったら・・・とはいうものの暫く時間はかかるだろうがも少し調べてみたくなった。とにかく千代田区は分かりやすい。

まあ、焦らず一歩一歩ということで。

黒田さん、いつも歩いて歩いて得た情報と知識。いろいろ有難うございます!

どう生きてどう死んでいくか?

2015 年 1 月 20 日 火曜日

今朝、知り合いの方が亡くなったとメールが入った。享年102歳。ご長寿であった。先日、ちょっと体調を崩されたかで入院された。元気でトイレもご自分で行き、テレビでは好きな番組もあって、とても100歳をこえた方とは思えぬほどのお元気であったという。しかし、入院先で何と、オムツをさせられ、「トイレに行きたい」というと病院側からは「オムツにして下さい」と言われ、それに対して怒ると「暴れる」という表現をされたという。どんなお気持ちであったかと思うと辛くなった。先週末に退院して今朝の出来事である。なんでも「もう生きたくない」と言われたと聞き、胸の奥がちくっといたんだ。入院する前日までの心身、そして退院後の心身。とくに、どんなお気持ちでこの日々を過ごされたのか?そう思うときりきりと痛んだ。

どう生きて、どう死んでいくか?最近は本当によく考えるようになった。ますます勉強が足りないことに気付き、少し慌てたりもしている。

 

そう・・・タワシのことを思い出した

2015 年 1 月 9 日 金曜日

 

このところ日本マクドナルドの商品への異物混入の報告が全国で相次いでいる。なんでもハンバーガーに差し歯のようなものが入っ ていたとか、針のようなものに触れて唇を怪我したとかぞくぞくとニュースになっている。具体的にはあらわせないが、おせち料理に髪があったとかマクドナルドだけではなくいろいろ耳には入ってくる。しかしマクドナルドの報道は少し加熱しすぎというほどにほぼ毎日、耳に入る。

飲食関連の業種は、安心・安全というキーワードが一番なのだろう。美味しいとかなんとか星いくつとか隠れ家グルメというのはやはり次の問題なのだ。

ふと、昔々のことを思いだした。仕事先で、よく通ったカジュアルレストラン。明るい店内でお店のスタッフさんもなかなか好感が持てるところだったが、確か、グラタンかドリアを食べ終わったあとに皿に何かを発見した。「なんだろう?」と思ってみたが、虫でもなければなんだかさっぱり分からない。店側に言うと「ちょっと調べてきますね」と店のスタッフさんが調理場へ戻って行った。暫くするとこちらのテーブルに戻り、笑顔で一言いった。

「お客様、タワシでした。」

「え?何ですって?」

「ハイ!お鍋を洗うタワシです」と。

タワシのことは知っているよ。

せめて会計の時には・・・心の中で思ったものの。

「有難うございましたぁ~」と笑顔がかえってきた。

それっきりである。

それからは二度と来店はしない・・・。

それから間もなくしてその店が閉店した。

そのレストランのあったところにはファストフードやいろいろな店舗が入っているが、未だに、その前を通ると「タワシでした」という笑顔を思い出す。

 

大きな月が見えたよ

2015 年 1 月 6 日 火曜日

今日は小寒。二十四節気のひとつか・・・。大寒までますます寒くなるのだろう。「寒いですね」「風邪ひかないようにね」など、当たり前のように口に出していた会話も出来なくなった・・・ 友の通夜の帰り道。冬の空に大きな大きな月が見える。

新しいとしへの準備

2014 年 12 月 30 日 火曜日

そろそろおせち料理の準備も着々です。日本の良さをかみしめられるのは本当にこんな時なんでしょうね。丹波の黒豆がふっくらと柔らかくたけることは!きんとんのあの鮮やかな黄色がクチナシのなせるワザとは!先が見通せるようにハス・・・湯気の中でいろいろ考えます。古来からの日本人の生活と心の中にしみこんだ正月の迎え方とは!すべてが素晴らしいです。日本人に生まれ、何よりも父と母もそして今私がここにいるという先祖。すべてに感謝の気持ち溢れるとしの暮です。

年末の雑事 意外と大切なことに気付く

2014 年 12 月 29 日 月曜日

明け方からか?雨降り。早朝の厳しい寒さ。雪がふっているところから比べれば東京の寒さなど大したこともないのだろうが、朝からバタバタと雑事をこなす。気が付けば本当に年末!2014年はどうだったのか?いろいろ考えてみながらコツコツと雑事をこなしていく。少し、神経質かも知れないが、きちんと真面目にこなしていくこと、処理していくことは意外と大切な年末の過ごし方に気付く。

冬の夜って?

2014 年 12 月 28 日 日曜日

森閑とした冬。

何を思うのか?

疲労でカラダのあちこちが痛くても、心の一部が小さく傷をおっても時間が治癒してくれる筈だ。

いろいろなことに感謝。

冬の夜は・・・長いのか?短いのか?

冬の夜や靴音までが風の中

 

メリークリスマス!

2014 年 12 月 25 日 木曜日

表参道のイルミネーションもなかなか美しい。

メリークリスマス!

今夕は青山にあるアイムの長井和子さんの店『R40』でクリスマス会。今年も最後か・・・とまあ、ジャンル多々の話で大盛り上がり。

仲間たちが元気でいる・・・そんなことの嬉しさと幸せというもの。ここでは書ききれないほどのいろいろな事。時とは不思議なものとしていいようがないな。

2014年 師走

2014 年 12 月 16 日 火曜日

12月も半ばとなると、毎日、賀状の欠礼のお葉書が届く。御父上が亡くなられた、お母上が亡くなられた・・・いろいろお辛かったことと察している。しかし・・・今年、お嬢さんを亡くされたという通知が二通きた。それも30代のお嬢様であった。闘病生活など書かれているのを読み、暫く、動けなくなっている自分がいた。辛い、悲しいといった言葉ではそのお気持ちはあらわす事など出来ない。社会がどんなに不景気風が吹こうと、いじわるな噂を流されようと、戦争のない平和な社会で家族が健康に日々を過ごせることがどんなにか貴重であるということだ。胸の奥がひりひりがと痛み、咽喉の奥から声にもならない息が漏れた。2014年の暮に、いろいろな想いを遺したまま神に召されたお嬢様たちのご冥福を祈ります。

 

土井たか子さん 有難うございました!

2014 年 12 月 12 日 金曜日

本夕は一ツ橋ホールで「土井たか子さん、ありがとう 思いを引き継ぐ集い」に出席する。政党ということではなく、土井さんとは神楽坂女声合唱団のソプラノのパートで一緒にコーラスをしてきたお仲間である。場内は土井さんへの熱い思いの人々が集まっていた。私たちは小林カツ代さん作詞、吉岡しげ美さん作曲の団歌「緑の星に」を合唱する。土井さん、これまでいろいろ有難うございました。ご一緒に歌ったディナーショーをはじめ、コーラスの発表会の日々は忘れません。特に「愛の讃歌」のソロは素敵でしたよ♪